第32話 白いポピーに包まれて

 凛太朗の元へと行く車内は、終始無言だった。昴は、私をあれ以上引き止めることはなかった。きっと、私の決意が届いたからであろう。高校生の頃からずっと後悔していた。もっと私が強くあれば、日本にも残れたはずだ。私が、誰かに頼ってばかりで、うじうじしていたからこんな未来を招いたのだ。


 昴の車は、あるマンションの地下駐車場に入り、停止する。




 「ここ?」




 そう私が問いかけると、昴は、「あぁ。」と言う。


 到着したのはS区でも立地が良い場所に建っている高層マンションだった。ここに凛太朗が住んでいると思うと、 驚きを隠せなかった。




 「すごい場所だね。」




 「まぁな。俺は、ここに来るのも慣れたけど。凛太朗には、お前が来ることは言ってない。だから、インターホン鳴らすときはちょっと離れとけよ。」




 「うん。」




 昴の言葉を聞き、凛太朗は、私を避けているのだと感じた。こうでもしないと会ってもらえないのかと思うと、心に影が差す。


 地下駐車場からエントランスへ行くまでのエレベーターを使用するために、昴は、インターホンを使用し、凛太朗に連絡する。




 「今から解除する。あと、コンシェルジュから荷物預かってきて。」




 そう淡々と昴に告げる声を聞くと、まるで凛太朗じゃないように聞こえた。今までの彼も決して明るかったわけではなかったが、ここまで冷たさを感じる声でもなかった。




 「了解。」




 そう言い、通話が切れたことを確認すると昴は、私を手招きする。




 「ここのエレベーターで上がると、エントランスに到着する。地下からは上層階には、行けねぇようになってる。エントランスにコンシェルジュがいるからめんどくせぇけど、受付する。んで、凛太朗の住む階までマスターキーでエレベーター操作してもらう。他の階に行けねぇようにな。」




 「すごいね。マンション内に入ってもそこまでしないとダメなんだ。」




 「昔住んでたマンションと比べもんになんねぇよな。」




 エントランスに到着すると、コンシェルジュに凛太朗の家に行きたいことを伝え、書類にサインする。




 「凛太朗……ここの住民に荷物頼まれてんだけど。」




 「はい。庵原様から伺っております。少々お待ちください。」




 コンシェルジュは、奥の控室らしき場所に入ると、すぐにいくつかの荷物を抱え戻り、それらをカウンターの上に置く。




 「こちらです。受け取りのサインをお願いします。」




  昴は手慣れた様子で荷物1つ1つに付いた受渡証にサインをしていく。




 「これって食べ物だな。捨てるか。」 




 「そんなこと勝手にしたらダメ。」




 「いつものことなんだよ。まぁ、今日は天音もいるし、持って行くか。」




 コンシェルジュが部屋までの同行を申し出るが、天音は丁重に断り、荷物を手分けして持ち、エレベーターに乗り込む。エレベーターで上層階に上がっていくと、耳が少し痛くなる。




 「昴、緊張するね。凜ちゃん、私が来たって知ったら、怒るかな。」




 「怒りは……しねぇと思う。」




 昴は、自信なさげに言う。エレベーターを降りると、いよいよだなという気持ちになる。軽かった足取りが嘘のように鈍くなり始めた。

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