第15話  過去への誘い2

 私が、昴と会うことになったのは、再開から2日後の日曜日だった。


 あの日の夜、昴から次はいつ会えるのか聞かれた。昴は、凛太朗に天音を任せ、自身は仕事があり、ゆっくり話せなかったのが気にかかっていたようだ。土曜も日曜も予定はなかったが、昴の都合がよかったのは、日曜日だった。


 昴が指定した待ち合わせ場所である私の家の最寄り駅まで行くと、まだ彼の姿はなかった。彼に念のため、どこで待っているか連絡を入れる。彼に現地集合で良いと言っても、家まで迎えに行くと言って聞かなかったが、「最寄り駅じゃないと行かない。」と言い、合意させるのは、至難の業だった。約束をした時間まであと10分あったが、ホームで電車の出入りがあったので、そろそろ彼が改札から出て、この中央改札前の階段を降りてくるのではないかと、改札の方を向いて待っていると、後方から、「天音。」と呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、涼しい顔をした昴が立っていた。


 


 「どっちの改札から降りてきたの?全然、気付かなかった。」




 道に迷っていたのだろうか、一番わかりやすい中央改札前で待っていたため、彼を見逃すことはないだろうと思っていた。




 「いや、俺、車なんだけど。ま、乗れよ。」




 予想外に彼はそんなことを言う。彼が車で来る予定だったのなら、家まで行くと言った理由も合点がいった。彼が身振りで一時停車させている車に乗るよう促す。車は、グレーのアウトドア向きのスポーツタイプの車に乗っていた。




 「車で来るなら言ってよ。」




 そう少し膨れて言うと、彼は、「言わなかったっけ。」と本気で言っているようだった。




 「大事なこと言わないの、変わってないね。」




 「いや、それお前に言われたくねぇよ。」






 笑いながら、昴は慣れた手つきでシフトレバーを操作し、車を発進させる。彼の車の香りは、森林のような、落ち着く香りがしていた。ずっと前に身近にあった、すごく懐かしい香りだった。高校生の頃の記憶が自然とよみがえる。




 「ねぇ、昴、この車の香りって……」




 言いかけると、彼が言葉をかぶせる。




 「お前の影響だよ。覚えてるか。」




 もちろん、覚えていた。私が、彼の家に預けられしばらくしての頃、久しぶりに再会した小学生以来の友人とハーブ園に遊びに行った。その時に選んだ彼へのお土産が“白檀びゃくだん”のルームスプレーだった。どうして彼にこのお土産を渡したかと言うと、彼がいつも甘ったるい香りを身に纏まとい、常にイライラして、寝不足であろう印に目の下に隈を作っていることが多かったからだった。3つ年上の昴だったが、幼い頃から何度も会う機会があったため、私は、物怖じすることなく話しかけることが多かった。拒む彼に押し付けた白檀の香りは、心を静め、不安を解消する効果が謳われていた。そんなことで彼は変わるとは思わなかったが、昴が家にいない隙に部屋中にこの香りを充満させていると、しばらくすると彼の性格は、丸くなったように感じた。そんなこともあり、あながち効果は嘘ではなかったと思ったものだ。




 「昴、落ち着いたよね。」




 「そりゃ、あの頃と比べたらな……でも。」




 昴が何かを言いかけて口を噤つぐみ、自身の髪を少しいじった後、耳にかける。瞬時に、仕事のことを言っているんじゃないかと思う。夜の仕事をして、派手な身なりをしていれば、あの頃より内面的に落ち着いているようには見えても、世間からは、やはりそうは見えないはずだ。彼はそう言いたいのだろう。




 「気にしなくていいよ。自立しているんだし。社会人だしね。」




 「ああ、まぁ、そうだけど。……天音には、話したいことがたくさんある。」




 そう静かな声で言う昴は、やはり日本を発つ前よりもずっと大人に見えた。




 「うん、私も。……ところで、どこに向かってるの?」




 景色を見ていると、彼は、高速道路と書かれた看板の方向へ進んでいるところだった。




 「内緒。心配すんな、そんな遠くねぇよ。置き去りにもしねぇ。」




 「置き去りになんてしたら、私、今後、一生昴と口きかないし、末代まで恨むよ。」




 「お前、本当にしそうに見えて、実際は許す甘い奴なんだよ。」




 そう言い、ケラケラと笑う。そんな冗談を交えた会話が約1時間が過ぎた。昴とのドライブはあっという間だった。高速を降り、しばらくすると青い景色が広がった。




 「昴、あれって。」




 「海。冬だからあまり綺麗じゃないけどな。スイスって、海ないんだろ。」




 「うん。こんな海岸線を見ることなんてなかった。ちょっと感動してる。」




 「ちょっとだけかよ。もうすぐ着くから。」


 しばらくして、海岸前にある白い外観のレストランらしき建物に到着する。




 「ここで飯食おうぜ。」  




 人はそこそこいるようだったが、彼は予約してくれていたのか、入店するとすぐに奥の席に通された。海が良く見えるガラス張りのテラス席だった。




 「すごく景色がいいお店ね。昴、こんなお店によく来るんだ。」




 「よくも来ねぇよ。」




 「そうなの。よくファーストフード食べに行ったのが信じらんないね。」




 懐かしいな、昴も相槌を打つ。オススメだというシーフードのランチを2人で楽しんだ。

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