第33話 白いポピーに包まれて2

 凛太朗の住む部屋は、そのフロアの突き当り、つまりは角部屋になっていた。昴は、インターホンを押したが、天音は隠れることはなかった。




 「開け……どうして、天音さんが。」 




 インターホンの液晶で2人の姿が映ったことに戸惑ったのか、彼は、それ以上言葉を発することなく、通信は切られる。その代わりにドアのロックが解除される音が鳴る。昴は、取っ手を握り、ドアを開ける。広く黒を基調としたシンプルな玄関で、靴は棚に片付けられているようで、足元には何も置かれていなかった。昴の後を追い、リビングに入ると、カウンターキッチンに立つ凛太朗が目に入る。




 「お邪魔します。いきなりごめんね。」




 そう私が言うと、凛太朗は、作り笑いを浮かべる。




 「つまらない場所だけど。」




 凛太朗の反応は、再開したあの日とまるで違った。素っ気なく、どこか何か言いたげな、困った表情を浮かべていた。




 「本当だよな。何もねぇ。届いた荷物ここ置いとくからな。」




 昴はそう言いながら、リビングの端に先程コンシェルジュから受け取った荷物を置き、私にもここに置くように促す。すっきりとした部屋に今しがた重ねられた段ボールは、違和感をもたらした。部屋全体を見渡すと、昴と2人で運んだ段ボール以外にもう1つ存在感があるものを見つけた。




 「凛ちゃん、この花。キレイだね。」




 すっきりとしたカウンターの上には、白い花が花瓶に生けられていた。




 「あぁ、白いポピー。もらったんだ。縁起が悪いから店には置けないからって。」




 凛太朗は、3人分のカップに珈琲を入れ、カウンターに並べる。




 「へぇ。縁起が悪いって、どういうこと?よく花壇に植えられてるよね。」




 「迷信好きなんだよ、送り主は。縁起は悪いのに、僕に送るのはどうなのかと言ったけど、僕には適切らしいよ。天音さん、そこ座って。」




 凛太朗に言われ、カウンターチェアに腰掛ける。




 「誰だよ。お前にその花送ったやつ。」




 昴は、カウンターに置かれたカップを1つ手に取り、リビングのテーブルまで移動し、笑いながら凛太朗に問いかける。




 「……ウイ。」




 「あぁ。ウイか。」




 「ウイ?」




 2人には共通の女性らしき名前が出てきて少し驚く。当たり前なのだが、凛太朗に花を贈ることを考えると、深い関係なのかもしれない。疑問を口にする私に昴は、説明する。




 「ウイは、仕事仲間……いや、取引相手か。仕事上の関係者だよ。花も、贈答品の一部だろ。」




 「そうなんだ。縁起の悪い花って聞いたから、贈答品とは思えなかったけどね。」




 そう言って笑うと、次は凛太朗が言う。




 「あいつは、そういうものを送ってくる奴なんだよ。」




 「……私、凜ちゃんが、ちゃんといろいろな人と付き合いしてて、安心した。ほら、学生の頃しか知らないし、 ね。」




 「あの頃も今も、人付き合いは面倒だと思ってるよ。天音さんたちが持ってきた段ボール、正直、何でここまで持って来たんだと思ったくらいには。」




 「人からプレゼントもらえるなんて、有難いよ。」




 「そう思えるのは、天音さんみたいに綺麗な人間だけだよ。」




 「そうなのかな。……ねぇ、凜ちゃん、私、これからはずっと凜ちゃんの隣に居れるかな?」




 「天音さん、昴に聞いただろうけど、僕の近くにいると、危ないと思うんだ。あの頃よりもずっと。」


 凛太朗は、静かに言う。




 「私、考えたんだけどね。こうなったのも、全て私の心が強くなかったからだと思うの。だってそうでしょう。いつだって凛ちゃんや昴に頼って。だから、お嬢様なんて呼ばれたりするの。……これからは、そうならないように私が誰とどうしたいか決めたい。」




 「……僕は、咎人だよ。昔も、今も。そんな汚れた存在が、天音さんと一緒にいて良いわけがないだろう。」




 凛太朗は、か細い声でそう言う。




 「……すべて私のためでしょ。同罪、だと私は思うよ。」

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