第9話 太陽に出会う5

 凛太朗が、日本で生活し始めて4か月が過ぎ、長い夏休みに入っていた。


 夏休みといえば、友達とプールや夏祭りに行ったりと楽しいことがたくさんある、と日本に来るまで日本で生活経験のあったベビーシッターに言われていたはずだが、凛太朗にとってはそうではなかった。友達いないこともないが、休みの日に遊ぶとなるのはまた別だ。休み時間に遊んだり、話したりする程度の仲だった。考えれば、アメリカにいた頃と大差なかった。家庭環境を理由に放課後や休日に友達と遊ぶことはなかったのは、凛太朗の性格や生活リズムに原因があったのだろう。話す程度の友達と終業式に「また登校日に。」なんて本当に行くかもわからない曖昧な1日を約束して、帰路についたのが少し懐かしい。凛太朗は、学校を休むことに関して全く抵抗のない少年だった。行っても行かなくても勉強は問題なくできるし、彼にとっては学校自体、学びの場ではなく社会見学の場くらいにしか思っていなかった。


 学校に行きたくない小学生がたくさんいる中、凛太朗のそういった自由さも反感を買う一つの理由だった。


 




 夏休みの過ごし方は、きっちりと決められていた。母親は、何もしないことが嫌いな人間だったからだった。学校へ行かないことを許すが、何もしないことは許さなかった。暇だから惰眠を貪るなんてもってのほかだ。凛太朗の5年生の夏休みは、味気ないが、充実したものだった。皆のスケジュールを無理やりにでも合わせ、家族で旅行もした。今まで離れていたからといって、欠陥のある家族ではない。凛太朗のクラスメイトや学校の教師たちの中には誤解している者も多いが、それは杞憂なのだ。


 そして、夏休みの間に1日だけある登校日は、凛太朗の気分転換で登校することにした。その登校日に限り、服装は自由で、ランドセルも不要だった。出来上がった宿題は早めに提出もして良いと夏休み前に配られたプリントに書いてあった。


 




 朝は、いつも通りの時間に起きると、朝食と身支度を済ませる。前日の夜から準備していたまるで大学生が持つかのような大きいバッグには、水筒や日記以外の宿題などを入れ、筒状にした画用紙が3分の1程度顔を覗かせていた。そのリュックを背負うと、凛太朗の背中はリュック埋もれてしまった。玄関に行くと、夏休みに入ってすぐに買ってもらったスニーカーをシューズラックの一番上から選び取る。靴を履き、ガレージに向かう。両親の車の横を通り、アメリカから持ってくることを渋られた外国製の派手な色のマウンテンバイクに跨またがる。ガレージから凛太朗が出たところで、出社しようとした父親と鉢合わせる。


 


 「お前、歩いて行くんじゃないのか。」


 


 驚いたように言う父親と対照的に、凛太朗は、落ち着いた様子だった。


 


 「うん。今日だけ、自由なんだ。」


 


 「それは……服装の話じゃないのか。」


 


 半ば呆れたような表情をする父親に、凛太朗はいつもの同級生を逆なでする言葉を選ぶ。


 


 「さぁ、そこまでは知らない。でも、ダメとは書いてなかった。」


 


 「また問題の種になるぞ。歩くのが嫌なら父さんが送って行ってやろう。」


 


 父親もこの物言いが、喧嘩の要因だと薄々気付いていた。


 


 「本当?じゃあ、帰りは迎えに来てくれる?今日は、午前中で終わるけど。」


 


 「そ、それは……」


 


 「じゃ、いいや。行ってきます。」


 


 「あぁ、気を付けて行ってらっしゃい。」


 


 凛太朗は、父親の扱いをある程度はわかっていた。朝は送って行ってくれたとしても、帰りは迎えに来ることはできない。凛太朗が問題を起こして、父親が学校に来たことは、かつて1度だけ。たまたま会議が終わり、会社に戻る、その途中だった。一瞬だけ学校に訪れ、担任から端的に事情を聴くと、速やかに会社に戻って行った。その時、凛太朗に合うこともせず、別室にいた凛太朗は、「お父さんが来てくれたんだけど、今、急いで会社に行かれましたよ。凛太朗君ももう帰って大丈夫です。」そう無責任に解放された。家まで送り届けてくれてもよかったのにな、なんて凛太朗は思ったものだ。

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