第11話

教室に入ると、デカイ背中を丸め、机で突っ伏している奴がいた。授業合間の休み時間はそれなりにみかける姿なのだが、始業開始20分前にこの光景を見るのは珍しい。


「雪平どうしたんだ? クラスでいつも始業前ギリギリ入室ランキングの常連お前がこんな朝早く登校するなんて」


夏の背中がようやく見え始めたのに、雪でも降るのかってくらいの珍事だ。


「哲也に呼ばれて、部室で作曲について話してた」


そういえば我がバンド(俺がリードギターを担当する)新曲コンペはこの二人が採用されたんだったけな。


「といってももうちょい時間かかるから、源太郎とハイドの出番は先っぽい」


「あぁそうしてくれ。今週はバイトとかなんやらがあるんでなんなら打ち込みである程度ギター考えてもらうと助かると徹也に伝えてくれ」


「言っとく」


雪平がトレードマークであるヘアバンドをつけながら、「源太郎はなんでこんな早く来てんの? 俺ほどじゃないけどいつもギリギリでしょ?」 


なんでみたこともないのにそんなことがわかる。高校になったら変わったかもしれんだろ。お前は中等部からこの学校に入ったんだからよ。


「みんな大体授業の準備終わってるのに、源太郎はいつも鞄を整理しながら、談笑してるから」


行動は緩慢なのに対して相変わらず鋭い推理をしやがる。ついでにいうとスポーツなんかするときも普段の行動速度とは真逆で俊敏だ。その長身の体躯を生かしてバスケやバレーなんかの空中を主戦場とするスポーツなんかでは大活躍している。


「うわっ! すごい珍しい風景」



穏やかな空間を切り裂くような高い声を発しながら、教室に乗り込んできたのは早鞍綾だ。テニス部の朝練により闘志のようなものがまだ残っているせいか、ただでさえ強い目力がさらに強さを増しているようだった。

この迫力に押されてか、よく殴り合いのケンカで負けを喫したのは小さい頃のこととはいえ、忘れたい。


「人を風景扱いすんなよ」


「だって。あんたら二人がこんな時間に来るなんて珍しいじゃん」


ポニーテールを競走馬のように力強く揺らしながら、乱雑に腰を席へと落とした。


「別にいいだろ。早く来る分には迷惑はかけないし。お前の大声のほうが迷惑だ。見ろ早起きに慣れてない雪平がお前の奇声を聞いたせいで、めまいを引き起こしたみたいだぞ」


あごをしゃくりながらみてみろとすると、机に項垂れている雪平がいた。


「あぁごめんごめん。具合悪かったら、保健室まで源太郎が運ぶから勘弁してね」


こいつ悪いと思ってねーな。お前も遠慮するつもりないだろこっちを見るな。もしも運ぶとなったら綾と二人でタンカだ。タンカ。


「なになに遊びにいく打合せ?」



館野林檎がいつのまにか教室に入るどころか、気づけば俺の左隣の席に座り雑談に混じろうとしていた。その席は天恵の席なのだが、登校まではまだかなり時間があるのであいつが鞄を持ってウロウロしてしまう問題も起こることもなかろう。

問題は、腰にセーターを巻いて、薄いメイクもしてきており、髪なんかはほんの少しだが染めるなど、とても目立つ格好をしているにも関わらずこの教室内に侵入してきた林檎のほうが問題だ。中等部の三年間これで明確な指導も受けたことがないのは異常だ。それなりに目立つ格好をしててもなぜか気配もなく普通に映ってしまうことだ。三年間それなりに長い期間過ごしたのに、未だに不思議だ。顔立ちも整ってるしな。本人が気にするがあまり言及しないが、個人的に調査してみたいとも思っている。


「ちげーよ。ただ集まってただけだ。てか部活は?」 


「もう終わった。身だしなみ整えるの怠かったからちょい手抜き気味だから見んといて」


といいつも、林檎の見た目はバッチリだった。バスケ部での激しい朝練にあととはとても思えん。


「といっても種明かしすると聖枝にも手伝ってもらったんよね」


「そして聖枝も一緒かよ」



「もうちょいで来ると思う。委員の仕事やってたんだってさ」


などと、数十秒ほどやりとりしていると、「これはこれは珍しい朝ですね。おはようございます」と深々と頭を下げて、氷川聖枝が入室してきた。俺らも釣られて挨拶をする。女子高生でありながら、大学生、OLなどの年代をすっ飛ばして、結婚十年目の人妻にさえ見える。肩に髪が掛かる掛からないかくらいのミディアムヘアーをたゆわせて俺達の席に近づいてきた。おっとりしたこの空気にあてられると色々緩んで眠くなりそうだ。けど、綾が聖枝に抱き着き胸を自然に触ってる光景をみたせいか一気に目が冴える。その自然なタッチやめろとまた綾に伝えねばと、思いつつ胸部から視線を逸らしながら「聖枝はなにしてたんだ?」


柔和な苦笑いで、「昨日図書室の整頓サボってしまったので、その分今日早めに登校しやってきました。そして偶然林檎さんにあいまして、化粧の手伝いをしました」


真面目なのか不真面目なのかわからなくる。といってもやはり聖枝は真面目だろう。学内では化粧してないわけだし、なによりもここにいる連中とは違いしっかり挨拶したのだから。


「というか授業外でこのいつものメンツがほぼ朝に集まるのってすっごいレアじゃない?」と綾が感動しかけている。

しきれていないのは一人欠けているからだ。


一応我が校にもカーストはある。だが、その階級はゆっるい。ちょっと話しづらいとかはあるが、基本みんな友達だ(天恵などの一部例外を除く)。そして、俺がいるグループはトップカーストの位置にいる。さっきいったとおりあんま関係ねーけど、トップだと人気があるから色々と忙しい。


「人気者は基本忙しいからな。人気者って辛い」


「全然辛いと思ってないでしょ?」


林檎のツッコミが入る。


「うん」


だって俺は目立つの超好きだからな。


「んなことよりも、あいつももうそろそろしたら来るかもしれないぞ。昨日試合があったから軽めの調整にするとか言ってたし」


「おはっよー! なになに? 遊びに行く打合せ? 俺もいけたらいくよ」


噂すれば影というかご本人様の登場だった。

爽やかイケメンサッカー少年のようにやってきたのは先ほど雪平との話題で名前が挙がり、綾が欠けた一人と表現したハイドこと灰卜渡だ。


「お前も練習終わったのか?」 


「あぁ終わった」


相変わらず熱心なことで。これ以上上手くなってどうするんだ?


「理由は特にない」


中学で爆発的に才能が開花し、海外からの誘いや日本プロの最短ルートであり、プロ予備軍でもあるユース入団の誘いも断り、この学校に進学したお前の行動は理解しがたい。絶対にユースに入らないってのは聞いてたから、もしや転校するかとも思っていたがこうして同じ学校にいる。

俺とは違い、勉強もできるから、楽なエスカレーター進学のための残留という線も薄い。 天才の考えることは凡人風情の俺が考えることじゃないだろうけどな。


さらに疑問を付け足すならば、「そもそも高校でもバンドやってていのか?」 


「当たり前じゃん。だってそうじゃなきゃ俺はサッカーやめてるか同好会でも作って気楽にやるつもりだったから。その条件なら高校でもやるっていって監督が了承してくれたからここにいるんだよ。」


「マジでそれだったのかよ」


てっきり冗談かと思ってたぞ。好奇心や老婆心がとても強く働いたが、プライベートな問題だったからあまり詮索はしなかったけどな。


「高校でプロデビューして、二度とない青春をサッカーだけで過ごしたくなかったんだ。そういう人たちもいるだろうけど、俺の中じゃ一番じゃないんだ」


さらっと自分はプロデビューできるみたいなことを言うのは、実際にそういった条件を提示されたからなので、根拠がない発言ではないのがおそろしい。


「源太郎もやってればそういう話来たのに」


「いまからでも遅くないと俺は思うぞ」


「俺は嫌だよ」


スポーツなんかを含め、ものすごい練習こなす、本気のモチベーションが俺にはない。遊びでやるので充分さ。遊びなら本気になれる。だから体育授業と球技大会は相手にもよるが結構ガチでやってる。

 

「そっちの努力は強要しないけどさ、勉強は頑張れよ」


「「うっ」」」


ビクッと反応するバカが二人。一人はもちろん俺だ。そして、もう一人は林檎だ。こいつも俺ほどじゃないが、あまり奮った成績をみたことがない。


「りんごちゃんにはバスケがあるからさ……」


帰宅部の俺に矛先を一点集中させようとするな。落第の道なら道連れだ。


「それでも不安ですね」


優しい母親のように聖枝が憂いの表情を覗かせる。


「でも確かに、源太郎は帰宅部だから救いようがない。やっぱサッカー部入ろうぜ。お前がゴールマウス守ってくれれば安心だからよ」


「だからやらねーっていってんだろ」


ハイドが悪意なき純粋無垢な顔で入部を勧めてきた。

キーパーは割と好きなポジションだが、練習は嫌いなんだよ。


「じゃあ勉強するの?」


雪平が冷たい声と同時に雪のような冷たい視線がつららのように刺さる。

一回だけだが、小テストで追試受けまくり練習に影響を与えた過去を思い出したようだ。


「善処します……」


俺と林檎にとって最悪の雰囲気がなりつつなったところで、普段なら、顔が憎たらしく見えるやつが、現れた。それは天使か女神に見えた。


「おお。天恵が来てんじゃん! 林檎ほら。そこ天恵の席だから」


「どいてどいて。あっそうだった。ごめんね! 牧之瀬さん! 自分に席に戻るから」


慌てて離籍し、机の位置を整え、林檎はイスを引きウエイターのように「どうぞお座りください」と着席を促す。


「い、いや……あっえとありがとうございました」といい、着席した。


俺と二人きりときとは全く見せない反応だ。というか天恵が来るということは始業の時間は近いらしい。


「ほらそろそろ先生くるころだから。散れ散れ皆の衆」と強制解散を命じる。


「ごまかしやがったな」という綾の声は聞こえないふりをして、ハイドを一瞥する。俺の気のせいだと思いたいが、天恵を凝視していたようなのは気のせいだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る