第3話
「……」
「……」
多分俺ら二人は画面に夢中になっていたと思う。暗くなった画面を見つめ合っていた。
「いや素晴らしい映画だったよ。監督の名前は誰かな?」
「映画じゃないけど。素晴らしい映像作品だった! これは長期保存決定にしよう――も、もちろん研究のためよ」
俺らは他人の映像作品について議論していた。よくよく考えれば盗撮の映像を見て熱く語るようなものだが、深く考えるのはやめよう。うん。
癪に障るが俺はこいつの研究の手伝いをしている助手ということにしよう。こういっておけばもし、この発明がバレて法廷に立つようなことがあっても免罪、もしくは減罪してくれるだろうしな。
今は素晴らしかった映像作……ではなくて研究成果について語ろう。
「前のやつは最悪だったから余計に素晴らしく感じたわよ」
「俺のやつじゃないよな?」
「そんなわけないじゃない。あれはけ、傑作なんだひゃら……」
俺が切り出したとはいえ、また笑い始めようとしてやがる。
「ち、違う。ホント!! そうじゃなくてあれよ!! あれ! 中年おじさんが新人OLと恋に落ちるやつ!」
「あー」と言って俺は嫌な映像を思い出す。
汚い中年のおっさんが純愛、純愛といいながら、複数の女性と肉体関係を結ぶ純愛ストーリーの夢だった。
「あれは恋というものなのか? 俺TUEEE系でもなく本当に冴えないおっさんが何故か新人OLに好かれる話だよな」
しかも会社内で他の女性と不倫してたし、OLがほとんどやった仕事が何故か自分の手柄になっていたというトンデモ話でもあったな。
「あれがこの県内にいると思うと寒気がするわ……夏が近いはずなのに思い出すだけで鳥肌が立っちゃう」
少々大げさな気もするが、わからなくもない。あれは鳥肌モノだ。ベッドシーンの気持ち悪さはラズベリー賞も真っ青の演技だったしな。
「けど、なんか本当に寒くない? 冷房の温度イジッた?」と言って立ち上がり、牧之瀬は冷房の温度をのぞき込んだ。。
続いて窓近づきカーテンを開け、窓を開いた瞬間――
ゴオオオオオ!!!!!!!! とダムの放水音のような激しい轟音が響く。思わず窓を閉める牧之瀬。
暴音に驚き、きゃっ! と驚きしりもちをつく。
こいつの内面を知らない我が学校の生徒がみたら『可愛い』などと口を揃えて言うだろう。
けれど俺は違う。"あざとい"という単語しか脳内に浮かばん。
「ざまあみろ」
やーい! やーい! さっき俺の夢の内容を投稿しようとした罰だ。やっぱり神様はどこかでお前の悪事を見てんだよ。
なんて自分に解釈のいい解釈をしてしまう。似たような悪事の片棒を担いでいる共犯者なのに。
「あーもうムカつく! 今日は解散よ!! 解散!! さっさと帰りなさい!!」
機嫌を悪くした牧之瀬は
俺に死ねとでもいうのか。
「おい。せめて、雨が弱まるまで待たせてくれ。それともこの豪雨の中帰れっていうのかよ」
「そーよー。もう今日はこのあとはダラける! やる気しないもん! 一人でくつろぎたいから帰ってっ!」
チラリと外に目を向けると、雲が全部雨に変わったんじゃないかと、疑う量の雨が降り注いでいた。
というか前が見えねぇ。
こんな雨の中帰るのはごめん被りたい。なにかこの場所の滞在時間を延ばせる交渉材料になるものでもあれば――ってあるじゃねーか。
こいつが食いつく、とっておきのエサが。それも言葉通りのものが。
「じゃあ今日夕飯作ってやろうと思ったけど無しだな。お疲れしたっ!」
俺がさきほど怒りをぶつけた可哀そうなカバンを拾い、帰り支度を始めた途端、牧之瀬は急に強気な態度を一変させた。
「ええ!? いやよー! ご飯作ってから帰りなさいよ!! 味はそこそこだけど、食費が浮く料理を!!」
「お前そんなこと考えながら俺の作った飯食ってたのかよっ!!」
「少しは……」
言葉は弱気なくせにない胸を張って、ないものを象徴するな。これは脳内血管が数本はぶち切れるものの暴言だ。 夢の件まだしもこれだけは引けない。
俺は大雨も気にせず、荷物をもって扉へと歩き出す。アマチュアとはいえ俺も料理人としてのプライドがある。
例え豪雨の中を帰えなければならなくとも、このプライドは捨てられない。
その思いを胸に抱き、玄関へと歩みだそうとしたとき、足枷がついたように両足が重くなった。
足下を見ると牧之瀬が俺の足にしがみついていた。
振りほどこうと足を左右に揺らすが離れない。
くっつき虫かこいつは。
「言い過ぎたって反省してるから。お願いだからご飯を作ってから帰って!! 今月ピンチなの!!」
視線を下げるとこいつがすぐにも泣き出しそうな上目遣いでこちらを見つめている。
こいつの本性を知らないやつが見たらなんでも言うことを聞いてしまうだろう。体型は幼いが、ルックスは美少女の部類に分類される美貌の持ち主だからな。
だが、俺は違う。俺はこういう狙った仕草が嫌いだ。
特にこいつ相手だと怒りの感情が沸くことさえある。それにこいつは金持ちなので、今月ピンチというのは嘘に等しい。
ついでにこの泣き顔も本気ではない。短い付き合いでもわかる。
「今のポーズで俺の選択すべき行動が決まった」
俺の言葉を聞いて外の天候とは真逆の日本晴のようになっているところ悪いが、お前が望む回答とは全く反対だということがわかってるのか?
「いやー。やっぱ持つべきものは友達だね。話せば――」
「よし。今月の友達料の利子として冷蔵庫にあるもの適当にもって帰るわ」
「友達なのに!?」
「タダなんてものはこの世にないんだよ」
俺は牧之瀬が油断した隙にダッシュで逃げる。友達料の回収は明日に先送りして今日は帰ろう。とりあえずこいつの家の傘を奪って。
「わ、うお!!」
振りほどいたかと思ったら、いつのまにかこいつタックルをかましてきやがった。
強烈なタックルにより、地面に顔をぶつけそうになるもなんとか踏みとどまる。
誰に習った? もとい誰の指示だ? と問いただしたいほど技術、タイミング共に絶妙だった。油断と驚きのせいか思わず声もでてしまった。
「友達が困ってるのに見捨てるの!? 止まりなさいっ!!」
「断りもなく人体実験ようなことをしてたやつが、いきなり友達ヅラするな!!」
こいつ都合のいいときに都合のいい解釈をしやがって。
俺の母親を助けてくれた大きな恩があるとはいえ、誰のせいでこうなったんだと思ってんだ。
まぁ俺が軽はずみな約束をしたせいもあるのだが、それとは話が別だ。
とにかく俺はなにがなんでも帰る絶対に帰る。
「とにかく俺はもう止まんねーからよ……俺を愛する女二人も帰りを待ってるからよ……」
「止まれ!! ってかそれあんたのお母さんと妹でしょ!」
俺の説得も空しく足は中々進まない。傘立てに届けばなんとかなりそうな気もするがあとちょっと届かない。
クソッ! 背も胸も小さいくせになんでこんな力あるんだよ。
運動部の男子でもこんだけの力があるやつなんざーー
"ピーッ!!!!!!!"
「ぶっ!!」
「なにこの警報!? ええぇっ!? 地震? 雷? 火事? おやじ?」
サブいボケかわからない発言やめろとツッコミたいところだが、事態が事態だけにここはスルーするのがベターだ。そもそも俺は牧之瀬が急に手を放したせいでバランスを崩し、車に轢かれたカエルのような無様な姿で廊下に倒れているのでそれどころではない。
まぁあの変な警報音が鳴ったのなら仕方がない。というよりも聞いたことがない音だ。
まさかと思うが、危険を報せる警報音か? なんて一瞬考えてしまうが、どうやら違うようだ。
「避難しなくていいのか?」
「危険なアラームじゃないってことは覚えてるんだけど……」
牧之瀬は顎に手を当て考えんでいる。
とにかくうるせーから早く止めろ。
「お前の家だろうが。もしかしてあれか? 例の研究仲間からの緊急連絡とかじゃないのか? スマフォじゃなくてパソコンから流れてるみたいだし」
「あっ! そうかもっ!!」
牧之瀬は俺を引き留めるのを忘れて、リビングに戻っていく。俺も流されて、なんとなく着いていく。逃げる最大のチャンスだが、好奇心というか危機感が働いたのかわからんが、どうも気になる。
牧之瀬はパソコンに辿り着くと、神がかったスピードでタイピングし始めた。
そして、原因がわかったように両手を挙げてこう宣言した。
「違った!」
「違うのかよ!!」
ほんとビビったぜ。マジで。ふざけてる暇もなかったくらいに。
次からは変なアラーム音は絶対やめさせよう。しかも、緊急連絡じゃねーのかよ。なんか実験に関する進展があったのかと期待したんだが。
「これは今現在夢を見ているやつが発見されたという報せよ。昼間にはアラームがなるように設定してるんだけど、やっぱり寝るのってみんな夜じゃない? だから忘れてたの」
「そんな機能があったのか……」
初耳だ。夢は録画って聞いてたからな。
「私も昼の夢を視た回数は少ないの。だから面白い映像が見られるかもしれないし、新しい発見があるかも」
「マジか!?」
「マジ。けーどーもう帰るんでしょ? 郷田くーんーはツイてないなー。もう帰るんでしょー?」
真珠のような白い歯を見せて低い視線の癖に、人を見下すような目でこちら見ながらわざとらしい棒読みでこちらに告げてきた。
「なっ……」
こいつ都合のいいように話を進めやがって。
「いやでも、俺ら友達だろ?」
「でも、友達料ってお高いんでしょー?」
ワザとらしい困り顔やめろ。イラつくんだよ。どうせ困ってないだろう。
自分が言い出したこととは言え、納得いかない。けど、面白そうなことが目の前にあるなら俺のプライドなんて埃のように軽く、吐息を吹くだけで飛んでいくもんだ。
料理人としてのプライドはどうしたのかって? んなもんはなっからない。軽々しく料理人のプライドなどと偉そうな口はきくのは料理で金を稼いで人に対して失礼である。
「そんなことはございません。牧之瀬天恵さん。もし、拝見させてもらえば友達料はいりませんし、この腕がそこそこのシェフが絶品の料理をおつけすることを約束しましょう」
俺は高級レストランのウェイトレスのように仕草で案を提示する。
「本当?」
「はい。そもそも友達からお金を取るなどとんでもない。さきほどはジョークですよ。ジョーク」
「そうよね!! なら問題ないわ。見せてあげるからちょっと待ってなさい。あと雨が止むくらいならここにいてもいいわよ」
「交渉成立ですね」
俺らは交渉成立の握手を交わす。
牧之瀬はしてやったりみたいな顔を浮かべてるが、けして、さっきの件を忘れた訳ではない。
なので、夕食は思いっきり手を抜くつもりだ。
なあに心配ない。卵焼きとみそ汁でも作っときゃいいだろう。どうせこいつは腹が膨れれば、泥でもかまわん舌と胃袋の持ち主なんだからな。
文句を垂れる可能性もあるだろうが、かまいやしない。
「とにかくとっと見せろ親友」
「わかってるよ相棒」
ハイテンションのせいかよくわからない呼び方で呼び合いながら、俺らは人の一番見られたくないであろうプライベートな領域に土足で踏み込む。
クズやカスだと言われても面白いものが見られるならそう言われても俺は一向に構わない。それにどうせバレるはずはない。そうこれは後で語るつもりだが、人体実験という多大なリスクを負って、得た対価でもあるのだから。だからそれを見る権利が俺にはある。
ーー多分。
「なにしてんの? 始まるわよ!! 私もリアルタイムで夜以外の時間帯で見るのは久々だから余裕がないの」
自信のない自問をしている間に牧之瀬は準備を終わらせていたらしい。
こういうと時こいつの手際は無駄にいい。
しかし、急かした割には映像はまだ映し出されない。
ソファーに座った者の画面にはなにも映らない。
もしかしたら、この豪雨の影響なのかもしれないと牧之瀬は独り言のように呟いた。
そのあとはお互い口を開かず、沈黙が続く。耐えきれなくなった俺は口を開いた。
「なぁ次いつお前のお袋のお見舞いに行くつもりだ」
「再来週の週末あたり行くつもりよ」
「そうか」
まだ映像が映し出されない。再び沈黙の時間が訪れる。
中々映らない液晶。それにより続く静寂に牧之瀬も耐えきれなくなったのか、はたまた単に聞きたかったのか、牧之瀬はあることを訊いてきた。
「あんたのお母さんはあれから元気?」
「あぁ元気だよ。ある天才のおかげでね」
牧之瀬は「そう」と俯きながら、一瞬目を閉じて、口元を緩めわずかに微笑んだ。
そして、なにかを言おうと口を開きかけたと同時に、画面が光り映像が映し出され、口を噤んだ。
話そうとした内容は気になるけど、あとにしよう。
今はこの映像に集中だ。もしかしたら、こいつの母親を助ける手掛かりが見つかるかもしれない。
久々だったので、牧之瀬はとても楽しんでいるように見えた。俺は初めてだからもっと楽しみだったと思う。
――この時までは。
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