嘘つきポルクとルミィの涙。②

「ギャハハハハッ!!」


 静寂を破ったのは、不愉快な笑い声でした。


 入り口から少し奥のテーブルに居る冒険者達、男3人と女2人。

 パーティーでしょうか?

 ガルトにも居ましたね、複数人で共に行動する運命共同体。

 カメリアもレミルさんと組んでいて...そう言えばレミルさんの結婚式とかって、いつなのでしょうか?カメリアは何も言ってませんでしたが...もしかして遠慮して黙ってる?いや、もしかしたら、ユルクでは庶民は結婚式を挙げる習慣が無いとか...ありそうですね。

 この件はカメリアに要確認っと。


 そんな事を考えていると、店員の女の子が私に気付いて声を掛けてくる。

 そして、先程の笑い声を皮切りに店内は再び喧騒にのまれていきました。


「いらっしゃい、お兄さん。賑やかで申し訳ありませんでした。

 1人ならカウンターにどうぞ。

 もし人数が増えた時は、テーブルに移ってね」

「分かりました」


 言われた通り、カウンターの空いている席へ。


「いらっしゃい、ご注文は?」


 と、カウンター越しに、先程の女の子が歳をとったような雰囲気の女性からオーダーを聞かれ、


「お酒は何がありますか?」


 私の質問が珍しかったのか、キョトン、とされた後に笑顔で言われました。


「お客さんはお上品だね。ウチに置いてある酒は、エールと安物の葡萄酒くらいだよ。あと、火酒の偽物があるが、人族には毒だね」


 なんともまぁ。毒ですか...多少、好奇心を擽りますが、今日はそんな気分でも無いかな。


「そうですか...あの、1つご相談なのですが、お酒の持ち込みとかって大丈夫ですか?持ち込み料とかあるのなら払いますので」

「持ち込み?お客さん、お酒持ってるのかい?」


 手ぶらなくせに何を言ってるんだ、と言わんばかりの怪訝な表情。

 『確かに私は手ぶらですが、スキルで大型量販店並みの倉庫を常時持ち歩いているようなものです』

 なんて、簡単に言えない...というより、エリスさんから、とても有り難いご忠告お説教を頂きまして。

 このスーツの内ポケットがアイテムボックスになっている、このスーツはダンジョンの宝箱から得た所有者登録機能付き魔法装備、というをこそっと伝えます。


 ...ただ、酒場でお酒を飲みたいが為に喋ったって、エリスさんにバレたら面倒ではありますが。


 だからお酒は持ってます、と手短に伝えると、旦那に聞いてくるよ、と言って奥へと歩いていきました。


 女将さんですか。では案内してくれた給仕の女の子は娘さんでしょうか?

 奥からすぐに戻ってきた女将さん。


「お客さん、いいぞって。持ち込み料は要らないから後で一杯飲ませろ、だってさ。

 ごめんね、旦那はお酒が大好きなんだよ」


 困ったもんだね、とか言いながら微笑む女将さん。


「ええ、もちろん。ご無理を聞いて頂いてありがとうございます。

 では、グラス、は自分で用意しますので...適当に食事をお願いします」

「あいよ」


 懐から出すフリをして、以前福さんから頂いた日本酒の内の一本と江戸切子グラスをスキルで取り出す。

 〈龍〉の文字の入ったそのお酒をグラスに注いでいると、女将さんが料理を片手に声をかけてきました。


「こりゃ凄い綺麗なグラスだね...お客さん、いえ、お客様は貴族様ですか?」


 勘違いさせてしまいましたか。


「いえ、私ただの商人ですよ。

 このグラスは偶然異国で手に入れる事が出来た物で、気に入って愛用しているのですよ」

「へぇ〜、商人さんかい。てっきりお貴族様かと思ってドキドキしちゃったよ。

 今日のおすすめ、ワイルドボアの煮込みだよ」


 そう言い残して奥へと戻っていく女将さん。

 カウンターに置かれた煮込みからは、猪の甘い脂の匂いが漂い、大きめの角切り肉の断面は赤身と脂身の層のコントラストが食欲を刺激します。


 トクッ、トク、トクッ、と。

 蝋燭の灯りを柔らかく取り込んだ江戸切子にお酒をゆっくり注ぐ。


 今日は随分と感傷的な気分センチメンタルですね、などと自分に語りかけながら静かにグラスに口をつける。


 荒唐無稽だと、どうぞ笑ってくださいな。


 そんな譫言うわごとごと洗い流したくて、ゴクリ、と飲み込む。


「嗚呼、美味しい」


 私は基本的にあまり酔いません。

 いえ、という方が正しい。

 お酒の味も香りも喉越しも。

 アルコールが齎す火照りも。

 全てを感じる事はあっても、意識が混濁したり身体能力が低下する事を、このカラダが許可しゆるさない。

 故に。

 酩酊感というモノを、私は知らない。


 酔った気分だけでも、と偶にお酒を飲む。


「なんとも不便なカラダですよ、本当に」


 そんな行き場の無い愚痴のような呟きは、皿の上の煮込みと共にゆるりと消えていく。


 3杯目を注いだ時。

 先程バカ笑いしていた冒険者達の怒鳴り声と、それと言い合う、歳若い男の声。

 声変わり前特有の少し高い声が、背中を叩いたように感じてしまう。



『だから、俺はから転生して来たんだよッ!!』



 中々に聞き捨てならない台詞は、この喧騒の中でも鮮明に。

 例え仮に酔っていたとしても、すぐに醒めるくらいの衝撃インパクトを内包していました。




「...面倒事は御免被りたいのですがね」


 そう吐き捨てた私は、蝋燭の灯りを乱反射する江戸切子を持ち、一気に呷る。

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