第4話
「あとちょっとで映るはず」
牧之瀬はご機嫌でパソコンを操作しながら、そう告げた。
どうやらこいつもリアルタイムで人の夢を見るのは久しぶりらしく、だいぶテンションが上がっている。
けど、俺はその上をいくほどのテンションで映像を待ち望んでいる。
いつもこいつが見せる夢は、俺に見せる前に厳選されたもの等を見せているらしい。
「こんな昼間から夢見てるくらいのやつだから相当なダメ人間の夢な気がするな」
「夜勤帯勤務の人の可能性も否定できないけどね」
なるほどそういうのもあるのか。なら普通の夢かもしれない。
けど、俺にとってリアルタイムで、他人の夢を見るってのは初体験な訳なので、やはり楽しみだという点は変わらない。
初めてってのはどうしてこう胸が踊るんだろうかね。
「あっ!」
俺が目を閉じて、胸の高まり鎮めようとしていたときに、牧之瀬が声を上げた。
目線の先にうっすらとした液晶の映像が徐々に画面全体に鮮明に広がっていく。 このまま夢が始まるかと思いきや、薄く灰色がかっただけで結局はなにも映らない。
「映ると思ったけど、映らないな。まさか故障とか? また暗くなったぞ」
「素人は黙ってみてなさい」
少し、イラつくがここは我慢だ。それに素人なのは事実だ。
***
あれから十分ほど時間が経過したものの、現状に変化はない。依然画面は灰色がかった静止画のままだ。
外の様子のほうがよっぽど急変している。悪い意味で。
「特に異常は見当たらないんだけどなー」
「まだ時間がかかるなら、飯の準備しててもいいか?」
首を縦に振り、タイピングとPC画面に集中している家主に了解を取り、俺はリビングから離れ、使い勝手が慣れつつあるキッチンに移動し、冷蔵庫を漁る。
相変わらず食材が少ない。一人暮らしの女子とは思えないほど殺風景な光景を見ると、これは冷蔵庫じゃなくただの冷たい箱なんじゃないかと思えてくる。
すぐに材料を見つけられるのはありがたいけど。
冷蔵庫の中身を全部かき集めて出てきたのは四分の一のキャベツ、卵七個とベーコンが数百グラムか。
脳内でレシピメニューを検索すると、答えが最初から決められていたかのように、献立はすぐ決定した。
うん。キャベツとベーコンのスープと卵焼きでいいか。
俺が献立を決め終えた直後に変な物音が聞こえた。外のものかとも一瞬思ったが、よく耳を澄ますと違うように聞こえる。
その正体不明の物音を聞いた直後だった、「映った!」というアホな声が鼓膜を震わせたのは。
すぐさま俺は牧之瀬のいるリビングへと戻る。
「でかした! ってあれ?」
画面は川の映像だった。ただただ流れる濁流らしき映像。これは人の夢なのか?
「んー……一瞬はっきり映ったんだけどなー」
理由が判明せず、ただただ首を傾げ頭を捻る牧之瀬。
ここまで原因がわからないのは珍し……くもないか。
こういったことは以前にもそれなりにあったわけだし。
けど、本気で困っているのは久々な気がする。
「盗撮に詳しい専門家の牧之瀬恵さん? まさか人を素人呼ばわりしておいて、まだなにもわからないなどと、いうわけじゃないですよね?」
「いやまって! ちょっと待って! すぐ映すからあっち行ってて!」
焦る牧之瀬。しかしそんなことは知ったことでない。
「プロなら華麗な手口で状況を説明してくださいよ?」
「うるさいな!! すぐ解決してやらぁ!!」
盗撮という挑発ワードに過敏に反応しているのかとも思ったが、どうやら本当にテンパっているらしい。
こいつは予想外の出来事に直面すると、本当に脆い。自己紹介の挨拶時も想定外の質問で慌て、ふためいていたのは記憶に新しい。
海外在住だったからそういう経験が少ないからかもしれんが。
しかし、それはあくまで日常生活のことだ。得意分野だと、とことん饒舌かつ、なんだかんだ解決できるのが、こいつの数少ない長所の一つだ。
それが失われればこいつはマイナス面も多いーーなので、考えるのはやめておこう。
「俺は飯の準備に戻るから、進展があったら伝えてくれ。あと天気予報知りたいから音を大きめにしてテレビをつけておいてくれないか? 映像が映ったら消してもいいから」
牧之瀬は無言でテレビをつけた。了承の確認は取れたので再びキッチンへ向かう。
準備に戻る途中で、なんか嫌な予感が背筋に走った。
大したモノじゃないだろうが、毛糸を背中に入れられたような、なんだかむずがゆいような、こそばゆいような奇妙な感覚だ。
なぜだろう。雨の音が強くなった恐怖からか? 答えの出せない疑問をあれこれ浮かぶも、これ以上考えるのは時間の無駄だし、さっさと飯を作ろう。
そう自分に言い聞かせ俺は卵焼きとスープの調理に取り掛かる。腕まくりをし、調理器具一式を並べて包丁を握り、ベーコンを切り始めようと、刃を肉に半分程食い込ませた瞬間――
「郷田!!」
「うわっ! いきなり大声出すなよ……あと高速無音で近づくな。忍者かてめぇは。それとあやうく包丁で指を……って……痛てて、引っ張んなよ。わかったっ! わかったっ! 来てほしいのはわかったから!!」
牧之瀬は瞬間移動したかのように気づけば俺の後ろにいた。こいつパワーだけじゃなく、スピードも兼ね備えてやがるのかよ。
またしたくない新たな発見をしてしまった。
そんな俺に構わずに、無言でグイグイ俺の腕を引っ張り続ける。
もしかすると、包丁で指を切るより痛いかもしれない腕力で引っ張る。
腕がいかれちまう。
ようやく痛みから解放されたかと思うと、バカ力を奮った右腕を離し、右人差し指がテレビの画面を指していた。
「これみて」
「どれ?」
「これ!!」
苛立ちながら、腕を上下させる先には夢を映し出すほうの液晶ではなく、テレビのモニターだった。
そして、その番組の内容は大雨の警戒を呼びかける報道番組だった。俺らのいる区域が先程注意区域に指定されたようだ。隣の区域はなんと警戒区域に指定されたらしい。
俺の事を心配してわざわざ教えてくれたのか。
なんだよ、こいつも結構優しいとこあんじゃねーか。さっきは煽って悪かったな。取り消すつもりもないけど。
一通り警戒区域の紹介が終わると、スタジオにいるアナウンサーが警戒区域である隣の市で行方不明者が出たことを伝えていた。
名は高鈴文音≪たかすずふみね≫という女子学生で顔写真も画面に表示されていた。その画像はとても目を惹く画像だった。
なぜ目を惹いたかというと、珍しい形をしたアクセサリーを着けていたからだ。 蒼いひまわりを模したようなもので、画像の状態もあるが、とても高価に見える装身具だ。
だが、一番の要因は彼女が美少女だったからだろう。
ネットの掲示板やSNSに目を通してないので確証はないが、多分凄く盛り上がっていそうな気がする。不謹慎な感想かもしれんが、事実に大きな相違はないだろう。
しかし、真っ先に口から出た感想は――
「気の毒に……」
他人事とは思えなかった。自分も妹がいるというのもあるし、目と鼻の先で起きたものだからかもしれない。まるで身内が不幸に巻き込まれたかのように思えた。
この時やっとあの時の変な感覚の正体がわかった気がする。
あぁ。さっきの悪い予感はこれだったのかもしれない。目と鼻の先で大変目に遭っている人がいるのは辛く、助けもできないので、なんともはがゆい気持ちになったりもする。
もしかしたら、俺の第六感的な何かが、働きさっきの奇妙な感覚を呼んだのかもしれない。
心当たりもないわけではないしな。
しかし、こればかりはどうしようもない。
「これだけのために俺を呼んだのか? 気持ちがわからないでもない。けど、俺らじゃないどうしようもない。無事を祈ろう」
「……」
俺が話し掛けても牧之瀬天恵≪まきのせめぐむ≫は一瞬カカシのように何も話さないし、動かなかった。
動き始めたかと、思えば自分の唇を撫でながら恐ろしいほど真剣な表情で、無言を貫いている。
その姿をしばらく観察していると、無言のまま今度は夢が映し出されるのほうの液晶を指さしたので、反射的に画面に目をやる。
なぜかわからないが、画面が分割されたように液晶には白い縦線が、真ん中に引かれていた。先ほど表示されていた美少女画像もとい高鈴文音≪たかすずふみね≫ちゃんの姿が液晶に映っていた。
一つは画像で、もう一つはなんと映像だった。その映像はどこか洞窟らしき場所で、地面に横たわっている少女のものだった。
牧之瀬がパソコンを操作すると、映し出された映像の左半分の映像がクローズアップされていく、すると顔が識別できるほど鮮明に映し出されていく。
その少女の顔は右半分に映し出された高鈴文音≪たかすずふみね≫ちゃんに瓜二だった。
それだけならまだ別人かもしれないと、言えるかもしれないが、否定できない要素があった。
先ほどテレビで見たのと全く同じ、蒼いひまわりの髪飾りを着けていたからである。
「この映像は、彼女が今見ている夢の映像よ」
混乱した頭に牧之瀬天恵の言葉だけがやけに響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます