まるで、アレみたいじゃないか。あのファンタジーのアレ。

 焼き上がったパンの粗熱が落ち着き、作業台の上に用意された木の板カッティングボードに並ぶ。


 リズが作ったのかな、少しだけ歪んだ顔のパンは目一杯の笑顔の形です。

 ルーチェは可愛いらしい花の形。花弁のバランスが良く出来ていて、彼女らしい。

 カメリアのパンは、一言で表すなら〈職人プロ〉。

 私みたいな素人には、最早パン職人が作ったとしか思えないような、芸術的な仕上がりのパンがそこに。


「こりゃ驚いたね。

 カメリアちゃん、アンタ才能があるよ。

 初めてこれだけ上手く焼けるなら、一流のパン職人boulangerになれるよ」


 手放しで褒める良子さんと、賛辞を受けて頬を染めるカメリア。


「確かに。素晴らしい出来前ですよ、カメリア」

「カメリアお姉様、すごいです!」

「カメリア姉さん、凄いですね!」

「あ、ありがとぅ...」


 照れてる照れてる。

 いつも凛々しいカメリアの、貴重なショットですね...そうだ!


ーーーパシャッ。


 微笑ましい場面シーンをスマホに保存、と。


「...勝手に写真を撮るんじゃないよ、秋雨。

 まぁ...今日は許してやるよ、だからね」


 あはは...すいませんでした、良子さん。


「カメリアちゃん。

 何も見た目だけで良いパンだなんて言ってるんじゃないよ。

 このパンはね、ちゃんと想いが詰まってる。

 食べる人への気持ちが、たんと込められている、本当に良いパンだよ」

「想い...私は...そっか、そうなんだ」


 届きますよ、その想い。

 ちゃんと、ね。


 カメリアは少しの間目を瞑りました。

 再び開いた時、何処か清々しい色が、その瞳をより紅く見せて。


「ありがとうございます、ヨシコ師匠。

 私、パンが好きです。

 ワクワクしながら、美味しく食べるのも。

 ドキドキしながら、頑張って作るのも。

 本当に、大好きなんです」

「あはははッ!良いね。うん、いいよ、その気持ち。

 食べる人の表情想像出来見えないヤツなんてのは、この世の中沢山いるんだ。

 そんなヤツに限って、自分の腕前を妙に過信するんだよ。

 たかがパン、されどパン。

 何千回捏ねようが、何万回焼こうが。

 気持ちの込もってない見てくれだけの幾多のパンより、

 たった一つ、気持ちを込めて作ったパンの方が、美味いんだよ。

 私はね、今でも、美味しく焼き上がるかドキドキしながら、オーブンの蓋を開けるんだ。

 お客さんに喜んでもらいたい。

 美味しいって、笑顔になってもらいたい。

 そう想いながら、生地を捏ねるのさ。


 カメリアちゃんも、その気持ちを忘れないでいてくれると、私も嬉しいよ」


 良子さんのパンは、いつも、美味しい。

 楽しい時も、悲しい時も。

 やっぱり、一流ですね。


「はいッ!!」




 その後、みんなでパンを頂きました。

 どれも全部、とても美味しかったです。


 ゆっくりと食後の紅茶を飲みながら、私は良子さんに話をします。

 

「良子さん。本日はありがとうございました。

 お陰様で、皆、良い経験が出来ました」

「秋雨の為にやった事じゃないさ。私がやりたかったからやったんだよ。

 だから、お礼はいらないよ。

 そうだね...感謝の気持ちがあるなら、パンを買ってってもらおうかね」


 おっと、こちらからお願いしようとしていた事を提案されるとは。


「えぇ、勿論買わせて下さい。

 あと、出来ればなんですが...」

「あぁ、秋雨の事だから、これからもカメリアちゃん達にパン作りを教えて欲しい、ってお願いだろ?」

「はい」

「そんな神妙な顔しなくても、ちゃんと教えてやるから心配しないでおくれ。

 賑やかな雰囲気でパンを焼くのは久々だったけど、悪くなかったからね。

 まぁ、アレだね。私で良ければ、先生役をやるよ」


 願ってもない申し出に感謝です。

 それと、私からもう一つ。


「本当に、ありがとうございます。

 カメリア達の事、宜しくお願いします。

 それと、ここからは仕入れ仕事の話なのですが...」



 それから小1時間ほど話し合いをして。


 カメリア達のパン教室は週二回、〈良い子のパン屋〉の営業終了後に行う事になりました。

 時間の調整は、〈MDチート〉スキルでなんとでもなるので、問題ありませんね。


 〈良い子のパン屋〉からは、沢山の種類のパンを仕入れる事が出来そうです。

 基本的に週二回、パン教室の後で受け取れるように手配しました。

 ゆくゆくは、カメリア達の焼いたパンを仕入れる事になるのでしょうか?

 それはそれで、とても楽しみですね。


 今日は、店内に並んでいるパンを選んで購入します。

 エプロンを外した3人は、トレイとトングを持ちながら、キャイキャイしながらパンを選ぶ姿を、良子さんと2人で離れた場所から見ていると、


「で、秋雨。何があったんだい?

 私に手伝える事はあるのかい?」

「何、とは...」

「誤魔化すんじゃないよ。

 久しぶりに顔を見せたと思えば、あんなに可愛いらしい娘を3人も連れて。

 外国人なのにを話すと思えば、とても流暢ときた。

 日本で生まれ育ったにしては、日本文化を知らな過ぎるし、電化製品にも疎い。

 ルーチェちゃんが言ってたよ、『このキッチンスケールって凄い便利ですね』って。

 今の世の中、デジタルの計量器を知らない人間がいるのかね?」

「...........」

「別に取って食おうって訳じゃないから、安心おし。

 あんな良い達と知り合えて、私も嬉しいんだよ、秋雨。

 それに、秋雨に、家族と呼べる存在が出来たんだ。

 もう一度言うけど、私はとても嬉しいんだよ」

「良子さん...」


 はぁ...頭が上がりませんね、まったく。






「そうさね...おかしな例えかも知れないけど、


 みたいじゃないか。


 最近、ウチの姪っ子がハマってる、異世界を舞台にしたアニメや小説のアレ」


 



 

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