第2話 コロニラ 2/3

 一ヶ月後、いつものように店番をしているとアンナがぽつりと呟いた。


「ティナさんとバレンさん、最近来ませんね」


「確かにな……一週間くらいか?」


「そこのヒマワリが入荷した日から来ていません。なので正確には9日です。そして、私がこの店で働き始めてからあの夫婦が9日も来なかったことはありませんでした。長雨が3日も続いた時でさえ、二人で一本の傘をさしていらしていたんですから……なぜ二人で一本の傘を使っていたのでしょう? 一本壊れていたのでしょうか?」


 アンナは頭の中にある羊皮紙からメモを引っ張り出すように正確に答える。最後にはお決まりの疑問付きだ。


「そうか……それは心配だな。ちなみに傘は二人で使った方が体が密着するだろ? 雨の時は空気が冷えるからあの方が暖かいんだよ」


「なるほど……それであれば合理的で分かりやすいです。私は寒さは感じませんが……あ、ティナさんが来られましたね」


 今日は珍しくティナが一人でやってきた。少しやつれたようにも見えるので、嫌な予感がする。ティナは挨拶もそこそこに花を物色し始めた。目当てのものがあるみたいだ。


「こんにちは。今日はバレンさんは別行動ですか?」


「え……えぇ、少し体が悪くてね。家で休んでいるのよ」


「それは心配ですね……何かお土産の花でも――」


「そんなのいいわよぉ。今日だって『一番綺麗だと思った花を買ってこい』だなんて私に偉そうに言ってきてね。いつも私の選んだ花に文句ばかりつけるのに。いっそくたばっちゃえばいいのにねぇ」


「アハハ……じゃあ何かお手伝い出来ることはありますか?」


「そうねぇ……コロニラの花はあるかしら?」


「コロニラ……いえ、今日は入荷していませんね……取り寄せましょうか? 一週間くらいかかると思いますが」


「えぇ、お願いするわ。たくさんお願い。両手で抱えきれないくらいにね」


 手早くオーダーをメモに書き留めていると、隣からアンナが割り込んでくる。


「時にティナさん。『早くくたばれ』というのは死んで欲しいという事でしょうか? であればコロニラではなく、こちらのトリカブトが宜しいかと。煎じれば強力な毒になります」


 メモを書いていたペンが明後日の方向に行くくらいには驚く。コロニラの花言葉は『不老長寿』。バレンの様子は分からないが、健康ではないのだろう。だからこそ、花に祈りを込めて渡したい。そんなティナの気持ちを踏みにじるような発言で、さすがに機械人形といえど見過ごせない発言だった。


「お……おい! アンナ! 後ろに引っ込んでろ!」


「は……す、すみません」


 アンナは俺の剣幕を見て自分の発言が適切でなかったことを察したらしい。


 恐る恐るティナの方を見ると、絶句して目を丸くしていたが、やがて腹を抱えて笑い始めた。


「ハハハ! そうね。アンナちゃんは相変わらずねぇ。癒やされるわぁ。今日の手土産が無くなっちゃったからトリカブト、一輪いただこうかしら」


「い……いやいや! ティナさん、ほんとすみません。お気になさらず、好きな花を選んでください。差し上げますから」


「いいのよぉ。バレンを見ていると私も元気が無くなっちゃってね。これで少しいたずらでもしてみようかなって思ったのよ。それに、花は綺麗だもの」


「ほっ……本当にいいんですか?」


 ティナはいつもの穏やかな笑みで「えぇ」と返事をする。


 アンナは『自分が失言をした』、だから『ティナは激高するはず』と理解していたのに、目の前ではティナが笑っているのだから理解が出来ずフリーズしてしまっている。俺もティナが笑っている理由はわからないが、お客を起こらせなかったので結果オーライだ。


 代わりに俺がトリカブトを綺麗にしてティナに渡す。


「お代はいりませんよ。お大事に」


「あらまぁ、悪いわねぇ。それじゃ二人も仲良くね」


 ティナはいつものにこやかな表情を残して去っていった。


「なぜ私とミシェルさんに仲良くしろと言うのでしょう?」


「さぁな」


「なぜティナさんは怒らず、笑っていたのでしょう?」


「そればっかりは俺も分かんねぇよ……」


 人間は難しい。今日ばかりはアンナの気持ちが少しだけ分かった気がした。

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