第4話 生物種の頂点に君臨するメガネ

 このようにあまりにも退屈な神は無限の過去から交代を繰り返してきた。神は時間を超越するが体感時間としては3時間に一回交代している。つい9時間程前まではスベスベマンジュウガニもまだ神だった。そして白いウサギとのあの一件からもうそろそろ3時間が経過しようとしている。私もそろそろこの空虚な時間に耐えきれなくなってきたところだ。とっとと誰かにこの全知全能の力を押し付けて自己消滅してしまいたいと考えている。

 私が次の神に考えているのはある不幸なメガネである。メガネ、といっても私がいた世界に存在したメガネではない。生き物、それも高度な知性を持った存在としてのメガネである。もちろん形や基本的に備わった機能は人間の世界にあるものと大して変わらない。

 ただ彼らは人間のように心を持ち、物事を考え、自己保存のための繁殖を行うのである。私がいた世界の住人からすれば滑稽に思えるかもしれないが、私の全知の中には想像されうる全ての世界が存在する。メガネの形と機能を持った生物がその中の世界にいてもなんらおかしくはない。むしろ全ての世界を見渡してみれば人間が生命である世界など大した数ではないのだ。

 さらに言えば、あらゆる形状、あらゆる機能を持った存在の全てがどこかの世界では生命として、別のどこかの世界では物体に過ぎない存在として在るのである。あなたが持っている衣服やペン、ノートなど、あなたの身の回りにあるあらゆる物は別のどこかの世界では生者である。そしてそこでは人間の形をしたモノはただの物に過ぎないかもしれない。人間は殊更特別ではないしメガネと人間の優劣を決めることもできないのである。

 次の神予定のメガネは私がレンズ・ワールドと総称する一群の平行世界の中の一つに存在する。レンズ・ワールドは基本的な宇宙の法則は人間の世界と同じであり、地球に相当する惑星に生命が存在することも同じなのだが、そこに暮らす生物の在り方は大きく異なっている。

 この世界では主に光を屈折させるレンズを持った存在が生命として発達している。私がいた世界の生命は人間も含め皆無である。そして私が選んだメガネがいる世界ではメガネという種が生物の中で最上位に君臨しているのである。

 文明は私がいた世界の人間達の数倍は進んでいる。たとえばこの世界ではメガネが操縦する巨大ロボットが発明されている。形状は様々な都合から人型だ。巨大ロボットというがこれはメガネ基準の表現であり大きさも人間と同程度。このメカを最初に開発した天才科学者の名前に因んでピッカリアと呼ばれる。

 ピッカリアを使って一時は世界大戦が行われたこともあったが現在ではそうした争いは収まっている。兵器としての使用が終わり開発の方向性が変化した結果、今ではピッカリアを身に付けることがファッションとなっている。日常的にメガネ達がピッカリアを身に付けるようになったということである。

 元々は移動用ロボットとして大衆に開放され、ファッションという要素は副次的なものに過ぎなかった。しかしピッカリアが広く民衆に受け入れられるにしたがってファッション要素も大きくなってきたのである。ごつかった形状も用途の変化に合わせて滑らかに変わり、人間とほぼ同じ姿になっている。兵器として使われていた時代はもちろんロボットの中に乗り込んで戦っていたのだが、現在は人間がメガネをかけるのと同じ位置がピッカリアの操縦席となり、ピッカリア頭部の表皮に触れるメガネのつる部分から電気的信号を発することでこの巨大ロボットを操る。

 そうした大衆の生活の変化に合わせ、メガネの為にあった様々な施設もピッカリアに搭乗したまま使用できることが前提となった設備へと変化していった。 

 結果として、現在のメガネ社会は一目見ただけではほとんど人間社会と見分けがつかなくなっている。大きな違いはどちらが道具でどちらが生き物かというメガネと人間の立場。それに、メガネ社会では当然ながらほとんどの人間(に見えるロボット)がメガネをかけているということくらいである。

 ほとんど、というのは施設の警備員など危険が想定された状況では基本的にピッカリア機内に乗り込んで操作するからである。ピッカリアはこの時代のメガネには不可欠な存在である。

 当然次の神予定のメガネもこの巨大人型ロボットを使っている。彼の名前はキラタ・ピカオ、36歳。因みにこの世界の住人の名前には「ピカ」や「キラ」など光を連想させるような音が入ることが多い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る