第43話 公爵様は隠居するようだが

 ここはログセルガー公爵家の本邸……


「ち、父上、隠居するとは一体どういう事ですかっ!?」


 テルマー・ログセルガーは自分の父、つまり現ログセルガー公爵家当主のマイヤー・ログせルガーに詰め寄っていた。


「ん? 言った通りだぞ。私は隠居して、テルマーよ、お前がログセルガー公爵家当主になるのだ。私は隠居した序に少し旅にでも出ようと思ってるからな。今までは忙しくて旅に出たり出来なかったからな」


 嘘である。今までも見識を深める為になどと言っては近くの小国に旅に行き、密かに隠れ家的な別荘を購入してきたマイヤーは、そこに隠れるつもりのようだった。全ての隠れ家は王家の影によって知られているとは知らずに……


「それはズルいですぞっ! 父上。私にあの裏帳簿の後始末を押し付けようなんてっ!!」


 一方のテルマーも必死である。何せスパイス伯爵家から王家に提出された書類には、ある事、ある事が満載されていて、ない事は1つも書かれていなかったからだ。辛うじて断罪されていないのは、一応は公爵家であり、歴代の先祖たちは王家に良く尽してきたからだった。また、要らぬ混乱を避ける為でもあるようだ。しかし、詳細が明らかになってくるに従ってそれも時間の問題だとマイヤーやテルマーは考えているようだ。


 現在、ログセルガー公爵家には当主マイヤー、その妻であるハラスメー、次期当主テルマー、出戻り長女クラリス、3女のネイビーが居る。

 次男のザラスはド平民になり、3男ソールは11年前に失踪。4男ロドスはバリー伯爵家に婿養子に。2女セティナは別大陸の小国の貴族に嫁いでいた。

 つまり、トーヤに無関心だったのは今、公爵家にいる者達であった。もしも、3男のソールが公爵家に居たのならば、トーヤの味方になっていただろうと思われる。ソールは父や母、2人の兄、長女の考え方について行けずに失踪したのだから。

 2女のセティナもそうだ。トーヤが産まれてから、1歳になる前に、産まれた弟を居ないものとして扱うこの家族と縁を切りたくて、遠い国から留学してきていた小国の王族の従者であった現在の夫と恋仲になり、学園を卒業後に飛び出すように嫁いでいったのだ。出ていく前に1歳前のトーヤに、ゴメンねと言いに来たのをトーヤは覚えている。

 4男ロドスは良くも悪くもテルマーの腰巾着で、兄の言うとおりに、ログセルガー公爵家傘下のバリー伯爵家に婿養子に入り、色々と悪事を働いていた。


 そして、今回の件でロドスの事もまた明るみに出てきていたので、ロドスも兄であるテルマーに何とかしてくれと頼んでいた。


 さて、王家は何故ここまでログセルガー公爵家に対して何もしてこなかったのか? 実は影からはログセルガー公爵家が働いてきた大きな悪事も些細な悪事も全て把握していた。

 理由の1つとして、あくまでその悪事によって人が死ぬ事が無かった事も挙げられる。ログセルガー公爵家の狡猾なところでもあるが、弱い立場の者を常に生かさず殺さずの状態で金をずっと出させ続ける方法をとるのだ。それにより、弱い立場の者は諦めの境地で訴えでる事もなかった……


 それともう一つの理由があった。それは先の獣人けもびと族の王族がログセルガー公爵家に、使用人として居た事が関係している。

 現在の獣人けもびと族の王、猛虎獣人もうこけもびとのサーティから、くれぐれもラメルが傷つくような事はしないで欲しいと要請があったのだ。

 獣人けもびと族とは非常に良い関係を築いてきた王家は、何とか公爵家とラメル達を切り離そうと考えていたが、中々いい手を思いつかず、取り敢えずセバスやロッテンを送り込み、その悪事をある時は事前に防ぎ、防げなかった場合には犠牲者に手を回して保護をしたりと後手に回りながらも、転機が訪れるのをずっと待っていた。

 そして、トーヤが産まれその成長と共に転機が訪れたのだ。

 王家はトーヤが10歳になり、その才能を見せ始めた時に動いた。上手くラメル達をログセルガー公爵家から切り離す事に成功したし、スパイス伯爵家の令嬢ターメリからの数々の悪事の証拠も手に入れた。

 しかし、無用な混乱は避けなければならない。そこで、先ずはこの悪事の証拠を突きつけてログセルガー公爵家の爵位を落とすと決めたのだ。

 

 それを敏感に感じ取ったマイヤーは、子供たちだけでなく、妻すらも見捨てて旅に出ると言い出したのだ。そして、テルマーは後始末を押し付けられてなるものかと、父と口論しているのである。


「何でそんなに嫌がるのだ、テルマーよ。あんなに当主になりたがっていたではないか?」


「父上、今の苦境を知っていて全てを私に押し付けて逃げ出すつもりでしょう…… 私が何も知らないとお思いですか? 父上の隠し財産が既に白金貨500枚(50億円)ほどある事は調べがついてますよ」


「テルマー、貴様、いつの間に!?」


 息子に知られていたとは考えても無かったマイヤーは驚きの顔を見せた。


「フフフ、父上、私とてバカではありませんからね。序に言うとその隠し財産は全て私がおさえておりますので……」


 息子の言葉にマイヤーは愕然とした。


「クッ、まさかテルマーよ、この父を裏切るつもりか?」


 裏切るも何も、同じ穴の狢である2人は互いに自分だけは助かろうと画策しているだけである。


「フフフ、父上。旅には私が出ますよ。見聞を広める為にね。私自身の隠し財産と、父上の隠し財産を足せば取り敢えず何処か小国の貴族位ぐらいは買えそうなので。私は父上と一緒に落ちぶれるのは御免被りますよ。ああ、そうだ、父上が私に黙って出そうとしていた当主交代の申請書は事前に私の手の者によって、出される事なく破棄しておりますから。それでは、父上、母上や私の弟妹と共にいつまでもお健やかにお過ごし下さい……」


 言うだけ言うとテルマーはマイヤーの部屋から出て行った。マイヤーは


「クックックッ、いつもいつも詰めが甘いな、テルマーよ…… 私が知らぬとでも思っていたのか? 既に手は打ってあるわ。さて、私も消えるとしようか、テルマーが慌ててここに飛び込んで来るのも時間の問題なのでな。家族の誰も知らぬ隠し通路を使って消えるとしよう……」


 そう、マイヤーはテルマーの動きを全て知っていたのだ。だが、油断を誘う為にあえて何も知らぬフリをしていたのだ。そして、全ての隠し財産を持ち(テルマーの物も含めて)、隠し通路に入り部屋から消えた。


 が、既にその通路も王家の影にバレているのだが。


 長年続いたログセルガー公爵家の没落が今まさに始まろうとしていた……

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