第9話


「だ・か・ら! 学校でも言ったけど、あのときは逃げたんじゃないって!! ――っつ~……」


 あの高鈴文音たかすずふみねちゃん救出から三日が過ぎた今日。

 牧之瀬天恵まきのせめぐむの怒声がマンションに響く。大口開けて大声で叫んだせいか、頬に貼られた絆創膏を抑え、悶え苦しんでいる。

 マンションに来ばかりだが、俺はまだ一言も言葉を発していない。それどころか放課後に直行したので通学鞄をまだ肩に掛けたままである。

 ならば、なぜ天恵が怒鳴ったのかというと、玄関を入ってすぐさま天恵が視線に入った直後に、俺がゴミを見るような目つきをしたせいらしい。

 相当頬が痛いようだが、関係ない。

 自業自得だ。ざまぁみろ。

 一瞬、隣人である大学生の兄≪あん≫ちゃんや、OLのお姉さんとの騒音トラブルにならないかと心配したが、ここの防音設備は万全だったのを思い出し、ホッと胸を撫で下ろす。

 トラブルは当分なくていい。まだ当分の間は他人の夢を視て、面白おかしく過ごす日々を束の間くらい享受したいからだ。

 なので、俺はゴミを見るような目線をやめないどころか、より厳しいものにしていく。

  

 「その眼やめてよ!! やめてっ! やめてください……」


 土下座に近いが、土下座ではない態勢で俺に頭を垂れている。その姿勢を見て、頭に思い浮かべやすい言葉で表現するなら、高校最後の夏大会で敗退が決定した運動部員のような姿といったほうが伝わりやすいと思う。

 俺は天恵に対してあまり怒っていない。

 どういう感情を抱いているのかと問われれば、俺は呆れさえも通り越して、無に近い心境だった。

 こいつの羽虫の羽程しかない小さなプライドが俺に対する日本での最大級の謝罪姿勢を躊躇っている姿を見ていると、もうなんともいえない感情が支配していた。

 一人の命を無事に救えたし、いいかと自分に言い聞かせ仲間を裏切ったこいつの最低行動をとりあえず保留にした。実際頑張ったから、そのくらいの免罪はしてやろう。

 今更だが、あの後起きた出来事を簡単に語ると、俺らがヤバい組織だと思った団体は変な組織でもなんでもなく、ただの地元の町内会で結成された捜索隊だったのだ。

 どうして、町内会の方々が俺ら二人を捜索していたのかというと、理由はごく単純。

 天恵の書置きを見て、仕事から帰宅した彼女の叔母である七絵さんが、青ざめた表情で自宅から飛び出たところを、偶然町内会長が通りかかったことにより行われた大捜索だった。

 そして、七絵さんも一緒にいて、無事保護し、俺は抱きしめられた。あの時の柔らかな胸元の感触は今もすぐに思い出せるほど感覚が残っている。

 いやー、あの感触と香りは本当最高だったね。あの感覚は危ない薬に手を出さないと、たどり着けない境地とさえ、思える。まさに天にも昇るような感覚であった。

 しかし、当たり前というか当然というか、代償も大きく当然物凄く怒られた。誰にもバレてないだろうけど、ちょっと泣いたからね。俺。

 不幸中の幸いなのは親や警察に知られなかったことくらいだ。

 なので、今回こいつが逃げたことなどはこの際どうでもいい。

もっと重要なことがあるのだから。

 それは俺の頭の中に入れらた夢を視るために使われる機械についての話だ。

 そのために俺は放課後こいつの家の尋ねたのである。夢の録画が成功したのを見るという目的もあるが、あくまでついでに過ぎん。

 俺らが文音ちゃんを助けたのが、金曜日で、次の日が疲労を蓄積した状態の土曜だったのと、日曜日に急遽、俺のバイトが入ったせいで俺の頭の機械についての説明を聞く、タイミングが中々なかったのでやっと今日、詳細な話を訊けると言われてここに来たのだ。


 「昼休みに説明するか、出来れば機械を取り出せって言ったのにわざわざ家まで来てやったんだ。とっと説明しろ。それとどんくらいで取り出せるんだ?」


 至極真っ当な要求をしたつもりだったのに、天恵の表情はまるでクライアントに無理難題の条件を言い渡されたサービス提供者のように口籠ってた。

 

 「えっと……うん……その、よくわからないけど、なぜかあんたの頭の中の機械取り出せなくなった」

 

 「はぁ?」


 歯切れの悪い話し方で真相を語り始める。


 「だって、今日の昼食の時奢ったお茶に機械を吐き出すような薬混ぜたんだけどなんもないでしょ? それで出るはずなのに全然出ないし、変化もないんだもん。こっちが説明をしてもらいたいくらいよ。つーかちゃんと飲んだ?」

 「お前またそんなもの入れたのかよ! てか疑うな。しっかり飲んだわ!」


 俺もまさかお詫びのしるしとしてもらったお茶にそんなものを入れられてると思ってなかったので、完全に油断していた。

 前回無断で機械を入れらたときも似たような手口だったのに。本当、自分が学習しない人間だという事を嫌になるくらい痛感する。

 そういえばあのお茶よくよく思い出してみれば変な味がしたな。

 あと、罪滅ぼしついでに取り出しを実行しようとするな。やるならちゃんと別々にやれ。


 「朝の時はすぐに取り出せるって話だっただろ!?」 


 わめく駄々っ子のように、「なんかできなかったんだからしょうがないでしょ。なんか知らないけど、防衛装置が起動してるみたいだったんだもん」

 

 「そもそも防衛装置ってなんだよ!?」


 俺の人権が全く守られてないのに防衛装置もクソもあるか。


 「分かりやすく言うと、あんたもわかってると思うけど前回行ったのはテレパシーみたいなものなわけよ。つまり心を繋げるわけなん

だけど、あまりに繋がり過ぎて離れなくなったら困るでしょ? そういったのを防ぐための防衛装置なんだけど……それが誤作動を起こしてて、なぜかあんたの身体の中から出ないように作動してるの」


 「よし。意味は全然わかんらが、状況と取るべき行動はわかった。俺も自分の防衛装置である人権団体に電話する」


 俺は内ポケットにしまってある携帯を取り出し、登録してあるとある人権相談団体の番号を探す。正直言うと全然わからんけど、俺の身が危なそうなのでとりあえず第三者に判断を仰ぐのがベターだろう。


 「ちょっ! 待ってよ! チャンス! チャンスをちょうだい! 詳しく調べるため今度病院で調べるから、付き合ってください! そこで絶対原因突き止めるから」


 俺があっさり切り札を切る素振りを見せた途端、神を敬えど、信じないと公言している牧之瀬天恵だが、今回ばかり必死の様で、神に祈るかのように俺に手を合わせて、懇願してきた。

 

 「いやでもこれは許せないわ。嘘ついてたわけだし」

 「その件は謝るから! 本当にすいませんでしたっ! でも、今回はあたしが、あんたの頭の中の機械を入れっぱなしにしてたから、人命救助が出来たんじゃない。だから挽回のチャンスくらいは下さい!」


 そういわれると少し弱る。過程はどうであれ、天恵の言うことは事実だ。

 あのバカデカイ機械を持って彼女を救出などできなかっただろう。

 そもそも、あの機械で彼女とテレパシーが出来たのだろうか。恐らく無理だっただろう。なら、許すまではいかなくともチャンスくらいは与えてやろう。俺の身体に特に大きな異変もないわけだしな。


 「いいだろう。ただし、条件を設ける。もしものことがあったら、全部郁美さんに今までの件を報告するからな。嘘偽りなく。全て」

 

 「は、は、はい……」


 どうやら人権団体や危険組織よりも叔母である七絵さんが怖いらしい。人に慣れていない気性の荒い野良猫から一転。生まれたばかりの仔猫のように静かになっていた。

 というか甘くないか俺? 自分で言うのもなんだが、母親を助けて、自ら協力を志願したとはいえ、甘いを通りこして、寛大過ぎる気もしてきた。

 けど、今回は流石に大分反省してるようなのでこの辺にしておいてやろう。病院にいけばなんとかなりそうなわけだし。

 いざとなれば、七絵さんに報告して、こいつが俺の頭の中の機械を作るプロジェクトに参加したメンバーをなにがなんでも集めさせて、取り除いてもらえばいいわけだしな。

 とりあえずオマケの目的である録画の夢を視る準備を進めるためテレビをつける。

 すると、俺達が救出した高鈴文音ちゃんのニュースが取り上げられていた。

 何度も思うが、こんなことが起こらないことを切に願う。

 天候、生活共に、穏やかなものを望む質なんでね。

 もし、慌ただしいものになるのなら、どうせだったらめでたいことが起きてほしいもんだ。

 例えば、高鈴女子発見と入れ替わりで現在流れているニュースなどが個人的に好ましい。

 

 「十六歳の日本人女医誕生だってよ。すっげえな」

 

 「そんな驚くこと? 最年少が十四歳でしょ」


 いつの間にかソファーに移動していた天恵がパソコンを操作しながら、興味なさげに適当に返事を返す。


 「いやでもよ。日本人女子では初らしいぞ」

 

 海の向こうの遠い話かと思っていたが、この報道で多少は近い存在のように感じ取る様になった気がする。

 日本では飛び級すら認めていないが、海外の飛び級制度等がある国ではこういった制度がある国が数十年前から増えている。今後もこういったことが増えると日本も医者の飛び級資格制度はともかくとして、学力による飛び級制度導入も検討される時代が来るのかと、評論家気どりの未来予測をしてると??

 

 「あっ……多分それ私の知り合いだわ」


 飛び級をしてそうな天才が自分の知り合いかもしれないと、突然告白し始めた。

 有名になるとやたら、やれ友達だ親戚だと、繋がりを宣言するやつが多い。大抵そういうやつらは大した関係がないのだが、こいつの場合は繋がりがあってもなんら不思議がなく、むしろ、繋がりがないのが不思議なくらいだと言っても過言じゃない。

 深さは知らないが、広さはかなりのネットワークがあるのは確かだろう。

 学校でのボッチ姿を見るとにわかに信じられないが。


 「マジかよ……」

 「聞いてみようか? 確か日本に帰国してると思うから」


 俺の返答も聞かずに天恵はパソコンから一時的に手を放し、スマートフォンに文字を打ち始める。返事は天恵がパソコンに戻ろうとする前に返事が来たようで天恵がパソコンのキーボードを叩くよりも先にスマートフォンが振動した。

 

 「あってた」


 もうなにもいうまい。俺はどんなことが起きても。しかし、ここで一つの疑問が湧き出た。

 「もしかして、その女子もお前の機械開発に関わっているのか?」

 「初期段階で抜けたメンバーだけどね。他にやりたいことができたっていって抜けたわ」


 それは大丈夫なのだろうか。この発明がバレたら大騒ぎにもなりそうだが。人事じゃなくなったので、俺は気が気ではなかった。病気でもないのに、頭の中をいじくり回されるのは遠慮願いたい。


 「なんか不安があるみたいだけど平気よ。信頼できる人物だし、最終的に一人で完成させたからね」


 「ちょっと待って! ってことはお前が死んだらどうなんだ? 俺は後ろ盾もなく、この頭に埋め込まれた機械はどうなるんだ?」


 「縁起でもないこと言わないでよ! よく本人のいる前でよくはっきり言えるわね」


 躊躇いの演技する余裕なんてこっちにはないんでね。あの救出の件まで、ギリギリ部外者の部類に入る存在だと位置づけていた自分が気づけば変な者達の仲間入りをさせられていたんだ。現段階でも、もしもに備えて確認しておかねば、いざというときに思考停止をする自分の姿が容易に想像できる。


 「四方八方から最低限の根回しと対策を取ってるから安心なさい。私がたま~にドジもするけど天才だってことはもうわかってるでしょ?」


 この前書置きの件でホームラン級のドジをしたやつがよくここまで言える。どんな思考ルートを辿ればこの答えにたどり着けるんだ。

 少し、イラっと来たのでイジワルな質問をぶつけることにした。


 「その天才でも自分の母親を救う方法は見いだせないのか?」

 「天才でも人間よ。それに時代や運なんかはどうしようもないわ」

 

 とても物悲しい表情を浮かべた。あくまで一瞬だが。そして、力強さを取り戻す。決意の固さを表す顔だ。

今更だが、なぜこいつが夢見る機械を発明したかというと、未だ原因不明の病で病床に伏している母親を助けるために発明したものだ。

 今の時代に彼女程家族に執着する少女がいるのだろうか。

 親が子どもを子どもが親を殺害する報道を時折目にする狂った昨今。資金はいわずもがな、倫理さえも、無視しても救う意思と行動力だけは尊敬の念を禁じ得ない。だから、自分の母親を救ってもらった恩に報いるという情だけではなく、尊敬の念からも協力なんかをしているのだが、たまにこれでいいのかと、不安になったりもする。


 「気を悪くする質問して悪かったな」

 「ホントよ。そんなことより映像再生の準備ができたわよ」

 「この野郎……」


 まるで予定していたかのように悲しい振りを終え、天恵はいつの間にかケロっとしてパソコンをイジっている。

 どうやら演技だったようだ。心配して損した。

 人が下手に出てれば、調子付きやがって。

 本来なら、怒るところだが、さっきのセリフに多少の後悔があるので、なにも言い返せず、仕方なく握った拳を解く。

 ため息をつき一呼吸おいて夢を視る準備を整え、天恵のいる大きなモニターの前に向かった。 

 

 「まーだー?」


 気付けばソファーに寝転がりながら、間の抜けた声で子どもがおやつを催促するような口調で呼び掛ける。


 「今いくから大人しく座ってろ」 

 

 軽い通学カバンを放り投げ、もはやルーティンワークのように、適当に菓子とジュースを台所から持ち出し、ソファーへと向かう。

 さてと、今日はどんな夢が映しだされるのか。

 俺達は懲りずに今日も他人の夢を覗き視る。本来の目的はこいつの母親を救うための行為なんだが、最近はなんだか、目的が変わってきてしまっている気もするが、俺が気にすることはないだろう。 なんだかんだ入学初日よりも研究成果も出ており、天恵の顔色も入学したときよりもいいのだから。

 最初俺に会った時のこいつの様子は信じて貰えないだろうが、お前こそ病気なんじゃないかと思うほど、覇気や生気が感じられない奴だったからその点だけでも、かなりの進歩といえよう。天恵の母親が完治して、天恵が病気になったら、プラマイゼロどころかマイナスだからな。


 「あっ」


 まだ二ヶ月しか経っていない過去を回想していると、突然なにかを思い出したかのように天恵が声を上げた。

 なにか忘れ物か? ポップコーンとコーラの準備はしているぞ。


 「源太郎って、次の土曜日空いてる?」

 

 「バイトもないし、空いてるけど……」

 

 「わかった。じゃあ朝九時にこのマンションの一階に来て」


 まさかデートなわけあるまいよな。

 理由を尋ねようとしたところで映像が流れ始めたので、聞くのをやめて、とりあえず首を縦に振った。

 黙っていると、今度は別の疑問がふと湧いてきた。そういえばいつから俺達は下の名前で呼び合うようになったのだろうか? 気になりもしたが、これは聞くのはやめておこう。なんか自意識過剰だと言われて、自分の夢の内容を言われるかもしれないからな。

 所詮俺は夢を見られた平凡な少年。その夢を見た天才少女には逆らえない立場なのだから。

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