機械人形に人間の機微は難しい
剃り残し@コミカライズ連載開始
第1話 コロニラ 1/3
商業都市シェブール。多くの人や馬車が行き交う石畳の大通りが交差する角。レンガ造りの建物が四方にそびえる交差点の一角で青年ミシェルは花屋『花屋のミシェル』を経営している。
独自の経路で世界中のあらゆる花を取り揃えるこの店は都市に住む人ならずとも一度は訪れたい、と観光のガイドブックに書かれる名店。
店番はガタイの良い男ミシェルと女型の機械人形アンナの二人、もとい一人と一台。機械人形とはいえその見てくれは人間と遜色ない。後ろで結んだ金髪にビー玉のような碧眼。技術者が腕によりをかけて作り上げたため、何なら人間と比較してもアンナより美しい人は数えるほどしかいないだろう。
今日も今日とて、朝から二人で店先に花を並べ、誰かに気持ちを伝えるため、家で飾るため、それぞれの目的で花を買い求めにくる人に二人で対応する。
◆
「バレン、今日はアネモネが綺麗ねぇ」
店の前に並べたアネモネを眺めていた老夫婦のうち、妻の方がそう言う。
「バカ、この時期はコスモスだろう。見てみなさい。綺麗に咲いてるじゃないか」
老夫婦の夫の方が不機嫌そうな顔で色とりどりの中から黒い物を指さしながらそう言う。
この夫婦は俺の店の常連。白髪だが流れる水のようにきれいな髪をしている妻の名前はティナ、お洒落にスリーピースのスーツを着込み、やや大きめの鼻に丸眼鏡をかけている夫の名前はバレン。毎日のように店にやってきては一輪の花を買って帰る人達だ。
「私は旬かどうかは気にせず今日を生きてるんですよ。明日には枯れているかもしれない花なんですから。旬を待ってなんていられませんもの」
「滅多なことを言うもんじゃないぞ、ティナ」
「お言葉ですがティナさん……ミシェルさんは毎日丹精込めて世話をしておられます。明日にこのアネモネが枯れていることはないかと」
アンナの空気を読まない発言に一同が固まる。だがすぐにティナは「オホホホ」と高い声で笑い始めた。
「おやまぁ……そうだったねぇ」
「すっ、すんません、ティナさん……こいつは相変わらず空気を読むのが苦手で……」
「良いんだよ良いんだよ。そこがアンナちゃんの個性だものねぇ」
アンナは少し癖はあるものの、誰もアンナの事を機械人形とは思っていないようで、どの客からも人間として認識されている。
通常の機械人形はここまで人間に近しい見た目をしていない。知り合いの話だと、機械人形を人間そっくりに作ると意識が芽生えるため禁忌とされていたのだが、アンナの生みの親、もとい作りの親はその禁忌を破ってしまったらしい。
だが、実際に芽生えたのは意識のみ。言語を理解しコミュニケーションは取れるものの、人間らしい感情の機微を察することは苦手だ。
二人でああでもないこうでもないと言い合った後、二人は目当ての花を決めたようだ。いつものように、二人は散らばって相手にプレゼントする花を決めてバラバラに会計をする。
「ミシェル君、アネモネを一本」
眼鏡の奥に穏やかだがしっかりした眼光を湛えながらバレンが注文してくる。
「はいよ。どうも」
バレンが離れると同時に別の方向からティナがやってくる。
「アンナちゃん、コスモスを一本包んでくれるかしら」
「はい。かしこまりました」
アンナは無機質にそう返事をする。
オーダーに応じて、俺はアネモネを、アンナはコスモスをラッピングして、店先で待つバレンとティナに手渡す。
二人は「ありがとう」と穏やかに言ってそれぞれが注文した花を受け取る。
そして、お互いに自分の持っている花を交換し、バレンがコスモス、ティナがアネモネを持つ形になった。
「あらあら。結局それにしたのねぇ」
「自分のために選ぶのも飽きたからな」
「私もですよ、バレン」
二人はそう言って年甲斐もなくイチャイチャを見せつけると腕を組んで家路についた。
そんな二人の背中をアンナは感情のない目で眺める。
「何故お二人は相手の欲しがるものを買うのでしょう? そもそも二人のどちらが払っても家計的には変わらないはず。まとめて注文すれば良いのではないでしょうか。私達もバラバラに対応するので手間です」
アンナからすれば至極当然な疑問を俺にぶつけてくる。
「誰かから貰った方が嬉しいんだよ。そういうもんだって」
「私には分かりかねます。人間というものは難しいですね」
「それが人間なんだよ」
「それに、夫婦というのも大変ですね。あのようにお互いにけなし合うようになるだなんて」
「あれも愛情の裏返しなんだよ」
「好きなら好きと言えばいいのに」
アンナは唇を尖らせながら花の手入れに移る。
「それと……そもそも論ですが、花という一時的にしか満足を得られない生モノを買うのも理解しかねます。花が見たければ街から出て好きなだけ見れば良いではないですか」
「それを花屋で働いてるやつが言っちゃ駄目だろ……」
アンナは「何が駄目なのか?」と言いたげに首を傾げると道具を取りに店の奥に引っ込んでいった。
◆
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