第17話



 混乱状態に陥り、茫然と立ち尽くしている中で、俺は視界の端で天恵のポーカフェイスを捉えていた。

よくもまあ冷静さを保てるもんだ。俺は正直自分がどんな表情をしているのか見当がつかん。誰かに手鏡を貸してもらいたい心境だった。

 しかし、このまま挨拶を返せないわけにはいかない。


 「どっも。郷田源太郎です。これからよろしくね」


 動揺を誤魔化すために努めて明るくかつフランク的雰囲気を振りまきながら挨拶してみる。


 「はい。よろしくお願いします……」

 

 合わせようとした視線は逸らされた。挨拶も注意しないと聞き逃してしまいそうなくらいのか細い声で返される。

 ちなみにこの時握手をしようと差し出した右手は無視され、所在なさげに俺と文音ちゃんとの間にある空間をぶらついたあと腰に戻って来た。

 では、天恵はどういった対応だったのかというとーー


 「あ、あのワタクシマキノセメグミというものです」


 「は、はい……私は文音と申します。どうか末永く宜しくお願いいたします」


 わかった。この娘はコミュ障だ。あまり人と接するのが得意じゃなさそうだ。異性で年上だから、上手く話せないと思ってたけど違うようだ。仲良くなるのは時間がかかりそうだ。


 天恵は最初は初めましてという嘘がバレたのかと思いっていたが、どうやら違うようだ。俺との接し方も男子は私が可愛いからって口説こうとウザイからとりあえず冷たい態度とっておこうってな感じだろう。決めつけてはいけないが、そう仮説立てておこう。


 「うん。うん。二人とも似てるせいかすぐに仲良くなれると思ってたんだよね。よかった。よかった


 燐がお見合いをセッティングした世話人や仲人のような笑みで微笑む。

 なんだこの光景は。

 そんな困惑な眼差しに気づいた天恵がハッとしたように我を戻り、本題に引き戻す。


 面識やお互い利益のない会社の人間同士のの挨拶の場でもさえも、中々こうも味気ない形式的な挨拶の交わし合いはないだろう。


 「で、その子がどうしたの?  あんたと違って利発そうな子だけど。なに? 自慢でもしたいの?」


 だからなんでお前はそうデカイ態度を取るんだ。でも、急に態度を変えたら変えたで不審だから仕方ないといえば仕方のないことなのか。

 燐を打見すると、慣れたか思い出したか、オロオロした態度を表しておらず、なにやら反論しているようだった。どんな会話をしているかは打見だったので、よく聞き取れなかった。

理由は俺の意識は高鈴文音ちゃんに注がれていたからだ。。相変わらず、美しい少女だこと。事故の後遺症などもなさそうで安心した。

 検査も無事終わり、助けた少女の元気の姿を拝めたことだし、俺は邪魔者になりたくないのでさっさと帰らせてもらうとするか。


 「じゃあ挨拶も済んだし、帰りますね。お世話になりましーー」


 天恵にシャツの袖口を掴まれていた。頭を下げるような手招きをされる。頭が一.五個分くらいの身長差があり、疲れるから手短に頼む。


 真剣な顔つきと声色で、(なんか今回はマジものの、情報を持ってきてそう。まだ断定できないし、研究の進展があるかもしれないから、とりあえず帰るのは一旦保留にしなさい。)


(いやでも、俺がいたらまずくないか?)


 ボロ出さない自信ないんだけど。

 ん? まてよ。小考してみよう。こいつの研究を手伝うというのは俺の嘘偽りのない本心だし、似た境遇だったので、肉親が苦しみ辛さ

を救いたいというも本当だ。が、今回の協力で研究が進むという確証はない。

 最近の目的は夢を見たり、こいつとゲームなんかを主な活動になりつつある。それに手伝うといったが、俺が役に立っているのだろうか。ということでこいつの利益というのは一旦脇におくことにする。

 今日知り合った朱野とは会話を交わしてみてわかった。とてもいい同世代の女子だ。本音をいうとお近づきになりたいことこの上ない。

ここで、別れてしまえばその機会は半永久的に失われる可能性が高い。ならば、この千載一遇のチャンスを逃すのはあまりにもったいない。


 (しょ、しょうがないな。まあこれも研究のためだ。協力してやるよ)


 (あんたあいつに近づきたいと思うならやめておいたほうがいいわよ)


 (ご忠告ありがとよ)


 天恵の勧告もあまり耳に入っておらず、事務的に聞き流す。


 「待たせて悪かったわね。こいつも忠実な僕として力を貸すってさ。こき使っていいわよ」


 「力不足のこともあるけどよろしくな」


 次は天恵をどんな技の実験台にしようか頭の片隅で考えつつ、朱野の話に耳を傾ける。

 燐は邪気のない慈愛に満ちた笑顔、「本当~!? ありがとう。助かる。」


 さてと、どんな内容なのかね。そもそも天恵の母さんを助けるヒントになるかどうか。それとも朱野と俺のきっかけになる出来事になる

のか。

 固唾を飲んでとまではいかなくとも、それなりに緊張した心持ちで発表を待った。

 その発表内容は全く理解しできないものだった。

 一字一句逃さず聞いていたつもりだが、どうやらそうではないらしい。

 牧之瀬天恵とシンクロしたかのように俺の顔を見合わせたからだ。

 分かるやつがいたら、解説して欲しい。授業料は払う。同じく目を点にしている天才少女持ちで。

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