第2話


――人命救助活動開始三十分程前―-


 「俺は魔王と向かい合うと一気に距離を詰めた。田舎の辺境でのんびり暮らす予定だったのだが、実は異世界転生した勇者だったため、周りの人々に説得されて止むなくその要請を受け、魔王と戦う旅へと出た。だがそれももう七人の美女の力を借りて終わる……くらえ!! ジャスティンウィンドブレイカー!!」


 「お、おまっ、おいやめろ!!!」


 俺の謎の直感は見事に的中した。

 嫌な予感がし、ワケあって高校入学とほぼ同時に入り浸るようになったクラスメイトである牧之瀬天恵まきのせめぐみのマンションに急いできて正解だった。

 カバンを半ば叩きつけるように床に置き、悪事を阻止すべく元凶の元へ急ぐ。

 本来ならそこそこ広いマンションの一室なのだが、所々物が多いせいで狭い部屋だと錯覚させる。その室内を躓きそうになりながらも、全速力で駆け抜けた結果なんとか俺の夢の流出阻止に成功。  

 間一髪という言葉を俺は今この瞬間に、身をもって俺は体験している。


 「ふざけんな!!! やめろバカッ!!! なに叫びながらパソコンに打ち込んでいやがるんだ!! おまえ絶対投稿ボタン押すなよ!! フリじゃないからな!!!」


 あやうく俺の脳内妄想もとい、黒歴史ブラックヒストリーがネットの大海に流れる寸前だった。

 元凶の元である牧之瀬の両腕を掴み、キーボードから引っぺがす。こいつは俺の夢の映像を流しながら、小説サイトに投稿しようとしてやがった。


「推敲なんかも重ねてあともう少しだったのに……いいや映像データは残ってるし」


「早く帰ってきたからってなにしようとしてんだよ! こっちは色々磯が買ったのによ」


「どうせ色んな人と談笑してただけでしょ・・・・・・くっくだらない……」


通っている学校から近い場所にあるマンションなので、俺は制服なのに対してこいつは私服だ。

 熱いせいか肩を大きく露出させてた私服を着用しているが、体形が高校生に見えないくらい小柄なので、あまり色気を感じない。だから、俺が身体を触れても全く嬉しくもない。そもそもくだらないなら悔しそうにするなよ。ぼっちが

 というかそんなことを考えている余裕はない。あいつから文章データを削除せねばならないからだ。


 「遅かったなブルーチョフ・カーノヒルデシュタイン閣下よ。世界を救うのに大分手間取っていたのかな?」


 「ああああああああーーーー!!!! やめろ!!! やめてくれ!!!」


 座っていたノートパソコンが置かれたデスクから転げ落ち、短いとも長いとも言難い、中途半端な髪と揺れるくらいの長いまつ毛を揺らしながら、腹を抱えながら爆笑していた。

 普段は学校では大人しいこいつの姿を見たら、クラスメイトはどんな反応を示すだろうか。

 普段は整った顔がぐちゃぐちゃになるくらい顔面が作画崩壊していた。


 「うひゃひゃひゃひゃ!! やばい!!! 笑い死ぬ!!! 何人だよ!? イタリアなの? ロシアなの? スペインなの? ドイツなの? 本名が郷田源太郎ごうだげんたろうってクッソ日本人なのにこの名前はツボに入りまくりでやばいッ!」


 流石天才少女。

 俺の心の急所を的確にえぐり多大なダメージを負い頭を抱え悶え苦しんでいる。

 しかしあいつも頭をガンガンぶつける音がするから、物理的にダメージは相当なもののはずだ。

 けど、気が晴れるわけではない。

 俺は怒鳴ろうと足音を殺しコッソリと近づくとーー


「ごめん。調子に乗り過ぎた。だから許して」


 数歩歩いたところで謝罪を申し出てきた。

 顔を伏せているのでわからないが、声色はどうやら本気のようだ。


「本気か?」 


 身体を起こして、首を縦に振っている。


 後ろ姿なので未だ表情は伺えないものの、しっかり反省していると背中で語っていた。


「わかったよ……たださっきみたいに人の……ん?」


 己の罪を認識させるために一言言えばいいかと、肩に手を置き注意を促そうとした瞬間。

 違った。

 こいつ反省してねえ。

 先述したとおりこいつは肩が露出しているため手のひらに生暖かい感触が伝わる。その肩が、いや、身体全体がスプーンで突いた直後のゼリーのように小刻みにプルプル震えているからだ。

 こいつ俺の顔を見ると反射的に笑うから、目を背けているだけだ。現に今も笑えをこらえるのに必死といった様子が背中と手のひらから伝わって来た。

 すかさず、正面に回り込むと今にも爆発しそうな笑いを懸命に堪えていた。

 俺は胸ぐらを掴んで持ち上げ、牧之瀬に説教しようとするが、先に牧之瀬が口を開いた。

 

 「いや、もう大丈夫だから!! ちょっと手を放して!! そんな胸ぐらを掴んで高く持ち上げないで!! 服が伸びる!! 伸びる!! お願いちょっと!! って今度は首持たないで息ができブホォ!! ちょっとまた服伸びーるっ! 伸びーるっ!! ストップってか酸素が脳にいかないとあたしの天才的な頭脳がアホになるから!! やめてっ! 服もダメだけど!」

 

さっき頭を壁にガンガンぶつけて奴とは思えない長セリフだな。けど、こいつが天才なのは嘘じゃないところがムカつく。それを自分で言い切るのがさらにムカつく。事実だから仕方ないけど。

 証拠もある"夢を覗くという大発明"をした。証拠もあるし証人もいる。

――といっても俺なんだけどな。誰にも話しておらず、PC等の電子機器にさえ、記録されていないのに、さっき牧之瀬が俺の黒歴史を知っていたのがその証拠だ。

 あーもうまた思い出したくもないことを思い出した。

 もうなんか色々疲れたので、俺はゆっくりと牧之瀬の伸びた服を手から離し、床に置いた。

 文章データはきっちり削除させたし、復元したらマジで色んなPCを叩き壊してくと通達しておいた。


「二度とやるなよ。今日はこれくらいで勘弁してやる」


「棄て台詞を吐いて逃げる小悪党みた……」


 俺が睨みを効かせると彼女の口は工場で見るプレス機械のように高速で閉まった。牧之瀬が完全に黙ったところで本題へと切り出す。


「で、また夢の録画に成功したのは本当か?」


「本当。本当だからさ。機嫌直してよぉ~」


 牧之瀬は媚びた声を出しながら俺から距離を置き、もう一台のデスクトップ型パソコンに向かいソフトを起動させた。もう何回もみたヘンテコな顔をしたマークのソフトロゴはもちろん非売品であり、他人の夢を視るソフト(?)を起動したことを報せるものでもあった。

 さーてと、やっと当初の目的が果たせる。

 人の夢を視るという目的が。

 誰だって人に自分の心を知られるのは誰だって嫌だろう。俺もそうだ。

 けれど、見るとなると話は別だ。牧之瀬の説明では厳密には異なるようだが、人の夢を視るってのはようは心を覗くことである。こういった面白いもの発想は人間誰しもは一度は考える空想である。

 あー最低だって罵ってくれて構わない。俺らはある目的があってこういったことをやっている。(といって犯罪だとは否定できないが)

 俺達は犯罪のようなことを犯しているが、犯罪は法廷で裁かれて犯罪になる。つまりバレなければ問題ないのだ。さらに逃げ道を用意しておくと、現在人の心を覗いてはいけないという法律がないので、罪に問われない。

 せいぜいプライバシーの侵害という罪でしか立件できないので、大した問題ではない(最終手段として牧之瀬に罪を着せるという方法も思案中)。

 それにただただ悲観的に考えるのもどうかと思う。人の心を見ることができるということは、もしかすると拷問など非人道的なことが無くなり、犯罪の予防を防げるかもしれない等、人類にとって大きな利益をもたらすかもしれない。他にも数えきれないほど有効な使い道があるはずだ。

 この研究も度々脱線はするものの、ある人物を助けるために行っているし、少ないながらも実際に人を助けたこともある。

 だから俺達二人はこの実験(被験者に無許可)に青春を捧げようと誓ったのだ。

 そして今日も牧之瀬が人の夢の録画に成功したらしい。


 「許してくれる?」


 黙りこくっている俺の態度に不安になったのか、念を押すように確認する牧之瀬。


 「考えてやるから。とりあえず映像映せよ」


 「かしこまりました閣下」


 ぶん殴る俺の動きを察してクッションを素早く構える牧之瀬。もう本当に疲れたからやめろ。さっさとしろ。

 言葉に出すのもしんどいので指を画面に向けて、ゴーサインの合図を出す。

 俺の意図を理解したのか。彼女は本格的に準備を開始した。

 映像が流れるのには少々時間がかかる場合がある。彼女は素早く買いだめしたポップコーンとコーラを近くに置き、俺はコップ二つ用意しに氷を入れる。

 今日はどんなおもS――違った。研究に関する映像が視れるのか非常に楽し……じゃなく実に興味深い。

 用意を整えた俺たちは映像が流されるのをソファーの上で待った。

 まるで映画鑑賞のように。

 しかし、実際にやることはある種の実験である。ふざけていたが、特に牧之瀬天恵にとっては大切な人を救うためのものだという意味合いが大きい。

 そして、俺個人としては恩返しのためでもあり、約束を守るためでもある。そう自分の良心を言い聞かせて、俺は彼女との約束と恩を返すために一緒に人の夢の映像を視始めた。

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