第8話 太陽に出会う4

 土井と衝突したことをきっかけに、クラスのそういった偏見を持つ児童たちと度々、小競り合いが起こるようになった。凛太朗は、最初の方は何事も我慢をして、被害者側ばかりだったが、ついに堪忍袋の緒が切れ、同じように相手を殴り怪我をさせた。


 アメリカにいた頃は、誰かと喧嘩をしても、すべては自分たちで解決していたし、後を引くことはなく、理不尽に吹っ掛けられるようなことは基本的になかった。しかし、日本ではそういったもめ事が起こるたびに両親のどちらかが必ず呼び出された。


 何度も呼び出された結果、両親も「またか。」と軽い気持ちになり、姉を小学校まで行かせることが多くなってきた。その度に教師は、「ご両親は……。」と困惑するのだったが、姉はそんな言葉を気にする様子もなく、「忙しいのでここに来ることはできません。」といつも通りはっきりとした口調で言うのだった。


 


 「どうして喧嘩ばかりするの?しかも、今回は、相手に怪我までさせて。あちらの親御さん、勝手に私が凛太朗の世話をしている苦労人だと思って、すごく謝られた上に、“その歳で大変ね。”なんて、哀れみの言葉までかけて。バカみたい。」


 


 初めて相手に手を出し、怪我をさせた日の帰り道、志緒理は、凛太朗がした喧嘩のことよりも、相手方の母親の対応に怒っているようだった。


 


 「喧嘩は、したくてしてるんじゃねぇよ。相手が仕掛けてくるんだ。でも、僕の言い方が、少し悪いのもわかる。相手を怒らせるような言い方をするから。……姉さん、本当に怒られなかった?」


 


 凛太朗の言葉を聞き、志緒理は、はぁ、とため息をつく。


 


 「本当に怒られたなら、たぶん私は凛太朗にもっと激昂する。残念ながら、相手が私に怒る理由はないの。事実は、どうかわからないけど、聞けば相手から仕掛けた喧嘩だし、手を出したことに関しては、お互い様だけど、あっちも私が迎えに来ている時点で、何も言えなかったのよ。仕方ないわ。私は、制服を着て、まだ学生だから。でもね、だからと言って、必要以上に謝ることはないし、私を哀れに思うこともないの。私は、別に来たくないわけじゃないから。ま、スーツでも着ていたら嫌味の一つでも言われていたかもしれないけどね。」


 


 「なら良かった。姉さん、僕が問題ばかり起こしてるから、うんざりしていると思った。」


 


 「うぅん。きっと母さんたちにとっては、悩みの種かと思うけど、私は、いい社会経験だと思ってる。もし、私たちの年齢がもっと近かったら、私が母さんに凛太朗のことを頼まれなかったし、午後の授業はサボれなかったから。その前提に、凛太朗がこんなに破天荒じゃなかったら、そもそも呼ばれることはなかったんだけどね。」


 


 そう言って笑う。姉はいつも以上に楽しそうだった。


 


 「そっか。でも、サボれてよかったね。」


 


 「えっ、そこ。私は、仕方がなく、結果、サボることになったんだからね。」


 


 「うん。わかってるよ。」


 


 太陽がまだ高い位置にある初夏の夕暮れ、並んで歩く姿は、何年もずっと離れていたとは思えない、仲が良い姉弟そのものだった。

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