まったく、ズルいなぁ...どうやら私は、幸せ者のようです。

 それからのパン作りは和やかに進み、それぞれの力作パンが今、オーブンへと投入されました。


 始まった時は曇っていたカメリアの表情も、今では笑顔でリズやルーチェとお喋りしています。


「さぁみんな、後はオーブンの仕事だからね。今のうちに片付けをしようか」

「は〜い!ヨシコ!」

「はい。分かりました、ヨシコ

「分かりました、ヨシコ!」


 すっかり、先生と生徒...カメリアだけ師弟関係ですが。兎も角、信頼関係が出来上がっています。

 良子さんは、他人と一緒にパンを焼くのが嫌だ、とは言ってますが、それはあくまでの話。

 生徒や弟子が相手なら、こうも頼り甲斐のある、優しい感じなのですね。初対面でリズが慣れるのも頷けますね。


 それから、パンが焼き上がるまでは女の子同士のお喋りに花を咲かせていました。

 色んなパンの作り方やレシピの話。

 良子さんのパン職人の修行での体験談。

 リズがパン作りの中で面白かった事や、少し難しかったところ、楽しかったと、興奮して喋る様子。

 ルーチェは皆の話を聞きながら、ニコニコとしていて。

 カメリアは、リズに負けないくらいの熱量でパン愛を語り、良子さんにパン作りの質問を飛ばしては、メモを取り。

 そんな、3人娘達を慈しむように相手をする良子さんは、まるで母親のような、大きい存在に見えます。


 そして私は、未だ見学中だったりします。


「そろそろ焼き上がりだよ」


 そう良子さんが言うと、目をキラキラさせる3人娘。

 程なくして、オーブンが焼き上がりを伝える音を響かせました。


「焼けたです!」

「ドキドキしますね!」

「上手く焼けたかな?」


 良子さんが、ミトンを着けてオーブンから焼き立てのパンを取り出しました。

 焼き立ての、甘く、香ばしい、美味しい匂いが工房内に、フワッと広がって。

 リズ、ルーチェ、カメリア達の顔が、わぁっと満開に。


「さぁ、焼けたよ。

 これは、みんなが初めて自分で一から作った、〈始まりのパン〉だよ。

 少し冷まして、早速食べてみようかね」

「はじまりの、パン...リズのはじめてのてづくりパンです!」

「とっても美味しいそうです!嬉しい!」

「〈始まりのパン〉...始まり...うんッ!やったね!」


 ふふふ。

 微笑ましいですね。

 リズやルーチェは純粋に、初めてパンを手作りしたのが嬉しそうです。

 カメリアは...良かったね。

 新しく挑戦したい目標の一つになったのかな?

 そうですよ、そうやって、自分の人生を彩っていくのです。


 武器を手に戦い、生きてきた冒険も。

 その手で、思いを込めて焼くパン作りも。


 どちらも、カメリアの人生、です。


 前を向いて。

 笑って、生きていくのです。


 私なんか、ではなくて。

 カメリアだからこそ、掴める未来が。


 必ずありますよ。


 私は、思うのです。


 やはり、椿カメリア笑顔は、美しい、と。



 良かったね、カメリア。





「おい、秋雨!ぼさっとしてないで、こっちに来て手伝いな!

 働かざる者食うべからず、だよ!」


 いや、良子さんが見学してろって言いましたよね?


「アキサメお父さん!はやく、です!」

「アキサメお父さん、一緒に食べましょう!」

「アキサメ...お父さん!私の自信作、食べてみてよッ!」


 ...ふふふ。

 私は、思っていたよりも、


「はい。今、行きますよ」


 幸せ者のようです。





 世のお父さん達は、こんなに幸せなんですね。


 まったく、ズルいなぁ。





 

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