守護神

ティタンを見送り、ミューズとマオは塔を登っていく。


「パッと見7、8階くらいですかね?結構高そうです。疲れたら僕がおんぶします」


危険なものがないか、確認しながらミューズの前を歩く。


居住区域にしていた部分を越え5階に差しかかった頃、ミューズが足を止めた。


「ここから先は私一人で行くわ。マオはエリック様達のお手伝いをしてきて」

「何を言ってるのです。僕はどこまでも一緒にいきます」


ティタンにも頼まれたのだ。おめおめと戻るわけにはいかない。


「上の階は王族しか入れないとの話だわ。私は大丈夫、だから皆の手伝いをしに戻って欲しいの」

「今は緊急事態です。僕も入ります」


そう言って進もうとしたマオの体を目に見えない力が押し戻す。


強力な魔力を感じ、瞬時にマオは飛び退った。


「なん、ですか。凄まじい魔力です!」


近づくまで気づかなかったが、身震いした。

悪意はないようだが強い力だ。


「この上で王族が祈るのだそうよ。他のものは侵入出来ないみたい」


そっとマオの手を握り、にこりと微笑む。


「ここまで一緒に来てくれてありがとう、あとは大丈夫よ。皆を頼むわね」

「…知っていて僕をここまで連れてきたですか。下で教えなかったのはわざとなのですね」

悔しそうに眉を歪めるマオ。


ティタンがいたならばきっと許さなかっただろう、ここでマオと別れると知っていたら塔に来るのを許可しなかったはずだ。


「必ず帰るつもりだけど、もしも私に何かあったら、私が勝手にしたことだと伝えておいて。

リオンにも不出来な姉だと謝ってもらいたいわ。お願いばかりで申し訳ないけれど」


すっと両手を離し、マオの進めない先まで進んでしまう。


「ミューズ様!」

「マオも気をつけてね」

塔の窓から見えたものだが、魔物の数が増えている。


一刻も早く守護神に会わなければ。


「あなたに何かあれば僕はティタン様に叱られます!リオン様も、悲しまれます!レナン様だって、僕だってイヤです!」


どれだけ押し戻されようと、マオは魔力障壁を拳から血が出る程叩くのを止めない。


「マオやめて!血が出てる!」

「これくらいどうってことないです!ミューズ様が勝手にいくなら、僕も勝手にします!」


「マオ…」


いつも飄々としているマオの真剣な様子はとても珍しい。

それだけミューズを想ってくれているのだ。


「もうやめて、あなたに何かあったら私もリオンに怒られてしまうわ。リオンはあなたが好きなのよ、女の子として」


唐突な言葉に、マオの手が止まる。


「何を言ってるのです。僕は男です」

「リオンも気づいているわ、だって手紙にあなたの事をよく書いてるのよ。かわいいって」


初めて聞く言葉にマオは目を白黒させる。


「こんな時にそんな嘘、良くないです」

「そうね、リオンにばれたら私も怒られてしまうから内緒にしててね」


しーっと口元に指をあてた。


「リオンとマオの結婚式を見るまでは絶対に死ねないもの。信じて待っていてね」

「僕とリオン様はそんな関係じゃないですが…ミューズ様を信じてここで待つです」


マオはその場に座り、手を振る。


「気をつけるです。僕はミューズ様が可愛いと思うです」

「ありがとう、うれしいわ」




「もうどれくらい歩いたかしら…」


マオと別れだいぶ登ったが、守護神にはまだ会えない。


道も狭くなり、暗くなっていた。

魔力で明かりを作り登っていくがまだまだ先があるようにも見える。


「こんなにあるように見えなかったけど、これも魔法かしら」

試されているのかもしれない。


「もう、足が…」

あれから更に進んたが、姿どころか声もしない。


「そうだ、祈り」

祈りの力が守護神の力だ。心込めて祈り、語りかける。


(お願いします守護神さま。力を貸して!あなたの愛した国が大変な事になっています。どうかお力をお貸しください)




そうやって幾ばくかの時間が流れた。

祈る内に今まで気づかなかった小さい光が見えて来る。


小さな蛍のような僅かな光。


「もしや、守護神さま?」

恐る恐る手を伸ばす。


ゆっくりと、手のひらにのせ目を凝らすと泣いているようだ。


「守護神さま、なぜ泣いているのですか?」

『ごめんね、ミューズ。あたしに力がないばかりに国を守れなくて。

祈りの力がなくなって、あたしが作る結界も弱くなって、こんなことになってしまった』


嫌わないで、見捨てないで。


わんわんと子どものように泣く守護神をなだめる。


「守護神さまは頑張っておられましたわ。私が塔を出てったばかりにあなたの力を弱めてしまい申しわけありません。今後はあなたと共におります。なので今一度お力をお貸し下さい。私はこの国を守りたいのです」


鼻をすすり、守護神がぎゅっとミューズの指に抱きついた。


『あたしのことを信じてくれる?愛してくれる?』

「ええ、私はあなたの事が大好きです。お母様からもいっぱいお話を聞いていて会えるのを楽しみにしていました」


にっこりと微笑み、優しく頭をなでる。




子どものようにかわいい守護神がいる塔。


人見知りで臆病な守護神はこの塔に王族以外立ち入らせなかった。

決められた人以外は隠れてしまうため、最後に決められたリリュシーヌ以外は見たことがないのだ。


「お母様の代わりになる事は出来ませんが、今度は私と友達になりましょう。お母様も喜ぶと思いますわ」

『でもミューズは怒ってるんじゃないの?あたし守護神なのにリリュシーヌを助けられなくて。

あの頃は街全体の祈りの力もなくなり、誰も塔に来てくれなくなった。王宮からはラドンっていう嫌な気配の人がいるから近づけなかったの。あたしも結界を張る以外の力が残ってなかった』


結界を解いてリリュシーヌを治そうとしたが、リリュシーヌはそれを拒否していた。


『自分は助からない、だからミューズとリオンを守ってほしいって言われたの…あたし守護神なのに何も出来なかった』


再びうるうるとしだす守護神をふわりと包む。


「そのお気持ちだけで結構です、母は寿命だったのでしょう。もう守護神さまが泣かなくていいのですよ」


怒ってなんかいません、とにこやかだ。

母の死は悲しかったが神様でも助けられなかったのなら、それは寿命だ。


それに今は未来のことをしなければならない。


「祈りの力、私のだけでは足りないですか?」

ミューズと話しているうちに少しずつ守護神の体が大きくなっている。

しかし、まだ人間の赤ちゃんくらいだ。


『まだ足りない、もっとあたしを信じてくれる人がいるといいんだけど。あれ?』


『塔の中で祈りの力を感じる。この子はだれ?』


丸い光が守護神の手の中で生まれた。

そこにはマオが映っている。


「マオだわ」


どういう仕組みなのか遠く離れた人が映るようだ。


マオは別れた場所から動かず、じっと祈りを捧げている。


『マオというのだね』

その声がマオにも届いたようで、ハッと顔を上げ、短剣に手を掛ける。


「この声は?」

「マオ、私よ。今のは守護神さまの声なの」

ミューズも光に話しかけると声が届いたようだ。


「ミューズ様ご無事なのですね、よかったです。もう結界を張れたのですか?」

「それが祈りの力が弱く、まだ守護神さまの力が足りないの。王宮に戻って、皆に声をかけてきてほしいの、お願い」

「そう言われると、ここを離れなくてはいけないのですね…」

しぶしぶと言った様子でマオはとりあえず階段の方に向かって叫ぶ。


「守護神!この戦いが終わったらミューズ様を無事に返すです、そうじゃなきゃ許さないですよ!」


威勢よくそう言うと、滑るように階段を降りていく。

まるで風のようだ。


『おもしろい子だね、こういう子は初めて見た』

威勢の良い啖呵を切られ、ビックリして目を丸くしてしまった。


「悪い子ではないんですよ、とても優しくてかわいい子なんです」


よしよしと頭を撫でてあげた。


「今の光は色々なところが見られるのですか?」

『見れるけど、遠いと声が届かなくなっちゃう。力もまだ弱いし…』


手を握ったり、閉じたりしている。力が入らないということか。


「そうなのですね、より多くの人が祈ってくれればいいのですが」

何とか伝える方法があればいいのだが。


『何だか、力が少しずつ湧いてきた気がする』

そう言われると少し成長したような。


「王宮からですか?」

『街の方だね』

また光を出し、様子を見てみる。


噴水周りのところでちらほらと祈っている人が見える。だが、その数はまばらで決して多くはない。


「せめて声が届けばいいのだけど…」

『遠すぎて難しいな。もう少し力が増えれば出来るかもしれない』

むーっと力を出してるようだが、ダメみたいだ。




その時皆が一斉に注目をしだした。


『この人、誰かな?』

「ティタン!」

声は聞こえないが、皆に一生懸命語りかける様子が映っている。


ティタンが話す内容はわからないが、それを受けて祈る人が一人また一人と増えている。


『王宮からも感じる…力が増すよ』

体の成長もすごい。今ではミューズくらいの身長だ。


皆が守護神を信じ、祈り、国を守ろうとしているのだ。


「すごい…」

赤子のように小さかった守護神が今や一人の女性だ。




『ありがとう、ミューズ。おかげでこんなに大きくなれたよ』

守護神がぎゅっとミューズに抱きついた。


緑の髪も床につくくらいに長く伸びている。


『見ててね』

守護神の手から金色の粉がキラキラと溢れる。

それらはスーッと上の方に行き、やがて見えなくなった。


丸い光が外界の様子を映し出す。金色の粉は王宮を中心に降り注ぎ、魔物が退却、あるいは消滅していく。


「守護神さま、凄い…」

『その、守護神さまってそろそろくすぐったいな。キュアって呼んで』


スリスリとミューズに頬ずりをする。


『ミューズのおかげでだいぶ調子が出てきたよ。少しずつ街を良くしていこう』

丸い光をミューズに渡して、キュアは両手を天にかざした。


真っ暗な中、金色の粉がキラキラと昇っていくのが幻想的だ。

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