◉後悔噬臍は後で勝手にしてくれ。〈前〉〜商業ギルド受付歴1年4ヶ月・フェルミナ〜

「ギルドマスター!!貴女はなんて愚かな事をっ!!」

「そんな.....言わ...も...知らな...のだ...」


 粗相したままの状態で、俯いたままボソボソと言う目の前の女性に更に腹が立ってくる。

 まさか、あんな事を上司が、それもギルドマスターの職を任された組織の長がするだなんて思いもしなかった。

 だいたい、何故こんな奴等がギルドマスターや副ギルドマスターになのかが疑問でしょうがない。大公妃殿下がこの町に立ち寄られていらっしゃるのだから、御連れ様の容姿やご予定ぐらい最低限把握しときなさいよ!朝から挨拶に行って...?あれ、この女さっき階段を降りてこなかった?...まさか!?


「ギルドマスター!貴女は先程まで大公妃殿下にご挨拶に行かれていたのですよね?朝礼の際にご到着予定が早まったと、それに合わせて訪問すると、そう仰ってましたよね?

 先程は3階から降りてきたようでしたが、本当にご挨拶に行かれたのですか!?」

「...........まだ、行ってないわ...」


 呆れた...では今の今まで何をしていたのよ。

 仮にも商業ギルドのマスターが、皆の前で通達約束した事をさらっと破るとか...。


「...確認ですが、今まで何をしていたのでしょう?大公妃殿下よりも優先すべき案件があったとは聞いていませんが?」


 普段なら言わないような嫌味を発するほど、苛々が加速する自分がいる。せめて最低限やるべき事くらいやりなさいよ...。

 あぁもうっと視線をずらしたら、未だに倒れたままの副ギルドマスター含めた阿呆3人が視界に入った。

 コイツ等は確実に目を付けられたから犯罪奴隷に堕ちる可能性が高い。取り敢えず逃げないように拘束しておきましょう。


「警備!!そこで泡を吹いている3人を拘束して下さい!」

『その必要は有りません。この場に居るの者は、大公妃殿下の命により身柄を拘束し、事情聴取を執り行います。

 ギルド職員も含め、全員速やかにホールに集合しなさい。

 尚、少しでも怪しい行動をした者は、犯罪者として、即刻処分しますので御注意下さい』


 最悪だ...


 玄関の扉が開けられ、そこに立っていたのは立派な鎧を身に纏った騎士達。

 堂々と中に歩いてくる先頭の御方は昨年のルーク王国剣術大会で初出場で3位に入賞されたカイン・ザンダーグ様。

 王国騎士団からの誘いを断ってエリア大公妃殿下の護衛騎士に志願した見目麗しい超・将来有望な騎士。

 そんなルーク王国一般女性を虜にする彼が、玄関ホール内の温度を下げる程の剣呑さを放ちながら近づいて来る...。

 出来る事なら、違うシチュエーションでお会いしたかったと思う私の乙女心とは裏腹に身体は正直で、気を抜くと今にも腰を抜かしそう。


「カイン・ザンダーグ様。商業ギルドへようこそおいで下さいました」


 なんとか、本当になんとか、何百回も繰り返してきた挨拶をし、頭を下げる事が出来た。

 おそらく私の顔には笑顔が貼り付いている、そう信じたい。


「頭を上げて下さい。ギルド職員と見受けますが、この現状の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?

 後、ご存知のようですが私はカイン・ザンダーグ。エリス大公妃殿下の護衛を拝命しております」


 想像以上に丁寧で、物腰の柔らかい口調に先程までの剣呑な雰囲気とのギャップに驚く。

 そして、上位の立場の人間に先に名乗らせた失態に気付いた。


「申し訳有りませんッ!初めまして、わ、私は商業ギルド職員で受付を担当しております、フェルミナと申します」

「ではフェルミナ嬢と。

 早速ですが、どうやら貴女が1番まともな様子なので今回の顛末と、フェルミナ嬢の知り得る商業ギルドの実態を正直に話して下さい」


 私は、正直に今回の件の話す。

 それに加えて、ギルドマスターが黙認し、副ギルドマスター主体で行っていた金貸しの実態や、そこで気を失っているサリーと男がアンナに付き纏っていた事、これら全てについて副ギルドマスターにより緘口令を出されていた事。

 少し、ギルドマスター達に対する今までの鬱憤も含めて話してしまい、話し終えた後に自分のこれからの事が脳裏によぎり、緊張してしまう。


「分かりました...先ず、正直に話して頂き感謝します。後ほど改めて事情聴取させて頂きますが、フェルミナ嬢からのについては、私からエリス様に進言させて頂くと約束します」

「は、はいッ!御配慮頂きありがとうございます!」


 カイン様からの言葉で、首の皮一枚繋がったと感じる。周りの他の職員達が恨めしそうに私を見ているが、行動に移さなかった己を恨んで欲しい...私だって今の今まで見て見ぬふりをしてきたから、強くは言えないんだけど。


「では、先輩方は事情聴取の方をお願いします。

 私は、この件についてしておかないといけない人物がいますので、そちらに取り掛かります」

「了解...で?誰に話しすんだよ、カイン?」


 先輩、と呼ばれた精悍な騎士様がカイン様にそう尋ねます。

 私も気になる。

 エリス大公妃殿下によって裁かれると思っていた矢先に、誰に話を?

 カイン様は〈忠告〉と仰ってたから、この地の領主に話をするのかしら?でも、それなら貴族の話し合いになるはずだからエリス大公妃殿下が直接お話をするはずよね?


「この地の領主にはエリス様が書簡を出されると思われます。私がのは、ちょっとした知り合いの一般人、ですよ」

「あ。分かった気がするわ〜...ご愁傷様だな、

 苦労人ってのはああいう人の事を指すんだろうな。程々にな、カイン」


 え?誰?苦労人って...商業ギルドの問題を伝えるのよね?一般人、それも平民?


「さぁ?相手次第ですね。

 フェルミナ嬢、商業ギルドには遠距離通信魔道具がありますよね?おそらくギルドマスターの執務室にあると思いますので、持って来て下さい」

「は、はい。只今お持ちします!」


 カイン様に言われた通り、階段を急いで駆け上がってギルドマスターの執務室に入る。

 ギルドマスターあの馬鹿はさっきまでのんびりとお茶でも飲んでいたのだろう、テーブルの上のカップには少し紅茶が残っており、お菓子の食べかけが幾つか見えた。

 腹立たしい!来客用の高級茶葉まで使って!


ーーーバタンッ!!


 魔道具を持ち部屋から出て、憎しみを込めながら乱暴に扉を閉めてやった。お菓子や紅茶、扉に罪は無いのに、ごめんなさいね?全てギルドマスターあの馬鹿が悪いの。


「お、お待たせ致しました、遠距離通信魔道具をお持ち致しました!」


 少し息が切れてしまったのは、さっきの光景のせいだと思う。

 カイン様に言われテーブルを用意して、その上に魔道具を置いた。

 一体誰に話をするのか?それが今から判明する。ちょっと興味本位でドキドキしていた私は、次のカイン様の言葉で我に返った。

 先程とまでは打って変わったカイン様の、冷たく鋭利な刃物のような言葉のせいか、それともまさかの大物の名前が出た事による驚きか、もしかしたら両方か。




「辺境都市ガルトの商業ギルド、ギルドマスターの繋げて下さい」


 


『私は既に商業ギルド員ではありません』


 アキサメ・モリヤ様の言葉が冷え切った頭の中に響く。

 私達商業ギルドは、大きな勘違いをしていたのかも知れない。

 目に見えるエリス大公妃殿下の権威に怯え、もっと重大事項を見逃していたのだと。

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