カメリアと〈良い子のパン屋〉赤松 良子。
「良子さん、こんちには」
店内には優しくて甘い香りが広がっている。
今どき、というよりは昔ながらに近い、パン焼き窯からパンの焼き上がった香ばしさが、温かさとどこかワクワクするような気持ちにさせてくれる。
〈良い子のパン屋〉という、店主の性格がうかがえるそのお店の主人は赤松
店内に並ぶパンはシンプルで懐かしいパンから、最近流行っているようなパンまで、いつも決まったラインナップの無い、良子さんのその日のおすすめで構成されています。
一度、定番商品や目玉商品と言った客寄せに繋がるようなパンは作らないのですか?、と聞いた事があって、その時良子さんは笑いながらこう答えてくれました。
『私にとっては全てのパンが、全力の愛情を込めて焼き上げたイチオシだよ。
秋雨。私はね、パンを美味しそうに食べるお客様の事を想像しながらパン生地を捏ねるんだ。そしたらさ、
今日はこういうパンが喜んでくれそう。
ああいうパンなら笑顔になってくれそう。
そんな声、というかパンの気持ち?みたいなものが聞こえてくるのさ。可笑しいだろ?いい大人が何言ってんだって思われるかも知れないけど、私は今の今までそうやってパンを作ってきたのさ。もちろん、これからもね』
あはは、と穏やかに笑いながら語る良子さんを見ながら私は、天に愛される職人とはどういう人かを垣間見た気がしたのです。
それ以降、私はこの〈良い子のパン屋〉の大ファンとなり、パンを買うならこの店で、と決めています。
「はーい、ちょっと待っておくれよ!もうすぐパンが焼き上がるからー!」
もちろん、待ちますとも。私もこのパンの焼き上がる、独特のワクワク感がある幸せな瞬間が大好きですからね。
そして、
「もちろん待ちます!あぁ良い匂い!凄く美味しそうで優しい香りがするよ、アキサメ父さん♪」
今日のもう1人の主役というか。
私が見てきた彼女の中で、今が最もテンションが高いですね。
「本当ですね!良い香りがします」
「うわぁ!あま〜いにおいです♪」
白くて柔らかいパンは貴族の食べ物、という概念が定着しているのです。硬めの黒パンは庶民の主食に欠かせない食べ物で、焼き立てなら兎も角、日持ちさせて硬くなったパンはスープに浸し柔らかくして食べるもの。
まあ、確かにハードパンは素材そのものの味を楽しむのには良いのでしょうが、それでも限度がありますよね。
「あぁ、ごめんなさいね。お待たせしました...って、秋雨じゃないか!?久しぶりだね〜。
おやまぁ、綺麗なお嬢さんと可愛いお嬢さんを連れて来るなんて、秋雨も男の子だったんだね〜」
「ご無沙汰してます、良子さん。
今日は突然ですが、
ちょっと人数が多いのですが紹介させてもらいますね」
ルーチェ、リズ、カメリアの3人娘を順に紹介していき、独立して商売を始めた事も伝えます。
「あらあら、ご丁寧にありがとう、お嬢さん達。私は赤松 良子。この〈良い子のパン屋〉の店長兼パン職人だよ。
それにしても、本当に可愛い娘達だねぇ!
異国のお姫様みたいじゃないか」
リズとルーチェはそうですね〜。
カメリアも地球でいうスーパーモデルレベルの美人さんですからね。
「可愛いでしょ?私の自慢の娘達です」
「え!?秋雨、結婚したのかいッ!?いつの間に?なんだい、そんな目出度い事は先に言っておくれよ!」
あ、音慈さんの時と同じパターンでしょうか...。
ちゃんと説明しますよ、勿論。
「成程ねぇ。そういう事かい。
それでも、いつまでも独り身で女っ気の無かった秋雨に家族が出来たんだから私は嬉しいよ。しかも、こんな可愛いお嬢さん達の父親だなんて、男冥利に尽きるってもんだろ?
秋雨もこれを良い機会にしっかりとしないといけないね。頑張って働いて、リズちゃんやルーチェちゃん、カメリアちゃんを幸せにしてあげるんだよ!分かったかい、秋雨!」
「はい...頑張ります」
昔から、良子さんは私を息子のように可愛がってくれていて...。一応私の年齢も伝えてありますし、良子さんとは10歳も離れていないはずなんですが。
手の掛かる弟みたいな感じなのかも知れませんね。
「で、良子さん。今日は仕入れの件もあるのですが、先程伝えた通り私はこの3人の保護者でもありまして。
彼女達の育った国では、日本のようにパンの種類がないのです。だから、色んなパンを食べて欲しいのと、もし良ければ、パン作りの見学もさせて欲しいと思ってるんです。
勿論、その分焼き上がっているパンは買わせて頂きます。
今は移動販売となりますが、沢山の方に良子さんの美味しいパンを知ってもらいたいので、頑張りますから。
ですので、どうかお願い出来ないでしょうか?」
「私からもお願いします!ヨシコさんの美味しそうなパン、作るとこを見学させて下さいッ!」
「お願いします、ヨシコさん」
「リズもパンづくり見てみたいです!おねがいします!」
3人と私で頭を下げてお願いする。
少しして、まったくもう、と良子さんが笑いながら答えてくれました。
「まったく...いつも秋雨は突然なんだから。
それに、こんなに素直にお願いされたら断る事なんか出来ないじゃないか」
「では...?」
「もちろん、良いよ。
そもそも秋雨の頼みならそんな事くらい断る訳無いしね。パンも秋雨がちゃんと買い取って商売してくれるんだろ?
私は、私の焼いたパンをお客様に美味しく食べてもらえるなら、それで良いよ。
それに、お嬢ちゃん達とパンを一緒に作るのも楽しそうだしね」
「やったッ!!凄く嬉しいッ!ありがとうございます、ヨシコさん!」
「ありがとうございます!」
「ありがとうです!」
一緒に、作る...?
あの赤松 良子さんが、他人と一緒に?
世界的に有名な超高級ホテルからのお誘いを『他人と一緒にパン作りは無理』と一蹴した事で有名な、世界で5本の指に入る実力と言われている天才
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