第12話 太陽に出会う8

 凛太朗が公園に到着すると、幼稚園児くらいの子どもが砂場で遊び、その母親たちは近くで立ち話をしていた。記憶の限りでは、母親にそうしてもらったことはなかった。それらを横目に、公園の奥にあるベンチまで向かう。キンセンカがこれでもかと咲き誇っている花壇の近くにある木陰で、公園の外からは見えない場所だった。先ほど喧嘩した相手も来ることはないだろう、そう思いながらベンチに腰掛け、ランドセルを膝に抱える。一般的な小学生とは違い、半年程前に買ってもらったばかりのランドセルは、決してピカピカとは言えないほど傷が付いていた。明日、担任に呼び出されることよりも、大切に使うように心がけていた買い与えられた物を傷つけてしまったことの方が、心が痛んだ。そんな時、1人の女の子とその弟らしき子が目の前を駆けて行った。


 


 「ブランコ空いてるから。どっちが高く上がるか勝負ね。」


 


 凛太朗の心とは正反対に明るい声が響き、更に憂鬱な気分になっていく。


 


 「待ってよ。」


 


 そう声をかける弟の方も楽しそうだった。2人は、ブランコに乗ると、地面を蹴り、あっと言う間に空を仰いでいた。


 数分経った頃、女の子の方がブランコから降りようとしているのか、地面に足を付け、スピードを落とし始める。凛太朗が視界に入れなくて済むと思った矢先、その女の子は、凛太朗の前まで来ると、しゃがみ込み、傷口をまじまじと見つめる。


 


 「大丈夫?」


 


 彼女は、先ほど怪我をした膝の傷口について言っているのだった。肘や頬も痛かったので、特に気にしてはいなかったが、見てみると結構流血していた。目に付くと、痛みが増した気がした。


 


 「天詠てんえい、ママのお道具箱持って来て。」


 


 遅れて後ろからパタパタと駆けてきた弟に対し、女の子はそう言い、家の鍵らしきものを手渡す。天詠と呼ばれた弟は、受け取り、こくりと頷くと、公園の出口へ向かう。


 


 「ねぇ、大丈夫?」


 


 凛太朗が反応を見せないからか、先ほどよりも大きな声で言われる。


 


 「うるさい。そんな大きな声で言わなくても聞こえてるよ。」


 


 いつも以上に人を突き放すような言い方になる。初対面の相手に失礼だ思う心の余裕は、今の凛太朗には持ち合わせていなかった。女の子をじっと見つめると、女の子もじっと凛太朗を見つめる。


 


 「膝、洗ったほうがいいよ。そこに水道あるから。血もいっぱい出てるし、ばい菌入ると、もっと大変だよ。」


 


 ねぇ水道で洗おう、と悟すように凛太朗に言う。凛太郎は、眉間に皺を寄せ、女の子を睨みつけていた。初めて出会った女の子が気安く話しかけてきたことに対し、警戒心を丸出しにしていた。


 


 「僕に、話しかけるな。」


 


 そう言ってもなお、女の子は話し続ける。


 


 「あ、顔からも血が出てる。ね、早く行こう。」


 


 凛太郎の言葉をまともに聞くことなく、女の子は、近くの水道まで凛太朗を連れて行こうと、凛太朗の手に触れる。


 


 「触るな。」


 


 そう言って手を振り払う。


 


 「……ワガママ。」


 


 天音に図星を突かれた凛太朗は、更に苛立つ。普段なら聞き流しそうな言葉も今はそうではなかった。


 


 「次触れてみろ、お前のことも殴るからな。」


 


 そう言いながら勢いよく立ち上がると、ランドセルが地面に落ちる。凛太朗は立ち上がると、女の子の方が若干、身長が高いことがわかった。凛太朗が女の子の目をしっかりと見つめると、目が潤んでいるように見え、力が抜け落ちる。


 むきになっている自分が子どもっぽく、馬鹿らしく感じた。凛太朗と目が合った女の子は、気まずそうにすぐ視線を逸らしながら、地面に落ちたランドセルを「重いね。」とか細い声で言いながら、拾いあげる。ランドセルについた砂を払いながら、肩ベルトに腕を通し、水道のある方まで歩いていく。凛太朗は、足取り重く、その後ろを歩く。


 水道の前まで来ると、凛太朗は自ら足を水道の蛇口下に投げ出し、ハンドルをひねる。傷口に流水が当たった瞬間、「うっ。」と凛太朗から声が漏れる。傷口は、範囲は思っていたよりも狭いものの、勢いよくぶつけたようで、少し肉がえぐれているようだった。幸い、血はほとんど止まっていた。

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