第3話 夏
蝉がうるさく鳴く時期。暑くて、汗ばむ時期。制服が汗のせいでぺったりと体に張り付く感覚が嫌いだ。
「翔、暑そうだね。」
咲夜は汗一つかいていなかった。僕は咲夜に暑くないのか、尋ねてみた。そしたら、咲夜は暑くないと少し悲しそうに言った。僕には、なんでかわからない。僕にはわからなかった。
「翔、冷たい飲み物だ。いるか?」
咲夜はそう僕の頬に冷たいラムネをくっつけた。僕はびっくりして情けない声が喉から出できた。咲夜は僕を見て指まで差してケタケタ楽しそうに笑いだした。僕は少し頬を膨らませて見せて咲夜から礼を言ってラムネを受け取った。咲夜は僕の隣に腰を下ろしてじっと僕の手にあるラムネを見ていた。
「どうしたの?飲まないの?もしかして、開けられないの?」
僕は咲夜を煽るように言った。そしたら、咲夜は焦ったように誤魔化した後、うん。と悔しそうに言った。開けられないのにどうしてラムネを持っているのだろうか。ちょっと不思議だった。
「そっか。じゃあ、貸して。開けてあげる。」
僕は咲夜からラムネを受け取って、ラムネの中にある炭酸の泡が付いたビー玉を下へと押した。咲夜は僕がラムネを開ける時、とても不思議そうな顔をしてラムネを見ていた。咲夜の瞳がラムネの中で紫色の藤の花のように綺麗にキラキラしていた。ビー玉が下へ落ち、咲夜にラムネを渡した。
「翔。後でこの中のキラキラを取ってくれ。」
まるで、咲夜はビー玉を知らないかのようにビー玉の事をキラキラと言った。
「―いいよ。キラキラ、綺麗だもんね。」
咲夜は僕の分のラムネが開いたのを見て、僕よりも小さな手の中にあるラムネを口へ運んだ。咲夜は炭酸を飲んで、驚いた顔をした。咲夜は炭酸を飲んだ事がないのか驚いた顔をして舌を前に出して間抜けな顔をしていた。僕はさっきの仕返しと称して、少しだけ、咲夜を煽って楽しんだ。
二人で並んで村を見ながら、ラムネの中のキラキラを取り出した。咲夜は僕の手の中でコロコロしたキラキラを頂戴と喜んで、手を突き出した。僕は咲夜の白い手の中にキラキラを落した。咲夜の白い手に山の緑が反射してすごく綺麗だった。咲夜は村の方へキラキラを出して笑った。
「翔!キラキラの中に村があるぞ。」
咲夜は小さな子供のようにはしゃぎながら、僕に言った。だから、僕は咲夜の方にキラキラをかざして言った。
「咲夜もキラキラの中にいるよ!咲夜の綺麗な真っ赤な瞳が赤じゃなくて、紫になった!」
僕もはしゃぎながら言うと咲夜はきょとんとした後、下駄をカタカタと鳴らして枝垂桜の木に近づいて言った。
「翔。君は、ずっと私の友達でいてくれる?翔が私を嫌っても、私は翔を一番の友達と周りに自慢してもいい?勿論、翔が嫌ならやらないが。」
咲夜は枝垂桜の木の幹に手を当てて目を伏せて悲しそうに僕に言った。なんでそんな事を言い出すのか、僕にはわからなかった。だから、僕は咲夜の所まで一気に走って咲夜のおでこに自分のおでこをぶつけた。咲夜はどうして僕がそんな事をするのか理解できていなく、おでこを抑えて涙目で何が何だかと言う顔をしてきた。
「咲夜。僕はなんで咲夜がそんな事を言うのかわからない。咲夜は周りに僕の事、自慢してよ!僕は咲夜の一番の友達だ。咲夜も僕の一番の友達だ!」
僕がそう言い切ってしまうと、咲夜は大きな目に浮かんだ涙を乱暴に着物の袖で拭って笑った。
「そうだな!私達は、一番の友達だ!」
咲夜の後ろで林の木々がザァとなびいた。咲夜はなんだかそのまま風に乗ってどこかへ消えてしまう気がした。多分、僕の気のせいなんかじゃない。前にも、咲夜は消えてしまいそうな時があった。
「咲夜。咲夜って、消えないよね?」
僕が咲夜に聞くと、咲夜は驚いた顔をした。
しばらく僕の顔をじっと見て言った。
「翔が消えないと思うなら、私は消えない。翔が消えたと思うなら、私は消える。」
咲夜は儚げに僕に笑った。僕は咲夜がどうしてこんな事を言うなんてわからない。
「―僕は、咲夜が消えない事を願う。僕は咲夜の隣で信じて祈る。僕ができるのは、それだけだ。」
「うん。翔、君が私を信じてくれるなら、私は消えない。」
咲夜はそう呟いた。僕はこの時、よかったと笑ってしまった事を後悔した。咲夜がまだと言ったのを、聞き逃したのを後悔した。
僕は咲夜にまた来るねと、約束を取り付けた後、石段の下まで駆け下りた。学校の校門の前にはもう集合していた渚と翠が待っていた。
「待った?遅れてごめん。」
渚と翠はまだ来たところだよと僕に優しく笑って言った。僕達はそのままよく村の子供達が遊んでいるという小さな公園に行った。渚と翠が小学生達と遊んでいた時にふとポケットに違和感を覚えた。ポケットに手を入れてみると、咲夜とさっき覗いていたキラキラを見つけた。
「翔。それ、ラムネに入っているビー玉?綺麗だね。」
僕はなぜかキラキラを隠す様に掌に隠して、僕は翠のうんと頷いた。翠は首を傾げて言った。
「そんなに大事なの?なら、アクセサリーにしてあげようか?私、そういうの、得意なの。」
翠は僕にそう微笑んだ。他の人にとったらただのビー玉だけど、僕と咲夜にとったら、どんな宝石よりも綺麗で素敵な物で、一緒に村を見渡して、キラキラを初めて触って、覗いた、大事な思い出。
「翠、これってネックレスとかにできる?」
僕が翠に聞いてみると、翠は何かを察したようにいいよと答えてくれた。翠の手にキラキラを落すと、翠は大事そうに握り、任せてと笑ってくれた。
公園で遊んでいた小学生達と渚と翠と別れて帰る時、翠は僕にこっそりと耳打ちした。
「翔、ビー玉ネックレスにするだけでいいんだよね?明日、渡すね。」
翠はどうしてみんなにとったらただのビー玉をネックレスにして欲しいのか僕に聞いてこないのかと不思議だった。でも僕は翠の優しさとして受け取っておく。バイバイと二人に手を振って、家路についた。薄暗い家路を歩いて、ぼんやりと光る外灯を辿りながら家へと帰った。
「ただいま。」
お母さんが作った料理が並べられた食卓にお父さんとお母さんと一緒に着いた。三人で食事をした後、僕は自分の部屋で考えていた。
なんで、咲夜はよく僕と話しているとすごく悲しそうな、辛そうな、言葉ではよく言い表せないような複雑そうな顔をするのだろうと。なんで、咲夜は神社の外で会わないのか。僕達が神社で初めて会ったから、その成り行きなのか神社でしか遊んでないし、神社の鳥居の外には咲夜は一歩も出ない。まぁ、咲夜なら、いつか話してくれる時、僕に話してくれるだろう。
考えていたのをやめて、翠にお願いしたネックレスを楽しみにしながら、ベッドに潜って夢の世界へ。
ネックレスが楽しみで、今日はお母さんが下から僕を呼ぶ前に起きてしまった。お母さんにはいつも今日のようにちゃんと早く起きてほしいと言われたので、これは僕の都合の悪い空耳として受け取っておいた。
だいぶ行き慣れた通学路を走って、自分の下駄箱から無造作に内履きを取り出して床に叩いた。内履きに急いで足を突っ込んで教室へ向かう。
咲夜の他にも、この村はまるで僕の味方の様に、階段を駆け上がっても息切れがしないし、走っても苦しくならないし、喘息の症状がなかなか出ない。そのせいか、自分が喘息持ちだと言う事を忘れていつも過ごしている自分すらもいる。
教室に入ると、翠と渚がいつものようにクラスの皆に囲まれて話していた。
僕がおはようと言うと、二人はすぐに気が付いて必ず返してくれる。僕は机にカバンを下ろすと翠に飛びつくように翠の隣に立った。
「はい、どーぞ。昨日言っていたやつね。」
「ありがとう!」
翠に渡されたのは、僕が持っていた時とは全くの別物だった。キラキラがまた一段と綺麗に美しくなっていた。金色の鎖が付いていて首に下げられる様になっている。
「翠、このネックレスの作り方、教えてくれない?友達にも上げたんだけど。」
「うん!いいよ。二人で作ろう?」
「ありがとう。」
翠は少し驚いた顔をして、すぐ笑顔でいいと言ってくれた。翠は本当にいい友達だと思う。渚は仲良し三人だと思っていた二人にハブられた気持ちになったのか、ちょっぴり拗ねて俺も作ると唇を尖がらせて言った。だから、僕と翠はハブってなんかないよと、伝わるように三人で作ろう!と満面の笑みで言った。
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