嘘つきポルクとルミィの涙。①

 リズの手作りパンを食べたエリスさんは、ちょっと引くくらいの大号泣でした。

 どのくらいかと言えば、


『エ、エリスお母様、だいじょぶですか?おなか痛いですか?』


 と、リズが腹痛を心配してしまい、同行している回復魔法を使える僧侶を呼びに行こうとしたくらい。

 どうやら、娘からの手作りパンというプレゼント初体験が、琴線に触れたようです。


 分かりますよ、その気持ち。

 何というか、ブワッて押し寄せてくるんですよね、幸せが。


 小休憩も終わり、再びHバンマカロンのハンドルを手に、アクセルを踏む。

 どうやら今日は、この街道沿いにある比較的大きめの街で宿を取るようで、馬車の速度で昼休憩を1時間とったとしても、夕方くらいには到着予定だとか。

 その間車内では、パン教室の感想、今度食べたいパンや作りたいパン。良子さんの人柄などをアンナやフェルミナも交えて楽しくお喋りして過ごしています。



 街までの道程は順調で、特に魔物や盗賊などが現れる事もありませんでした。

 まぁ、出会したとしても、先を行くエリスさんの護衛騎士団があっさりと払い除けるでしょうが。

 そう言えば、最近カインの剣筋が良くなってきました。

 以前とはソレとは違い、迷いが無くなったというか、芯が通っていましたね。



 無事、本日の目的地である街に到着。

 街の賑わいからして、少しずつ王都に近づいているのを実感出来ます。


 街の入り口から伸びる大通りには、夕方という時間帯の為か食事を扱う屋台や、酒場兼宿屋でしょうか、店内の喧騒が外に漏れ出しています。

 ユルクの人々は、陽が沈む頃には仕事を終わらせるので、ほんのり赤く染まり出したこの時間帯から、仕事終わりの労働者や冒険者達でガヤガヤと街は活気づいていて。

 通りを行き交う人々の中を、ゆっくりとエリス様を乗せた馬車が進む。

 私やカメリア、アンナとフェルミナは馬車の後ろを歩き、リズやルーチェ達はエリス様と同乗させて頂いています。


 入り口からそれなりに馬車を進めた街の中心部に程近い立地にあるその宿屋は、外観からも貴族や豪商それなりの方々が利用するのであろうと推察できました。

 宿に入ると、広めのロビーにはこの宿の支配人と思わしき身なりを整えた男性と、揃いの制服を着た従業員が数名、並んで出迎えてくれました。


「いらっしゃいませ、エリス大公妃殿下、リザティア女辺境伯様、ルーチェ・ガルトラム様。

 本日は当店を御利用頂き、誠に有難う御座います。

 私、この宿のオーナー兼支配人のカシュー、と申します」


 教育の行き届いた従業員達は、支配人と名乗る男に合わせて綺麗な所作で頭を下げる。

 先触れの騎士の少ない情報から、リズやルーチェの事も把握している様子からして、仕事の出来る人物だと思われる。


「ありがとう、短い間だけど世話になるわ」


 畏まりました、と短く答えた支配人は、従業員達に視線を送り、それを合図に私達は部屋へと各自案内されました。

 部屋の広さは10畳ほどでしょうか。

 清掃の行き届いた居心地の良さそうな空間です。

 旅の疲れを考慮し、今日の食事は各自部屋で頂く事となり、エリスさんに、外食してきますと、カインを通して言伝を頼み宿の外へ。


「賑やかですね」


 そんな呟きは、通りを飛び交う声で掻き消されます。


「そこのお兄さんッ!ウチのスープ買ってかないか!具材タップリお腹いっぱい間違いナシだ!

 それになんと、今日はサンダーディアーの肉入りだッ!」


 雷鹿...随分と物騒な鹿ですね。

 何処ぞの鹿みたいにお煎餅とか食べるのでしょうか?


 ...美味しい、のかな?屋台の店主が売り文句にするくらいですから、人気なんでしょうが。


 と、いけない。

 今日は屋台では無く、酒場で、と決めていたんです。

 買う気が無いと気付いたのか、屋台の店主は他の通行人に声を掛け始めました。



 その後も幾つかの屋台から声を掛けられながら通りを進んでいくと、お目当ての看板が目に入る。

 ジョッキからビール...エールが溢れている絵が描かれた木製の看板の、下の扉の内側から聞こえてくる、ガヤガヤとした声と時折響く店員の女性が厨房へとオーダーを伝える、大きな声。


 そして、同じくらい店内に響いているであろう、侮蔑混じりの不愉快な複数人の笑い声と、ガシャンッ、と何かが倒れる音。


 一瞬の静寂が訪れたそのタイミングで、ギィィッと鳴った少し錆た蝶番の音。

 私が扉を開いたのは、正にそんな絶妙とも言える、何とも言えないタイミングだったのです。





 


 

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