「どうぞ、お好きなようになさって下さいませ」

 ガルトラム家御用達の赤煉瓦の宿は、レオンさんのお気に入りらしい、サービスの行き届いた素晴らしい宿でした。


 入り口に到着した際、ドアマンの男は魔導車マカロンを見ても驚くこと無く、直ぐに対応する姿勢を見せました。

 リズ達をエスコートして降ろした後に、私がマカロンを収納しても、変わらない笑顔。

 優秀な従業員です。特に、1番最初にお客様と対応する者としての意識が高い。従業員教育のレベルの高さが表れています。


 案内されて建物に入った私達を迎え入れたのは、整列した従業員一同のお辞儀。


『いらっしゃいませ、リザティアお嬢様御一行様』


 頭を下げるタイミングもお辞儀の角度も。

 その指先一つまで精練された所作に、私は暫し感動を覚えました。

 地球でいうところの、五つ星ホテルと言われるような高級ホテルでは、このような歓待を受けるのでしょうか?生憎、私はそのような経験が乏しいので、ただただ感心するのです。


「暫くお世話になります」


 そう挨拶を交わす相手は、短めの白髪を綺麗にセットし、背筋のピンッと伸びた老執事のような男性。

 これは、かの有名な〈セバスチャン〉さんではなかろうか?と当たり前のように思ってしまうほどの品格のある、この宿の総支配人。


「滞在中は、私共従業員一同、心よりもてなさせて頂く所存で御座います」


 素晴らしい。



 割り振られた部屋に各自案内され、旅装を解くといた私は、夕食まで時間があったので、ロイロを喚ぶ。


「何のようニャ、アキサメ?」

「アキサメ様、御用でしょうか!」


 ロイロは気怠げに、ソラは元気良く。


「御や...オホンッ!あ、秋雨様、お喚び頂きありがとうございます」


 と、少し緊張気味の女性...ところで、貴女は何故その格好なのでしょう?


「少し相談事があってね...取り敢えず、もうちょっと楽な格好でも良いんですよ、摩利支天まりしてん?」

「えッ!?それがしは、いつでも戦えるように準備を整えて...」


 私って、そんなにいつも戦ってるようなイメージなのでしょうか?


「今は特に争い事に関わるつもりもありませんから、武装は解いておきなさいね?


 で、相談の内容なのですが、1つはこの街に何日か滞在するので久しぶりに〈気まぐれ猫〉の出張営業をしようかと考えてます。

 それで、ロイロとソラには屋台の手伝いをして欲しいのですよ。

 今回は幾つか商品を売り出す予定なので人手が必要なのですが、どうでしょう?」


 私が聞くとロイロとソラは顔を見合わせて頷く。


「私は問題ないニャ。ソラちゃんもニャ?」

「ハイ。ソラも大丈夫です」

「ありがとう、2人とも。助かるよ」


 そのやり取りをジッと見ていた摩利支天が、勢いよく挙手しながら訴えてきました。


「ハイッ!ハイ、某も〈お手伝い〉をしとう御座いますッ!」

「え?摩利支天は明日以降も来れるのですか?

 確か、ロイロが交代制だとかなんとか言ってなかったかな?」

「あッ......」

「ニャァ......」

「明日は...確か、別の者ではないかと」


 ガーン...と身体全体で表現する摩利支天。

 今、こんな話をしてしまった私も配慮が足りなかったですね...。


「ま、まぁ、摩利支天もそんなに落ち込まないで?

 そうだ!

 そう、さっき話してた相談事の最後の1つがありました。

 これなら摩利支天も楽しめると思うのですが」


 バッと、顔を上げて私を見る彼女のその目力は強く、早く教えてくれ、と物語っています。


「実は、この前の〈百神夜行〉で頑張ってくれたので、場所を用意してみんなを労う目的の宴でも開こ『アキサメすとっぷニャ!』う...?」


 え、なに?どうしましたか?

 ロイロ、凄い剣幕で...もしかして都合が悪かったのでしょうか?


「やっぱり宴とか、そういう誘いは良くなかったかな?もしかしてハラスメント事案?」


 もし、そう思われてたらショックですね...。


「アキサメ様?そういう事では無くて、寧ろ逆だと思われます」

「そうニャ!百神アイツら歓喜雀躍ヒャッハーするのが目に見えるニャ!

 だから、この件は私が預かるから任せて欲しーニャ!」


 いつになくヤル気の駄猫神ロイロを、少し疑ってしまう私が居ます。

 ていうか、摩利支天がめっちゃロイロを睨んでる...アレ?笑顔になった?...あぁ、なるほど。念話で話し合ってたのですね。

 ということは、今の状況はロイロに異議申し立てをした摩利支天になんらかの賄賂が約束された、といった感じでしょうか。


 まぁ、上手くまとめてくれるなら多少は目を瞑りますよ......監視、頼みましたよ、ソラ?


「あと、ウチの家族みんなで使うマークに〈気まぐれ猫〉のマークを使いたいみたいなんですが、良いよね?」

「ニャ?もちろんおっけーニャ。私達も同じまーくのグッズをつけるニャ」

「面白そう!私は何にしようかな?リボン?服に刺繍して貰おうかな?それとも...」


 おや。意外とロイロ達も乗り気なんですね。

 じゃあ、百神でそういうセンスのある者に頼むのも良いかも。

 まぁ、それは宴の時で良いでしょう。


「では、私は屋台の営業許可を取りに行かなくてはいけませんね。

 商業ギルドからは脱退しましたし、誰に聞くのが正しいのかな?

 そう言えば、商業ギルド絡みの話をフェルミナがエリスさんと話をしていましたね。

 夕食の時に聞いてみますか」







「アキサメ様の好きな時に、好きなように商いをして良い、とエリス大公妃殿下から許可証を預かっております」


 とフェルミナが言うと、側に控えていた総支配人が当たり前のように付け足す。


「この街の代官にアキサメ様の屋台に関する通達は済んでおりますので、どうぞ、お好きなようになさって下さいませ」


 素晴らしい、と思ったのは私だけでは無いでしょ?



➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖


御一読頂きありがとうございます。


ヘケトでの初日は商売の準備の準備でした。

伝説の〈セバスチャン〉の件りは秋雨個人の考えで、ラノベ知識からきていると思われます。


摩利支天さんは女性として設定してありますのでご理解下さい。

ロイロに任せた〈宴〉。

〈気まぐれ猫〉の出張営業。

引き続き、ヘケトでのアキサメファミリーのお話もお楽しみ頂ければと思います。



では、また次話でお会いできたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る