第10話 運命に抗うメガネの意思

 私は神の位の受け渡しをどこで行うか考える。しかし面倒なので前任の神のウサギと同じく、雲の上に呼び出すことに決定する。

「ピカオ!」

 と一度だけ名前を呼ぶ。そしてピカオと私を雲の上にワープさせる。雲の大地と青空がどこまでも続いている。太陽はまぶしくて邪魔なので適当に視界から消しておく。幽霊メガネは、

「あれ? ここはどこでしょうか? もしかして天国にでも来てしまったんですかねえ」

 などと言いながら雲の上を低空浮遊でスィーっと移動している。彼は割と本気で天国に来たと思っているのかあまり困惑している様子はない。

「ピカオ!」

 私はもう一度名前を呼ぶ。するとピカオはピタッと停止して、

「? 誰ですか?」

「私は神だ」

「神様? じゃあここはやっぱり天国なのですか?」

「いや、天国ではない」

「じゃあここはどこなんでしょう? というかあなたはどこから話しかけているのですか?」

 当然ながらインフルエンザウイルスの私は普通の存在には見えない。

「私はここにいる」

「ここってどこですか?」

「ここだ。お前の目の前にいる」

「……私は幻聴を聞いているのでしょうか?」

 このままでは話が終わってしまいそうなので私は目の前に薄いレンズを出現させる。私の半透明の毛玉のような姿がピカオにも見えるようになる。

「うわあ! なんですかあなたは!?」

 驚いたピカオは後ずさりながら叫んだ。レンズによって拡大された私の姿はピカオの二倍ほどの大きさに見えている。

「だから神だといっている」

「でもこれ……レンズですよね? じゃああなたの本体はこの向うにいるんですか?」

 ピカオは私が出したレンズに近付いたりレンズを通さない角度でこちらを見たりしながら聞いてくる。

「そうだ。小さすぎて見えないだけだ。電子顕微鏡ほどの力があれば見える」

「で、電子顕微鏡!? あの超古代生物の力がなければ見えないほどあなたは小さいんですか?」

 メガネの世界において顕微鏡は太古の昔に絶滅した超古代生物である。信仰の対象にもなっており、この世界では電子顕微教は天体望遠教と並ぶ二大宗教となっている。 

「小さいし変な形だし、本当にあなたは神様なんですか?」

「……ふむ。信じられないならいいだろう。証拠を見せてやろう」

「証拠?」

 私はピカオの生誕から死亡までの出来事をつらつらと語り始めた。彼は初め驚いたり感心したりしていたが、話題があのレーザーの一件に近づいていくにつれて段々と体が小刻みに震えだし、紅の閃光が発射されるあたりの所まで来ると、

「うわああああぁっ!! やめてくださいいいぃぃぃっ! 分かりました! わかりましたから!! 神様どうかお許し下さいいいぃぃぃっ……!!」

 と壮絶な形相で叫び後ろを向いてつるでレンズを覆ってしまったから話を終わりにした。

「ふむ。やっと信じてもらえたか」

「ところで、神様なんかが私に何の用があるんですか?」

「お前に神様の位を譲ろうと思う」

「……ッ!? 私が神様!? そんなの無理ですよ!! 私なんて、所詮……」

 何やらネガティブモードに入ってしまった。

「別に気負うことはない。神になることに義務や責任などないのだから。私が神と呼ぶものはただ全知全能の力の保持者という意味でしかない」

「そう……なのですか? しかしなぜ私を選んだのですか?」

「半分は適当。半分はお前が不幸だったからだ」

「……なんですかその中途半端な答は」

 彼の反応に私がかつて白ウサギから神の位を譲り受けた、というか押し付けられた時の記憶が蘇る。

 私はピカオの言葉を流しつつ続ける

「お前に問おう。お前は神になる意思があるか?」 

 ピカオは自分の言葉を流されたことに若干肩を落としながらも真剣な表情になって考える。

 しばらく沈黙が続いた後、

「……神様、全知全能の力、ですか。そんな力があれば、きっと私は失敗せず何も失わずに済んだのでしょうね。けれど、私は神様になっても満足できないと思うんです。私は小心者のメガネですが、それでもやっぱり努力して何かを成し遂げる喜びを忘れたくないんです。まあ、あなたも知っている通り、私は失敗したんですけどね。それでも、もう少し努力してみれば、何かが変わったのかもしない。今はそう思います。過去を悔やんでも何も戻っては来ないけれど、それでも悔やみ続けてしまう。だから私は中途半端にこの世界にしがみつき続けているんです。私は死んでいる身です。けれどもしまた生まれ変わることが出来たら、苦労をするかもしれませんが、それでも努力をして、何かを成し遂げるために生きていきたいと思います。だから、私を神様にしてくれるというお話はとても魅力的ですが、私は神様にはなれません」

「……生まれ変わっても、また残酷な悲劇に見舞われるとしてもか?」

「えっ!?」

 ピカオはビクッと身震いしたが、それでも彼は言う。

「はい。それでもです」

「そうか。いいだろう」

 私はピカオを元の場所へ送り返す。彼の姿はスゥーっと透けて見えなくなる。ここに来る前にピカオが漂っていた場所。生前ピカオが勤めていた会社の敷地に返したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る