第5話 冬

咲夜を助けてと神様にお願いしに行って、一か月。咲夜は自分が神様と言うことを僕に言ったからか、すごく吹っ切れた顔をしていた。咲夜は雪を降らせて僕と一緒に鎌倉を作り、雪だるまも作った。冬にしかできない遊びを一杯して、いつもみたいに沢山お話して。

「翔、人間はこうして友達と遊ぶのか?」

「うん。そうだよ。」

 咲夜ははにかみながらネックレスを揺らしてお稲荷さんに食いついた。なんでこんなに優しい神が死んじゃうんだろ。

「咲夜、学校はいいのか?」

「うん。今日はね、休みなんだ。冬にある冬休みだよ。」

 咲夜は僕が学校に行かなくていいと言うと、嬉しそうに今日も神様の力を使ってくれた。咲夜の力で空を飛んでみたり、植物と対話してみたり。この間は白鳥と一緒に雪の降っている空を飛んだ。

咲夜は植物にも、動物にも愛されていた。植物も鳥も皆、咲夜がいなくなることを悲しんでいた。植物達も動物達も僕を慰めてくれるようだった。植物達は葉や枝で僕の頭を優しく撫でてくれた。木が硬くて少し痛かった。でも、心はすごく温かった。動物達はふわふわの頭を僕の手に摺り寄せたり、生暖かい舌で頬を舐められたりした。

「翔はずいぶん自然に好かれているな。」

 咲夜はそう言って嬉しそうに笑っていた。

「違うよ。きっと、咲夜が僕を友達だって紹介してくれたからだよ。」

「でも、翔は私が友達だと紹介しなくても自然と仲良くできていたと思うぞ。自然は優しい者を好む。翔は優しいからだ。私にも、友達にも、植物達にも、動物達、空にも。」

 僕は面と向かって褒められるのが恥ずかしくなって、少し顔を背けてそっけなく返した。


 社に泊まって咲夜と話した。遊んだ。空を飛んだ。植物達と対話した。山にいる動物達と触れ合った。貴重な体験をさせてもらったと思う。僕も咲夜もまだここにいたい。まだ一緒に遊んでいたい。話したりない。

 でも、現実はそんなに僕らには甘くないようだった。咲夜の神社を取り壊す日にちが早まった。

「翔、村の神社によく行ってなかった?」

「うん、よく行っていたけど、どうしたの?」

 僕はもうお母さんに村の神社と言うワードを聞いた時からわかっていた。多分、お母さんに取り壊しなくなったみたいって言って欲しかったんだと思う。

「あの神社ね、今日取り壊すんですって。」

 僕の喉から言葉にならないで空気だけが出た。心臓が止まった様な気がした。生きた心地がしない。咲夜の神社がなくなるのは、次の春のはずだ。こんなに早くなかった。

「おかあさん。次の春じゃなかったの?」

 僕は声が震えた。額から背中から手から変な汗が噴き出て、僕の心音がこれでもかってぐらい早鐘を打って耳が痛い。

「なんだか、村長さんが早めたらしいのよ。村の人が翔がよく神社に行っているのを見るらしいから、教えてくれたのよ。」

 お母さんがまだ僕に何か言っているようだったけど、頭がショートして何も考えられなくて、わからなかった。聞き取れたのは取り壊す日だけ。それも、今日の夜。

「そ、っか。僕、疲れたからもう寝るね。お休み。」

 部屋に駆け込んでドアが音を立てて閉まった。ズルズルと扉に背を預けて崩れ落ちた。僕のすすり泣く音だけが部屋に響いた。

 ああ、なんて慈悲のない世界なんだ。酷いじゃないか。咲夜がこの世界のどの神様よりも優しくて、健気で、人間を下に見ないのに。せめて、最後ぐらい。友達がいなくなっちゃう最後の日ぐらい、いいよね。

 ベッドに服を詰めて僕が眠っているくらいのふくらみをつけて、履きなれたスニーカーを履いて玄関のドアを静かに閉めた。外はいつもより暗かった。何度も行った道は暗くても覚えている。ぼんやりと見える道を力一杯に走り出した。

 真っ暗な石段の苔に少し滑りながらも神社を目指して僕は足を止めなかった。どんなに息が切れても足は止めなかった。僕は咲夜に向って叫んだ。

「翔。どうして。」

 咲夜は突然来た僕にびっくりして顔を上げた。咲夜は僕と初めて会った時みたいに桜の木の下にいた。まるで、もうお別れを互いに名残惜しんでいるようだった。

「咲夜、ここの神社ね、今日の夜取り壊されちゃうんだって。それで、会いに来た。」

 咲夜は嬉しそうに顔をほころばせて笑った。その咲夜の笑顔はすべて諦めている様な顔だった。

 どうして咲夜がそんな顔をするの?同じ人間の僕に人間はどうしてこんなことをするんだって、やめさせろって言ってよ。僕にあたってよ。

「咲夜、僕の事を責めてよ。僕達人間を恨んでよ。咲夜、沢山頑張って来たのに、この村のために沢山生きてきたのに、消えちゃうんだよ?」

 そうすれば、少しは咲夜が消えても、僕は心がこんなに痛まない。咲夜が居なくなっても僕もこんなに未練だらけになんてならない。

「翔。私は人間を恨まない。人間を責めない。翔を恨まない。翔を責めない。この村が、人間が、翔が大好きだから、恨めない。責められない。ごめんね。」

 咲夜は優しすぎた。お人よし過ぎた。もっと、人間を嫌ってくれてよかったのに。なんて思うのは、無謀だったかもしれない。咲夜は僕と会う前から人間が好きだった。だから、僕は神である咲夜と友達になれたんだ。

「そっか、咲夜はやっぱり最後まで咲夜だね。」

 咲夜は僕のおでこを軽く小突いて笑った。


 咲夜と話をした。楽しかった。これ以上にないくらい。でも、僕達の楽しい世界を壊しに来る悪魔が石段を登って来た。

「ここだよな。」

「ああ、ここだ。」

「こんなに古い神社よく持ったな。」

「春だったら桜が咲いていたのか。」

 僕と咲夜は社の後ろに隠れた。業者の人達は桜の木を囲んでのこぎりを持った。すると咲夜は僕の手をするりと離して、桜の木の下まで歩いて行った。

「待って!咲夜、行かないで。お願い、行かないで!」

 僕は咲夜を追いかけるように社から飛び出た。突然子供が出できたことに業者の人達は驚いていた。いつもの僕なら、大人のそんな顔を見て笑うだろうけど、今は大人達になんて目もくれず咲夜に手を伸ばした。咲夜を追いかけた。

「こら!君、危ないじゃないかこんな夜に!」

「そうだよ、今この木を切り落とすから、離れていてね。」

 ああ、うるさい。うるさい。邪魔だ。あと少しで咲夜に届くのに。咲夜が目の前にいるのに、手が届かない。僕の咲夜へ伸ばす手は空気を切るだけだった。

 大人達はどんなに言っても言うことを聞かない僕にしびれを切らせたのか、一人のがたいのいい大人が僕を担ぎ上げた。

「離して!咲夜といさせて!離せぇ!」

 僕は精一杯暴れた。落とされてもいいからとにかく咲夜の近くに行きたいだけだった。

他の大人達は僕が担がれて暴れている間にのこぎりを構えた。

「翔、さよなら。君といた時間はあっという間だったけど、私の思い出は翔との思い出でいっぱいだ。ありがとう。名前もありがとう。私が消えても、他の私に名前をくれたのは、とても優しい一人の人間の私の親友と皆に自慢しよう。」

 咲夜はそう消える前に僕に笑顔を作っていたが泣きながら言った。咲夜は僕とおそろいのキラキラのネックレスを摘まみ上げて僕に見せた。僕に咲夜の正体を教えてくれた時のように真っ赤な彼岸花の瞳を濡らして咲夜は消えて行った。

「またね!咲夜。僕も、楽しかった!沢山他の神達に自慢してね!」

 僕は咲夜がいなくなった神社から追い出されて帰った。外灯に照らされた薄暗い道を歩いた。

 僕の耳元で咲夜の声が聞こえた。きっと、僕の気のせいなんかじゃない。咲夜は絶対僕の隣で言った。

「私はずっとこの村の神社にいるぞ。」

 神社の鈴が大きくカラーンと音を立てた。僕には、咲夜の少し大きな下駄がカタカタと一緒に聞こえた。

 この村には咲夜がずっといる。咲夜がずっと頑張って守ってくれている。何故なら、咲夜が姿を消してしまっても僕が全力で走っても、息が上がらない。咲夜はずっとここの村の神で、僕の一番の親友。

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