第3話 コロニラ 3/3

 ティナが一人で来店して一週間後、大量のコロニラの花が届いた。さすがに老人に持って帰らせる量ではないので、以前記念日に花束を配達した住所記録を頼りにアンナと二人で花を届けに来た。


 十字窓が可愛らしい小綺麗なアパートメントの一階に二人は住んでいる。


 玄関に向かうと、二人の部屋らしき場所に何やら人だかりができていた。花束を持ったまま人だかりの一人の肩を叩き話を聞くことにした。


「どうしたんですか?」


「いや……最近見ないなぁと思っていたら、二人して部屋で死んでたらしいんだよ」


「なっ……」


 アンナと同時に人をかき分けて部屋の中に突き進む。


 リビングと繋がっている小部屋がベッドルームらしく、近所の人らしい数名がそこを痛ましい表情で眺めている。


 バレンとティナは二人でベッドに横たわり、穏やかな顔で永遠の眠りについていた。バレンはげっそりと痩せてはいるが、いつものようにスリーピースのスーツを着ているし、ティナは化粧もバッチリだ。どこかでお呼ばれをして、そのまま疲れて眠り込んでいるようにも見える。


 そして、ベッドの傍らには、すり鉢と枯れかけのトリカブトが置かれていた。


「自殺か……取り残されるのが嫌だったんだろうな……」


「身寄りもない独居老人だものねぇ……」


 近所の人は状況だけを見て好き勝手に言っている。いつの間にか隣りにいたアンナは、花束を置いて部屋から出ていってしまっていた。


 ◆


 簡単な調査の結果、二人の死因が判明。バレンは病死、ティナは服毒自殺と断定された。元々バレンは余命が僅かと宣告されていたようで、自宅で穏やかに死にたいと願っていたらしい。


 そして、ティナは俺達が殺したようなものだった。明らかに殺人ではなく後追い自殺なので入手経路は有耶無耶にされていたが、俺が渡したトリカブトが使われたに違いない。


 二人の葬儀に来たのは近所の住人数名と俺とアンナのみ。どうやら子供や親戚はいなかったようだ。墓には俺達が持ってきた、両手に収まらないほどのコロニラの花が飾られている。


 神父が流れ作業のように二人の冥福を祈ると、近所の人達はそそくさと立ち去っていき、俺とアンナのみが残された。


 アンナはいつものような無機質な表情で二つで仲良く横並びになっている墓石を見つめながら「ミシェルさん」と何かを尋ねたそうに呟いた。


「アンナ、どうしたんだ?」


「ミシェルさんは愛する人が亡くなった時、どんな表情をしますか?」


「悲しい顔をするだろうな。実際にそうなったことがないからわからないけどな」


 俺がそう答えるとアンナは小さく頷く。


「私が本で学んだ通りです。やはりそれが普通のようですね。ではなぜあの二人はあれほどまでに穏やかな顔で眠りについていたのでしょうか? どちらかが先に死んだのであれば片方は悲しい顔をするはずではないですか?」


「それは……どうだろうな……」


「やはりバレンさんが先でしょうか? ティナさんはバレンさんに死んで欲しがっていましたし、バレンさんが先に死んだので喜びの中で亡くなった、と考えます」


「お前――」


 冗談でも言っていいことと悪いことがある。というかアンナは冗談を言わない。俺がきちんと道理を教え込まないとこいつはまたどこかで人を傷つける失言をしてしまうだろう。


 心を鬼にして、墓標の前で声を荒げたのだが、一瞬で振り上げた拳の下ろしどころを見失った。


 アンナが泣いていたのだ。感情のないはずのアンナが。


「お前……なんで泣いてるんだよ」


「分かりません。ですが、このお腹のあたりで渦を巻いている感覚。これが悲しいという気持ちなのだと思います」


「そっか……そうだろうな」


 元を辿るとアンナがトリカブトの名前を出さなければこうはならなかった。ティナは他の方法で死ぬ選択をしたかもしれないが、この過程を経てこの結果になった以上、俺とアンナは後悔を引きずるだろう。


 アンナにも後悔の念が芽生えているという事実。こんな時なのに、嬉しいという感情が湧いてくる自分に嫌気が差してくる。


「人間というものは……複雑ですね。悲しいのに笑い、嬉しいのに怒り、生きていてほしい人に死ねといい、言葉ではなく花で想いを伝える。私には到底理解できません」


「そうだよな。でもアンナもそうなる、なれるさ」


「私は……そうですね。ではミシェルさん……まずは私と仲良くしましょう」


「もう十分に仲良しだろ。毎日一緒に働いてるんだからさ」


 俺が冗談めかしてそう言うとアンナは一瞬だけ口元をニヤリと歪ませる。


 何がきっかけになるのかわからないが、彼女にも徐々に感情が芽生えてきているようだった。

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