◉後悔噬臍は後で勝手にしてくれ。〈中〉〜〈苦労人〉マルクと〈傑物〉イザーク・パンドラム〜

ーーープルルルッ、プルルルッ...


 商業ギルドのホールに少し気の抜けた音が響く。

 これは遠距離通信魔道具の発信音で、開発に関わったとされる〈カガクシャ〉と名乗る錬金術師の男がこの設定だけは頑なに譲らなかったという。

 私からしてみればどうでも良い事が、天才とされる人間達には琴線に触れる事なのだろう。

 そんなどうでもいい事に現実逃避していると、相手方が魔道具を起動したようだ。


『はい。ガルト商業ギルド所属、ギルドマスター秘書のメルです』


 あ、メルさんだ。

 メルさんはその美貌と仕事ぶりで、ガルト商業ギルドにて若くして受付嬢からギルドマスター秘書に昇進した、他の商業ギルド受付嬢の中でも憧れの女性ひとです。


「失礼。私はカイン・ザンダーグといい、エリス大公妃殿下の護衛騎士を拝命している者だ」

『カイン様、初めまして。私はギルドマスター秘書のメルと申します。

 今回の御用件をお伺いさせて頂きます』


 メルさん、流石だ。

 慌てる事なく対応してる。私も見習わなきゃ...。


「ギルドマスターのマルク氏と話がしたい。

 重要度の高い内容なので、エリス様より命じられている、と理解して欲しい」

『畏まりました。只今、ギルドマスター・マルクと代わります』


 そう言って、メルさんがギルドマスターを呼びに行っているであろう間に、我が商業ギルドマスターが血迷った事を言い出した。


「お願いしますッ!マルク様には、マルク様だけには内密にして下さいっ!」


 いや、無理でしょ。どこまで頭沸いてんのよ、ウチのギルドマスターは。

 あぁ、そっか。この女、マルク様の推薦でギルドマスターに昇進したんだったわ。

 じゃあマルク様にも任命責任があるわよね?


「それは無理だ。事の次第を告げるのに貴女の名前を出さない訳にはいかない。

 はっきり言って、マルク氏が、とか貴女が、とかは

 ただ、一つだけ感謝している事があるとすれば、貴女達が師...あの御方を商業ギルドというから解き放ってくれた事だな」

「え?」


 今...師匠って言いかけなかったかしら?

 物凄く、悪い予感がする...。


『申し訳有りません、お待たせ致しました。

 ギルドマスターのマルクです』


 あれ?確かマルク様はガルトラム家の次男で、貴族籍をお持ちのはずじゃ...?


「先日振りですね、マルク

 エリス様からの言伝と、私からも一言申し上げたくて、ギルドマスターの許可無しでは使えない魔道具を使用させて頂きました」

『カイン...畏まりました。御用件をお伺いさせて頂きます』


 おかしい、と思っている内にカイン様が話し出す。


「この度、この町の商業ギルドが違法な金貸し業務を行っていた事が発覚し、エリス大公妃殿下も被害に遭われていた為、直接取り締まりを行っております。捜査後、この地の領主に報告させて頂きますので、追って沙汰が下される事となるでしょう。

 エリス様はこの件で被害に遭われた民に対し、お気を病んでおいででした。この様な卑劣な所業は断固として許すまじ、と王家の名の下、王都商業ギルド本部に通達するとの事でした」

『なッ!!?...そんな違法行為が...』


 終わりだ...この商業ギルドは粛正される。

 エリス大公妃殿下が通達だけで終わらせてくれるはずが無い。


「後、アキサメ殿を商業ギルドから脱退させて頂きありがとうございます。

 助かりました。アキサメ殿はエリス様のお誘いの件を悩んでおいでだったので、商業ギルドとの縁が切れた今、問題無く話が進むとエリス様もお喜びでした」

『はぁッ!!?アキサメ君がギルドを脱退したとはどういう事ですかっ!?』


 やっぱり。アキサメ様は只者では無かったんだ。

 隣にいるギルドマスターの顔が青褪めている。いつの間にか意識を取り戻し、両手を背中で縛られている副ギルドマスターも青褪めながら震え出している。


「何を言っているのですか?先程の違法行為に気付かれたのはアキサメ殿ですよ?それに腹を立てた副ギルドマスターがアキサメ殿に『お前なんか私の権限で処分する』と言い放ち、アキサメ殿は自主的にギルドを脱退。しかもその時にお連れ様が騙されて負った違法な借金を全て肩代わりして支払い、ギルドカードを返却したようですよ?

 尚、ギルドマスターはアキサメ殿を犯人に仕立て上げた挙句、『私はギルドマスターだから一般人より偉い』と宣ったらしいですよ?

 笑っちゃいますよね。

 ガルトラム女辺境伯リザティア・ガルトラム様の保護責任者にエリス様とレオン・ガルトラム様がなって頂いた御方に、だだの宿場町の商業ギルドマスター風情が、何を寝ぼけた事を。

 良かったですね?アキサメ殿にもらって。不敬罪に該当するので処分しても問題にはなら無かったのですが、アキサメ殿はですからね」

『な、なんて事だ...商業ギルドは終わりだ...。

 私は...どうすれば...』


 聞き間違いで無ければ、『商業ギルドは終わり』とマルク様は言った...どういう事?何で商業ギルド全体の話になってるの?


『失礼ながら、断りも無く話す事をご容赦ください。

 私は、辺境都市ガルトで商いをしております、イザークという者です。

 本日は偶々、ギルドマスター・マルクとをしていたのですが、緊急の通信という事でマルクから私も同席して欲しいと言われ、話を聞いておりました』

「これはこれは。王都でも未だその名を聞けばどの商人も駆け引きを止めると言われる、ご高明なイザーク様ではありませんか」

『大変恐縮ですが、私はそれほどの者では有りません。ただの引退した老耄で御座います。

 そんな私にとって、最近の楽しみの一つである将来有望なアキサメさんの名前が聞こえましたので、僭越ながら口を出させて頂きました。

 それで、アキサメさんが商業ギルドを脱退したというのは事実でしょうか?』


 イザーク・パンドラム...パンドラム商会を立ち上げ、一代で王国一の大商会にまで成長させた傑物。

 息子に商会を譲り、引退後は辺境都市ガルトで新たに小さな商会を立ち上げてのんびり余生を過ごしているとか。

 そんなイザーク様が将来有望と言うアキサメ様。


「ええ、事実ですよ」

『では、私、イザーク・パンドラムも只今をもって、商業ギルドを脱退するとしましょう。

 カイン様、エリス大公妃殿下に、『お誘いの件、宜しくお願い致します』とお伝え下さいませ』


 どうやら商業ギルド私達は、眠っていたドラゴンの逆鱗に、悪戯半分で火球魔法ファイアボールを放ってしまったらしい。

 

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