第14話 過去への誘い1 sideS

 昴は、和食店の前で凛太朗と天音と別れた後、自身の管理するクラブへと訪れていた。


 店内の席は、ほとんどが半個室になっているため、わずかに男女の話し声や笑い声が聞こえ、明るい雰囲気であるのに対し、昴は、どこか暗い気持ちを抱えているのだった。


 店内を1周し、トラブルがないのを確認し、バックヤードに戻ろうとすると、声を掛けられる。




 「スバル君、今日は飲んでいってくれないの?」




 猫撫で声のような甘い雰囲気の声に振り向くと、話しかけてきたのは、この店でナンバーのホステスのレイだということがわかった。




 「ああ、今日は忙しい。」




 この後、大した予定もないが、咄嗟にそんな言葉が出る。断るとわざとらしくため息を付き、頬を膨らませる。




 「えぇ……今日は凛太朗さんも来てないし。つまんない。会いたかったなぁ。」




 「凛太朗は、そもそも俺と一緒にいることが少ねぇんだよ。いつもたまたま来てるだけだ。指名来てないのか。」


 そう昴が言うと、レイの返答を遮る人物がいた。




 「来てるわよね。」




 そう言いながら、バックヤードから出てきたのは、この店を取り仕切る存在であるウイだった。高身長のすらりとした体型で、切れ長の目。中性的な顔立ちが美しい女性だった。




 「は、はい。すぐに戻ります。」




 そう言いながらも、昴にウインクすることを忘れないあたりが彼女の性格だった。身をひるがえし、速足に指名が来ている席へと行く。




 「たまにサボるのよ。ま、悪いことをする子じゃないけど。じゃあね。」




 ウイが昴の横を通り過ぎようとする。




 「ウイ……あいつがスイスから帰って来てた。」




 静かな声で言う凛太朗に、ウイは、はっとした表情になる。




 「……そう。私は、彼女に、」




 凛太朗からはウイがどんな表情をしているか見えなかったが、声色がいつもよりも細かった。ウイが言葉を続けようとした時、突然現れた人物により遮られる。




 「おい、昴。次は、ウイに手を出してんのか。」




 そう言ったのは、先刻まで一緒にブティックにいた一人、巽だった。




 「誰と比べてんだよ。」




 「今日、お前、凛太朗と女のこと追いかけて行っただろ。何か弱みでも握られてんのか。」


 ケラケラと笑う巽にウイは、うんざりした視線を向ける。




 「下品な声が響くんだけど。お客様もいるんだから、もう少し考えてくれる?」




 「お前、気がきついよな。排除の対象には容赦ないっていうか。そういうところが好きだけどな。んで、昴、あの女どうなったんだ?」




 「別に、久しぶりに会ったからちょっと話してただけだ。」




 「ふぅん。んで、凛太朗に譲ってやったわけか。」




 「……こんなところで立ち話するなら、私に金落とすか、外でやりなさいよ。バカらしい。」


 そう言い放ち、ウイは、去っていく。




 「今日、あいつ機嫌悪いな。」




 「言っておくけど、ウイがああなったのは、お前のせいだからな。」




 昴は呆れたと言うように、バックヤードから裏口に出る。その後を巽が付いてくる。




 「迎えに来てやったんだからもう少し手厚くしろよなぁ。」




 「それはウイに関係ねぇだろ。しかも、俺は、乃木に頼んだんだ。お前には言ってない。」




 「つまんねぇ奴らだな。お前も凛太朗も。もっと軽く行こうぜ。」




 退屈だなぁ、とぼやきながら、乃木が開ける後部座席に巽が乗り込む。昴は、巽の横には乗る気分にはなれなかったので、助手席に乗り込む。




 「事務所に行かれますか。」




 そう言う乃木に巽は、スマートフォンの画面を見ながら、「当り前だろ。」と言う。どうやら彼には仕事がまだ残っているようだった。




 「今日、俺のクラブにいた奴が金持ってバックレようとうとしてたらしくってさぁ。ま、ありがちなことだけど、金とっちゃいけねぇよな。」




 「ふぅん。お前が管理できてねぇんじゃねぇのか。」




 「ま、そうだろな、俺は適当だから。だが、だからと言って許しはしてねぇよ、ちょっとボコった。んで、ペナルティを課した。」




 巽の考えることだ、ろくなペナルティではないだろうとこの場にいた二人は思った。




 「風俗に入れれるくらいの女を準備する、もしくは、それなりのモノを売って来いと。次逃げたら命はないと思わせてる。今回は軽いだろ。」




 後者の命令が入っている時点で、危ない橋を渡っている、否、巽と関わっている時点で、もうその領域に足を踏み入れているのだからどうしても逃げようがないのが事実だ。




 「処分は各自に任されてるからな、好きにすりゃいいんじゃねぇの。」




 「なら、昴、お前ならペナルティどうする。」




 昴は、少し考える。今まで昴の場合は大体、暴力で解決していた。回りくどいことが嫌いだった。




 「……時と場合によるけど、殺す。」




 「それ、お前の方が、イカれてるからな。」




 どちらがイカれているかなど優劣はなかった。言うならどちらもだった。同じ仕事をしている限り、同罪なのだ。


 事務所の前に乃木が車を付けると、日付は深夜1時になろうとしていた。巽が自分で扉を開け、車を降りる。ドアを閉める直前になり思い出したかのように話し始める。




 「あ、そういや近々、会合があるらしいぜ。また連絡あるかもな。」




 バンと音を立て、ドアが閉まる音が響く。静かになった車内で乃木が話始める。




 「どうしますか。自宅の方に。それとも、もう一度店に。」




 「店……いや、自宅でいい。」




 もう一度、ウイに会って話すべきかとも考えたが、一番重要な事実は伝えたのだ。気になるなら、彼女からきっと何か言ってくるはずだ。否、昴は確信していた。天音の帰国がウイ、凛太朗に大きな影響を与えることを。もちろん、昴自身も例外ではなかった。胸でスマートフォンが震える。連絡がいくつか来ていることに気づく。その1つに天音の名前もあった。




 『今日は、ありがとう。また、あの時みたいに話を聞いてほしいよ。』




 あぁ、変わっていないな、昴はそう思う。何か行動を起こさなければ、何一つとして変わらない。行動した結果が、この長い空白の年月を作ることになってしまったが、再び神がチャンスをくれたのだ、次は失敗しないように、そう願いを込め、天音に返信した。

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