第4話 秋

僕は、翠と渚と一緒にネックレスを作り終え、神社へ走っている。三人で集まって作ろうという話になっていたが、翠の部活のコンクールや渚の部活の試合があったりと、三人で集まれず、夏の終わり頃になっていた。

と言うか、二人が部活に所属している事知らなかった。今度、渚の試合は翠と一緒に見に行ってやろうと思う。教えてくれなかった仕返し。として行く事を決意した。

僕はいつものように石段を駆け上がった。石段を登り上がった先には、咲夜がいつものようにもう散ってしまった枝垂桜の木の下で待っていてくれた。

「咲夜!」

僕が声をかけるといつものように振り向いて優しく笑ってくれる咲夜。の、はずだったんだ。

咲夜はいつもと違ってヨレヨレの着物を着て、いつも綺麗な金髪が傷んでいて、土だらけで、顔には泣いた跡があった。僕は驚いた。

「咲夜!何があったの?」

「―ああ、翔か。私は大丈夫だ。」

 咲夜は今にも死んでしまいそうな顔で自分は大丈夫と言うから、つい僕は大声を上げていた。咲夜を驚かせてしまった。咲夜があまりにも壊れそうなのに、自分を抑え込んで、自分は大丈夫なんて、親友と呼んでくれた僕に言うから。

「咲夜、大丈夫じゃないでしょ?咲夜は今大丈夫って言っていい人じゃないよ。僕に辛いって言って。苦しいって言って。何があったのか、教えて。」

 咲夜がもう、大丈夫だよって言わないように僕は強く。でも、咲夜が壊れないようになるべく優しくそっと、咲夜を抱きしめた。咲夜は我慢するように下唇を噛み締めていたけど、僕は我慢しなくていいんだよ。と、咲夜の傷んだ髪を撫でた。咲夜は僕と身長も、肩幅も、体格も変わらないが、今だけは、すごく幼くて、すごく弱くて誰かが守ってあげないと生きていけないぐらいの子供に見えた。誰かに拒絶されたら、ぽっきり折れちゃって、陰で泣いて、誰にも気づかれずに傷ついてしまう様な子供に。

「咲夜、頑張ったね。お疲れ様。何があったの?僕に教えて。親友でしょ?咲夜が悩んでいるのも、苦しんでいるのも、一緒に考えるよ。一緒に苦しむよ。僕にも、咲夜の肩の荷を背負わせて。ね?」

 咲夜は僕の肩口を濡らしていた涙を止めて、顔を上げた。咲夜の瞳は不安で揺れていた。

「翔は私の悩んでいることを言っても、軽蔑しない?嘘だと言わない?私を、嫌いにならない?」

 咲夜はありもしない未来を恐れて、僕に言った。僕は、それが馬鹿馬鹿しすぎてため息をついた。でも、僕ももっと早く気づいてあげるべきだった。

「咲夜、僕が咲夜を嫌うと思う?軽蔑すると思う?咲夜が何に悩まされているかわからないけど、僕は絶対に嘘だなんて言わない。だから、安心して話してみて。」

 咲夜はわかったと小さく言った。咲夜は僕を神社の社に座らせて、僕の隣に座った。

「じゃあ、話すよ?

私はね、ここの神社の神なんだ。この神社を立ててくれた村に降りた神だ。年に一度、神社に祀られている神々が集会を開くんだ。そこでは、新しい神社ができ、新しい神が誕生したら祭りを開いたり。古くなって、神社が取り壊される時に別れの挨拶をしたりするんだ。翔がこの村に来る前、集会が開かれた。集会は珍しく、冬だった。私は冬の集会に疑問を抱きながら、参加した。その日の集会はある神社が取り壊されることが決まった。事の集会だった。ここの村の神社は古くなり人間が取り壊すことにしたらしく、ここの神社の神である私はここの神社から、この世界から、お別れをすることになったようだったんだ。」

 咲夜は悲しそうな顔で僕を見た。神社が取り壊される。この村にある神社はここの神社だけ。そして、この世界からお別れをする。

「じゃあ、咲夜は?咲夜はどうなっちゃうの?咲夜の話だと、壊された神社にいる神様って、」僕は言いずらくて、語尾がどんどん小さくなった。

「ああ、人間で言うと死だ。」

 翔は淡々と僕に言った。咲夜がこんなに重たい悩みを僕と会う前から抱えて、僕と笑っていた裏ではこんなに泣いていたなんて。

 僕は咲夜の話に絶望するばかりで何もできない無力だった。まだ大人みたいに何か行動を起こしてどうにかできる規模の話じゃなかった。

「咲夜、神様って何するの?」

「神か?神によってそれぞれだが、私はこの村に災害が起きないように村に加護をかけている。君は確か喘息があると言ったな。多分ここでは喘息がなかなかな出ていないと思うのは私の加護だと思う。」

 だからか、僕はずっと思っていたんだ。この村は大雨が降っても、住人が雨に対して不満を空に向かって漏らすと、嘘だったかのように晴れ、土砂崩れも、地震もまったくと言っていい程起こらない。つまりは、咲夜はずっとここを守ってきたんだ。そして、僕も咲夜に守られていたんだ。

「なんで咲夜なんだよ。なんで。なんで。」

 僕はうわ言の様に呟くことしかできなかった。

「翔。どのみち早かろうが、遅かろうが、この神社はなくなり私はこの世界からいなくなってしまう運命なんだ。神でも、運命には抗えん。仕方ないのだ。」

 咲夜は諦めたように言った。

「なんで、言ってくれなかったの?もっと早く言ってくれたら、もっとこの村より大きな神社に行って、そこの神様に頭擦り合わせてお願いに行ったのに。」

 さっきの咲夜よりもボロボロと涙を流して、咲夜に言った。今から行っても遅くないはず。咲夜を助けてくれるはず。でなければ、僕は全世界の神様を呪おう。何が仏様だ。何が―神様だ。

「翔。私は、翔がくれたこの名が好きだ。翔が初めてくれたお稲荷さんが好きだ。翔が褒めてくれたこの瞳が好きだ。翔と一緒に飲んだラムネが好きだ。翔ともっと一緒に遊びたい。」

 咲夜は僕の両頬を掴んで言った。こんなにはっきり言ってくれる咲夜が嬉しかった。僕は、絶対に諦めない。

「咲夜。咲夜がいなくなっちゃうまでに沢山遊ぼ!沢山、お話しよ!沢山、お稲荷さん食べよ!」

 咲夜の肩を掴んで言った。咲夜は少し頬を赤らめて笑って頷いた。

ああ、本当に神様は残酷だ。どうして、こんなにも優しくて健気な誰よりもこの村の人の事を考えている小さな神様を消すのだろうか。

「咲夜にこれあげる!」

 僕は目元を濡らしていた涙を乱暴に拭って渡そうと持って来ていたキラキラのネックレスを咲夜に見せた。おそろいだと言って、自分の首に下げているネックレスを見せた。

「私が貰っていいのか?」

「うん。だって、咲夜に作ったんだよ。ラムネ飲んだ時に取り出したキラキラのネックレスだよ。」

 僕はつけてあげると咲夜の首にネックレスをかけた。咲夜は嬉しそうにおそろいとずっと言っていた。咲夜とその後も沢山話した。沢山遊んだ。夕方になって、二人でバイバイと手を振りあって家へ帰った。お母さんとお父さんがソファでくつろいでテレビを見ている時に僕は二人に近づいた。

「お母さん、お父さん。」

「ん?どうした?翔。」

「あのさ、今度の日曜日に大きな神社に行きたいんだけど…ダメかな?」

「神社なんて、翔があまり行きたがらなそうな所ね。」

 お母さんは僕らしくないと言った。確かに、僕はそんなに静かな所より、うるさいぐらい賑やかで、遊園地とかそっちの方が好きだ。

「クラスの友達がね、神社の御朱印を持ってってね、見せてもらったら綺麗だったんだ。それで、僕も欲しいな~って思って、大きな神社の方がきれいな御朱印あるんだって!」

 僕は頭をフル回転させて言った。クラスの友達に聞いたんだ~なんて言えば、そうなの?今度行ってみるか。となるはず。

「そうなの?確かに御朱印って綺麗よね。今度の日曜日行ってみようか。」

 二人に嘘をついたのはとても心苦しいが、今回は見逃させてもらおう。


 僕はずっと今度の日曜日を待っていた。こういう時こそ、漫画だったらすぐに日曜日に飛べるのに。

 そんなことをぶつぶつ考えていた。

「翔。準備いい?」

「うん、もう出られるよ。」

準備が最後だった僕が乗り込めばお父さんが車を出した。今日はちゃんと喘息の薬も持ってきた。村を出れば、咲夜の加護がなくなっておそらく喘息になる。どの神社にも僕の喘息を抑えてくれる加護があるとは思えない。


「着いたぞ。」

 お父さんの声を聞いて目を開けた。降りてみると大勢の人で溢れていた。確かにこれなら崇拝者も参拝者も多いだろう。でも、なんだか石段が大きいからか。神社の社が大きいからか。咲夜がすごく、村の人に対して、僕に対して優しいからか。なんだか、この神社に住んでいるであろう神様がひどく冷たく、人を見下ろす様に見ている様な気がして、僕にはなんだか合わないと思った。

「翔?行かないの?」

「―うん、今、行くよ。」

 僕達は咲夜がいる神社よりも全然大きい石段を登って、お賽銭箱の前に来た。ああ、この半分の参拝者がいれば咲夜の神社もなくなる事はないんだろうな。これから咲夜を助けてとお願いするのに、少し、憎く感じる。

「お母さん、お父さん。御朱印の列、混んでいるから先に並んでて。僕、先にお賽銭入れて来るから。」

 ここで、お母さんとお父さんがいいよ。とそのまま御朱印の列に並んでくれた。

 僕はここからが勝負だ。人がだんだん引けてきて時に、お賽銭を僕はお賽銭箱の中に投げ入れた。

「お願いします。神様。咲夜を助けてください!」

 僕は日本での最高敬礼にあたる土下座をした。今は人の目を気にしていられない。優しくて慈悲深い神様が運よくここの神様だったら、咲夜を助けてくれるはず。

僕の頭の上から聞こえた声は無慈悲にも冷たく、乾いていて、硬い声だった。

「うるさい。顔を上げろ。」

 僕が慌てて顔を上げると、周りの参拝者が引いた目で僕を見ていた。

やめてくれ。僕は必死なんだ。親友が死ぬか死なないかの狭間なんだ。さっき何か聞こえた。低くて落ち着いていて、氷の様な冷たい声。

「やっと顔を上げたか。阿呆が。」

「貴方が神様ですか?お願いです!咲夜の神社を取り壊さないでください!」

「お前もか。人間は皆、自分の欲さえ叶えば満足して欲が叶わなければ、私達神にすがる。そして、お前もあの狐がいなくなると都合が悪くなるから、私の所へ来たのだろう。」

 僕の目の前にいる神様は僕に利益がなくなると勝手に言っていて僕は怒りで頭がおかしくなりそうだった。

「そんなの事じゃない。咲夜を道具みたいに言うな!僕はそんな風に少しも思っていない。」

「―なぜだ。お前には、関係のない話だ。それに、咲夜とは、白の着物に金色の髪の狐か?」

 神様にそう言われてハッとする。咲夜元々、名前のない神様だった。僕が咲夜って名前を付けてあげたから、この神様は知らないんだ。だから、怒るな。冷静にいろ。

「はい。その狐が咲夜です。僕が名付けました。友達の名前は呼びたいので。もうその狐には『咲夜』と言う名前があるんです。そう呼んでください。」

 僕の事を見下すように見ている神様に言った。怖気ずくな。怯えるな。ここで引くな。何としても、食いついて、離されるな。

「そうか。それで、その狐を助けてほしいとな。」

「狐ではありません。もう一度言います。今は僕がつけた『咲夜』と言う名前がちゃんと彼にはあります。狐と呼ばないでください。」

 神様は懲りずに咲夜の事を狐と言う。僕は神様を睨みながら言った。仕方ないだろう。ちゃんと神様が咲夜の名前を呼んでくれないのが悪い。

「咲夜と呼べばいいんだな。面倒な人間だ。―それにしても馬鹿だな。咲夜は助からない。他の神達はそいつの事を諦めている。しかし、そいつはやっと死ぬ前に友達が初めてできた。と喜んでいたぞ。咲夜が死ぬのは諦めて、死ぬまで一緒に遊んだり過ごしたりしたらいいだろう。」

 ああ。咲夜は本当に僕を自慢してくれていたのか。僕はゆっくり立ち上がった。ずっと膝を付いていたからか、少し視界が霞んだ。

「おい。他の神の所に行っても意味はないぞ。私だから助けないじゃない。仕方のない運命だ。」

 ひどいなぁ。神様達ってこんなに酷いんだ。

「―もう、いいです。」

「おお、やっと諦めたか?人間。諦めてそいつが死ぬまで仲良くしていろ。」

「―うん。そうするよ。」

 だんだん視界の霞が消えてきた。咲夜もきっと霞の様に僕の前から姿を消すんだろうな。

 神は僕の近くに来て言った。

「ああ。可哀そうに。あいつの事はもう忘れてしまったらいい。人間は都合の悪い事はすべて忘れるんだろう?」

 僕の中で何かが切れた。肩に置かれた嫌なぐらい冷たい手を振り払って言う。

「僕が咲夜の事を忘れるわけがないだろう!忘れられるわけないだろう!」

 神は口角を上げて気持ち悪く笑った。神は僕の肩をとんと軽く押した。僕は声を荒げたせいで息がまだ整っておらず、受け身を取り損ねた。

 気が付けば、僕はお賽銭箱の木陰で横になっていた。誰かが運んでくれたのかもしれない。他の人に迷惑をかけたな。と反省しながら僕は御朱印の所で並んでいるお母さんとお父さんの所へ行った。

「お母さん、お父さん。ちょっと辛いかも。」

 お母さんは僕を心配して水を渡してくれた。僕は喘息ではなく人酔いしたと言った。二人とも今日は帰ろうと言った。僕がお願いしたのに二人に悪い事をしたな。車に乗ってお母さんとお父さんに他の神社に行くのもやめようと言われたので、僕は何も言わずに頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る