こんな世の中だからこそ。

 与えられたスペースに、各商品を販売するブースを設営していきます。


 私の扱う新商品は〈気まぐれ猫〉屋台本陣に。

 左側にはリズの和菓子コーナー。

 〈富士見堂〉の和菓子のラインナップは、栗きんとん、芋羊羹、苺大福そしてカステラ。

 リズが鼻息を荒くしながら陳列台にあーでも無い、こーでも無いとアンナとはしゃぎながら並べています。


 その隣ではカメリアが黙々と〈良い子のパン屋〉、良子さんのパンを並べています。

 クリームパン、あんパン、カレーパン。

 カメリアも好きな干し葡萄の沢山入ったレーズンパン。

 良子さんに習ったのか、パンを取る為のトングやトレーも用意されています。

 無言のカメリアですが、口元は我慢できずに緩んでいますね。


 反対側ではルーチェがハンドクリームを並べた台と、テーブルとイスをセットしています。

 彼女と出会ったのがハンドケア体験だっただけあって、準備に抜かりはなさそう。フェルミナはとして1番目のお客様役でしょうか?


 娘達の準備をチラチラと確認しながら、私も準備を進めていきます。


 今日から売り出す新しい商品は、〈珈琲〉です。


 ユルクでは紅茶がメインで飲まれている為か、珈琲は一般的ではないようです。

 暖かい気候の獣人大陸グリンガからの輸入品で珈琲豆らしき物を市場で見かけたことはあるのですが、どうも使い方、というか地球で行うような焙煎などの処理方法は確立していないようで、たいして可食部の無い木の実扱い。

 地球で1度だけ食べた事がありますが、確かにコーヒーチェリーはさくらんぼに似た見た目の割には青っぽい味でした。フルーティではありますが。


 二束三文の値段で売られていたのですが、私も詳しい焙煎方法も知らなければ、機材も用意出来ませんのでスルー。

 今回は、地球産のちゃんと珈琲として飲める状態の物を扱います。


 〈櫻井珈琲店〉オーナーの櫻井 じゅんさん。


 出会いは、偶々地方でのお仕事で時間が空いた時に入った喫茶店でした。

 櫻井さんは、比較的大きい飲食チェーンのゼネラルマネージャーを経て、『もうじゅうぶん働いた。後の人生は趣味に生きる』と、昔から好きだった珈琲を扱う商売を始めたとのこと。

 私なんか足元にも及ばないような人脈の持ち主で、海外のコーヒー農園から直接仕入れを行う本格派。気になる珈琲豆を見つけたら、その場で飛行機のチケットを予約するようなフットワークの軽い御方です。

 最初はただの客と店主という関係が、〈Kei.Ⅹ〉の彗人さんを通して偶然再会する事となり、今でもお付き合いをさせて頂いています。


 そんな櫻井さんに捕まったのが、今回の仕入れに〈Kei.Ⅹ〉に寄った時。

 普段は仕入れ相手しか居ないはずの店内に、当たり前のようにお客さんが居てびっくりしていた私に気付いた櫻井さんから、『彗人さんに聞いたぞ、秋雨。可愛い義娘が出来たらしいじゃないか?』と。

 それから話を聞かされ、『じゃあ私の珈琲も広めてくれよ』と仕入れることに。



 今回、秋に美味しいおすすめの珈琲を、ということでグアテマラという豆を仕入れました。

 上品で味わい深いらしい珈琲豆を、習った通りにミルで挽くと嗅ぎ慣れた香りが鼻腔を擽ります。うん、美味しそう♪

 ペーパーフィルターをつけたドリッパーをセットしたコーヒーサーバー。

 沸いたお湯をケトルで注いで洗う。フィルターを洗いながらサーバーを温める役割もあるとか。


 取り敢えず試しに淹れてみます。

 スムーズに、とはいきませんが教えられた事を思い出しながら淹れていると、いつの間にかみんなの注目を集めていたようで。


「アキサメお父さん、なにしてるですか?こーばしいにおい?うわぁ!まっくろくろけです!」

「店長、これは何ですか?見た感じ飲み物みたいですが...」

「父さん、何それ?」


 ユルク勢は初めて見る珈琲に物珍しそうに。


「御館様、カフェをやるピョン?」

「ニャ!アキサメ、私はきゃらめるまきあーととーるでメッセに『可愛いロイロちゃん今日もガンバ♡』がいいニャ!」

「あ、珈琲の良い香りです〜」


 知ってる神様達奴等は、そうなんだ、くらいの反応で。

 ロイロ、キャラメルマキアートそんな洒落たものは出来ません。なんですか、可愛いロイロちゃんって。


「紅茶のような飲み物ですよ。少し苦いのとカフェイン...子どもにはそのままではなくてミルクで割って提供しましょうか。

 地球異世界ではよく飲まれているもので好きな方も多いと思います。頭がスッキリしたりしてリラックスする効果もありますね。もちろん、好みはありますが」


 へぇ〜、と娘達は興味の有無が別れましたが、フェルミナは興味津々。


「これは...以前、小人族ホビットの行商人が飲ませてくれた、〈カヒィ〉の香りに似ていますね」


 と、そんな感想を携えてセルジュさんが戻ってきました。

 なるほど。ユルクにもあったのですね、珈琲。


「お帰りなさい、セルジュさん。

 これ、珈琲というのですが飲まれたことがあるのですね」

「はい、10年くらい前でしょうか、当宿にお泊まりになられた小人族の行商人に試飲させて頂きました。

 なんでも、伝説の勇者様が研究されていた飲み物で、当時勇者様のパーティーに所属していた小人族の方がその研究を引き継いだとかで。

 まだ、本格的に再現出来ていない、と仰っていました」


 でた、勇者様主人公。しかも先輩の。

 やはり地球に似た世界から召喚拉致されたのか、郷愁の念はあったのでしょうね。


「へぇ...まぁ、それはそれ、これはこれ、ということにしておきましょうか。

 セルジュさんも飲みますか?

 どうやら珈琲を飲むのは、私とフェルミナ、ロイロは...あぁ、はいはい。猫舌ね。甘いヤツは後で用意しますから。

 後は...ソラも飲む?」

「はい!頂きます!私はお砂糖と牛乳を入れてカフェ・オ・レ風で」

「了解ですよ」


 珈琲を飲む者、飲まない者には果実ジュースを出して、飲みながらでよいので、と前置きをして話す。


「はい、ではだいたい準備は整いましたね。

 飲み終えたら〈気まぐれ猫〉の営業を開始しましょう。

 和菓子とパンの価格は先程伝えた通りで結構です。

 ハンドクリームは体験をされた方を優先でお1人様2つまでにしましょう。

 和菓子もパンもお1人3個まで。

 オルゴールは私が一緒に売りますから、要望があった際は私の方へと誘導してくださいね。

 この珈琲とケーキはセットで販売します。

 和菓子とケーキは持ち帰りは無しで、あそこのテーブルで召し上がって頂くように説明してください。そちらの担当をセルジュさん、お願いします。

 カメリアのパンもお待ち帰りの際は、本日中に召し上がってください、と伝えるように。


 こんなものかな?

 何かあれば随時私か...ロイロを呼んでください。ロイロ、ウェネト、頼みましたよ?」


「はーい!」

「はい、店長ッ!」

「頑張ります!」

「沢山売るよッ!」

「お任せください、アキサメ様!」

「私も頑張ります!」

「微力ながらお手伝いさせて頂きます」

「任せろニャッ!」

「頑張るピョン!」


 みんなで、おーッと拳をあげる。

 ふふふ。楽しいですね。



「今日出会うお客様が、

 楽しいな、

 嬉しいな、

 幸せだな、

 そんな気持ちになって頂けるように。

 先ずは私達が、

 忙しくても楽しい、

 ありがとうって言ってもらえて嬉しい、

 笑顔になってくれて幸せだ、

 そんな気持ちでいきましょう。


 こんな世の中だからこそ、私達にできる最高の商いを。



 さぁ、始めよう。


 〈気まぐれ猫〉営業開始オープンです!」



➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖


御一読頂きありがとうございます。


すいません!文字数が増えたので一旦切りました...。

珈琲に関しては素人ですので生暖かい目で見守って下さい。


次回は『アルバイトリーダー・ロイロ、無双』となる予定です。


では、また次話でお会いできたら幸いです。




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