第10話

高鈴文音ちゃん救出から数日が経ち、天恵の友人が医師免許を取得したと聞かされた次の日の放課後のことだ。

現在俺は牧之瀬天恵のマンションの住むマンションの一階、正確にはオーナーである牧之瀬郁美さんの部屋へと来ていた。俺と天恵を除けば研究している機械を知っている唯一の人物でもある。

そんな人物に呼ばれた理由はこの前の嵐の中で救出劇のヒアリングだそうだ。天恵は終わらせたようで今日は俺との個人面談だ。


「これで全部か」


イエス。


「あと嘘いっちゃいないだろうね」


ナイフで首を突き付けられているような気分だぜ。危ないことをしたとはいえ、いいこともしたのに。

そして『ちょっと川周辺の様子を見てくる』という書置きを残したのは俺じゃない。


「危険なことはしてるだろう」


「はい。その通りです」


反論できねー。あの状況で助け出せる確証やそれを待つだけの時間がなさそうだったとはいえ、外出を控えるべき嵐の中出歩いたのは事実だ。それに変な書置きを残して心配させたのも余計不安にさせてしまったのも事実。焦ってたとはいえ、もうちょいマシな書置きしとけってのバカ天恵。


「ただな。仕方なかったってのは聞いた。なので、今回は不問だ。危険なことは今後はするなよ。しなきゃ場合だとしても安心するような材料をよこせ」


こちらの状況を色々読み取ってくれたのだろう。


「あんな書き置きはするな。悪ふざけでも心臓に悪い」


「それは管轄外なので見逃してくだせい」


 ちょいとふざけた風に言ってもなに言ってこなかったのでこれ以上の追及はないだろう。

どうやら俺の勘は当たったらしく、郁美さんは息を吐き終えて呼吸を整えたあと、「研究は進んでるのか?」と話題を変えてきた。


「停滞気味ですね」


もしかすると、高鈴文音ちゃんの件は今後の研究のヒントにはなりそうなものの、未だ不明な点が多いらしく、現在調査中だとのこと。なのでここは停滞気味という報告が正しいだろう。


「そうか……」


姪の母親で、実の姉である牧之瀬由乃に直結することなのかとても悲しそうな表情でどこか虚ろ気な表情をしていた。


「眠って七年くらいでしったけ?」


「そんくらいは経つのかな……」


忘れたのか、それとも時の流れを意識したくないのか。育美さんは曖昧に答えた。


「母親は大事にしろよ。って言わなくてもお前なら大事してるか。そういうところは似てるよなおめえと天恵は」


俺は答えずに黙ってお茶をすすった。


「辛気臭いのはやめだ! やめっ!」


急に、エンジンをふかし始めた。え? なにこれ? 暗い空気より全然いいけど。


「お前と天恵なら絶対由乃姉さんを起こせる! できる? できるな!」


「あっはい……――はいっ! 自分になにが出来るのかよくわからないですけど、母親が亡くなるような怖さは知ってるつもりなんで」


一瞬気圧され、安請け合いのような返事をしてしまったが、自分はやると決めったんだ。ここまで来たら終わるまでやるつもりだ。まだ天恵に恩を返してないからな。いや、そもそも俺の意志の関係なく逃げられないっぽいんだけど。


「よし! 任せた! なによりもずっと寝たままのせいか、若々しいのずるいからな! 妬ましい! さっさと起こして年相応に老けさせるっ!」


それが本音かよ! ちょっといい話が台無しだよ!

 こういう変なところが暗い部分があるとやっぱ天恵と血のつながりがあるんだなと思う。

 最初は、元のテンション高い性格と社交性、きわめつけはスタイルの大きな違いから、複雑な家庭(まぁ複雑なのは確かだが、より複雑な家庭を想像してしまった)を想像してしまったが、どうやら彼女が天恵の叔母なのは真実のようだ。父親の存在や兄妹などがいないか気になるところだが、今はそっとしておき、あいつや郁美さんが話したくなったときに聞けばいいさ。


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