◉私には、ない。たった一つだけ欲しいそれが、ない。〈⚠︎乙女チックエリス注意〉

 街を囲う石造りの外壁には、歴々の傷跡など擦り傷に過ぎなかったとばかりに新たな破壊が叩き付けられてゆく。


 脚力スピード自慢の四足歩行の異形が、その爪で、体で、はたまた奇怪な吐息で。


 上半身にヒトの体躯を無理矢理縫い付けたように見える、狩人の真似事をした異形が、無骨な装飾の弓に杭のようなものを番える。

 ギシリギシリと、負荷に悲鳴をあげる滑車のような音を立てながら弾ききり、放つ。


 ドスンッ、と石壁を貫通させる音が、人々の心を抉る。

 ガラガラガラッ、と音を立てて崩れていくそれは石壁の成れの果てか、僅かに残っていた希望という名の他力本願か。



「もう...お終いだ...この街は、俺達は...」


 すれ違い様に、蹲りながらその瞳から光を失い出した冒険者らしい体躯の男の呟きを拾う。

 遠くにも、近くにも。

 彼方此方から奏でられる絶望という名の合唱が、この街の、国の歪さを表すかのように見えてしまう。


「...誰か...助けて...お願いだから...」




 門の役目を終えた瓦礫の山をすり抜けて、境界線でいう街の外へと出た。


 篝火だったものは、やがて街そのものまでもを燃やしてしまおうと躍起になっている。

 その御蔭と言えば不謹慎ではあるが、真夜中な割には比較的明るい。

 まぁ、このカラダには然程関係無いことではあるが。


「ふむ。数ばかりは集まっているようではあるな」


 向こう側の闇からは、散りばめられた赤い異形の眼光が、夜空に流れる天の川のように大河を象っていた。

 多勢とは、それだけで人の心を折るものではあるが、所詮は砂糖菓子に寄って集る蟻。

 鬱陶しいには違いないが。


八咫烏ヤタ、戻れ」


 そう呟けば、暗闇の中に溶け込んでいた鴉が群れを成して飛来する。

 おやまぁ。お前もそんなに張り切ることがあるのか、と呆れ混じりの声が溢れた。


『畏み畏み畏み申し上げ奉る』


 久々に聞いたな、お前の聲も。


「良きに計らえ」

『御意に』


 それを合図に鴉の群れは私の周りを取り囲むように飛び交いその姿を変化させる。

 手には馴染みの黒刀が。

 スリーピースのスーツはこれまた懐かしい装束へと。


「やはり張り切っておったのだな、八咫烏ヤタ


 さて、と。


 そろそろ来る頃合いか。



『1番乗りはこの呂色で御座います、御館様ァァーーー!!』


 やっぱりお前か、

 いや、今は呂色だったな。

 では次は...


『コラー!足引っ掛けるとか童かお前はッ!?

 御館様!真空、只今推参しました!』


 それを皮切りに、薄暗い夜空に無数の陣が煌めく。


「よく来たな、ロイロ、ソラ。寄り合いは済んだのか?」

「あんな偏屈共の集まりなんか知らないです!

 私にとっては御館様が1番!〈御声〉が掛かればいつでもどこでも飛んで参りまする!」

「同じく!御館様より大事など有りませぬ故!」

「そうか。大神老耄共には悪い事をしたな」


 軈て、集い並び始めた百神達が思い思いに口上を告げてくる。

 数が数なだけに、取り敢えずやる事をやってからゆっくりと語るとするか。


「よう集まってくれた、貴様等。

 話は後だ。

 見ろ、塵芥の群れが不遜にも我が娘の夢見を邪魔しようとしておる。

 身の程知らずの魔物共にはその代償を支払って貰おうか」


 私の〈御声こえ〉を聞いた者共は、辺りを見回して、その怒りを声に、武威に変えて解き放つ。

 それまでの勢いを削いだ魔物の群れは、ピタリとその足を止めている。


「喚け、叫べ。呵責の一切は我が心裏に捧げよ。

 奮え、激らせ。条理は常に我等に在り。




練り歩け蹂躙せよ



 我に遅れるなよ」



ーーー【【【【【応】】】】】ッ!!!






「あれが......ミドウイン・アキサメ...」

「......これは、一体...」


 私は、眼下で起きている、魔物達を摩訶不思議な存在達が一方的に蹂躙する光景を、ただ観ていた。


 一騎当千。


 そんな存在が、大勢。


 その大勢の存在を指揮しきる、


 こんな...こんな現象が在って良いはずが...


 私が知ってるアキサメは。


「こんなの、アキサメじゃ」

「えりす。それいじょうはダメ」


 突然、ぴょこん、と私の目の前に現れたステラちゃん。

 その様子は、いつものように可愛らしい仔猫のそれでは無くて。

 その大きな瞳はどこか見透かすように私を射抜いてる。


 この外壁上の狭い通路には、私と護衛のカインの2人だけ。

 何かあれば、カインの【聖盾イージス】で街を護る為に此処で戦況を観ていた。

 そう、ただ観ている事しか出来ていない、野次馬だ。


 そんな場所に現れたステラちゃんは、言葉を続ける。

 

「えりすはまだ

 おやかたさまにはとどいていない。

 それは、ふそん。

 えりすはまだ

「しか、く?資格が、無い?私には...」

『然リ。汝、御館様ノ傍ラニ在ラズ』


 ヌルっと、宵闇から音も無く現れた巨大な黒猫。

 あの日、私を救い出してくれたその存在は、はっきりと告げた、否、と。


「貴方様はあの時の!...何故、なぜ私にアキサメの側に居る資格が無いと仰るのですかッ!?

 私は、わた『ごちゃごちゃと五月蝿いでありんす』!?」


 気が付いた時には、私の目の前、足場など無い空間に立つ、絶世の美女、という表現でしか言い表せない異国の扇状的な衣装を身に纏った狐獣人。


『田舎のが軽々しく御館様を語るなんて不遜でありんす』

「きゅうびさま、おひさしゅうございます」

『おやまぁ、主夜神様の御使いの娘じゃない。

 相変わらずめんこいねぇ。お前は何を?』

「はい。すてらのなまえをいただいて、おひいさまのもりやくです」


 その瞬間、キュウビと呼ばれた美女は喜色を浮かべた。


御姫様おひいさま!御館様の御息女様!

 そんな大役を担っているなんて素晴らしい!

 あぁ、御姫様。可愛い可愛い我等が御姫様!』

「りずはかわいいです。おやかたさまもめろめろ」

『御館様がメロメロ!?』


【おい、九尾。何をしている?】


 ステラちゃんとキュウビさんがお喋りしていると、天から声が落ちてきた。

 この声は、アキサメ?それにしては...


 ビクッ、としたキュウビさんがゆっくりと向けた先に、1人の美丈夫が抜き身のカタナを肩に乗せながら、此方を視ていた。

 その美丈夫は、見たことの無い絢爛な装束を身に纏う、アキサメだった。


 その視線は、確かに私を捉えていたはずなのに。

 その瞳には、私が映っていないかのように一瞥だけして。



ーーーえりすはまだしかくがない




 私の頭の中に、ステラちゃんの言葉がずっとへばり着いて離れない。

 〈聖霊憑き〉なんかよりもずっと、私の心を、急速に蝕んでいく。



➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖・➖


御一読頂きありがとうございます。


ごめんなさい、またもや◉ストーリーとなりました。


ちょっと、放置すると後々書き辛いので先に出しました。


エリス・ルークシアさんのお話でした。

この人物のこの感情がこの先必要なんですよね。

レオンさんの『エリス、頑張れよ』の真意でしょうか。


この流れも、好き嫌いや賛否両論あるかと思いますが、伝家の宝刀〈作者の意向〉再び、です。


次回は、ポルク君のお話の着地点となる予定です。2話に分かれるかも、ですが。


イラストも1枚近況ノートにあげときますね。『御館様、降臨』です。


では、また次話でお会いできたら幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る