◯◯◯のアンナ。〜私は、無実です〜

「ふ〜ん。そんな事がねぇ〜。

 潰しちゃおうかしら?」


 何とも物騒な事をさらっと言うエリスさんに苦笑いを浮かべる護衛騎士のカイン。

 君がちゃんと止めるんですよ?


「そんなのほっとけば良いですよ。何かしてくるようであれば私が対応しますから」

「それが1番恐ろしいから私が代わりにやるんでしょうが。カイン、言ってやりなさい」


 ん?カインが何か?


「アキサメ師匠、実は先ほ」

「いや、ちょっと待って。何その師匠って?」

「いや、師匠は師匠でしょう。俺を導いて下さいましたから」

「いや、いるでしょう?本当の師匠が王都に」

「あぁ、もうあの人を師匠とは呼びません。

 俺の師匠はアキサメ殿だけです!」

「貴方達、そんな話は後でしなさいよ!カイン、ちゃっちゃと本題!」

「えぇ...とても大事なんですが」

「ハッ!失礼しました!

 オホンッ。

 実は、先程この町の憲兵隊の隊長から報告を受けました。

 内容は町の広場での件と、その時の警備隊員の不正行為について、です」


 あぁ賄賂兵の事ですか。


「そっちはお任せしますよ、好きに裁いて下さい」

「それで宜しいのですか?それこそ私的に権力を使うような屑ですけど」

「良いのですよ。興味も有りませんから。

 それに、それは町、領地を任される貴族の問題でしょう?寄っただけの町に興味も無ければ、どうこうしようなんて気持ちも更々有りませんよ」

「...分かりました。こちらで領主に通達しておきます」


 時間の無駄でしょう、そんな事。


「で、本当に商業ギルドはいいの?」

「ええ、どうでも。もう商業ギルドからも脱退しましたし」

「分かったわ。ガルトは商業ギルドを無くしてしまいましょうかしら?イザークには悪いけどマルクにも出て行ってもらおうかしら?」


 何だか恐ろしい事を言ってますが、リズの事を思ってでしょうからね〜。

 母強し、ですね。色んな意味で。


 そんな感じでランチ後のコーヒーを飲みながらエリスさんとの話し合いを終え、本題に入る為に、未だ緊急の面持ちのアンナに話し掛けます。


「では、アンナ。商売の話を...と言いたいところですが少しお伺いしても良いですか?」

「あ、はい。大丈夫です、アキサメさん」

「アンナは、御両親が既に他界されていると聞きましたが、この町にはお1人で暮らしているのですか?」

「はい...去年に両親が馬車の事故に巻き込まれてからは、1人で生活しています...両親は離れた地域から駆け落ちした、と聞いていたので頼れるような親戚も居ません」


 馬車の事故、ねぇ。邪推しているのは私だけでは無さそうです。

 エリスさんがカインに耳打ちすると、カインはそっと個室から出て行きました。


「そうですか。では、この町でこれからも暮らしていきたいですか?町に思い入れがあるとか、そういった感情はありますか?」

「私は、この町に家族で移り住んで2年です。来て1年で両親と別れて、それからは借金の返済に追われて...正直に言えば、もうこの町には居たくありません。

 別の町に移って、アキサメさんにお金を返して行けるように頑張って働きたいです」


 なるほど。この町自体に良い印象が無いのですね。確かに屑な奴等が多そうですからね。


「辛い事を聞いてしまってすみませんでした」

「ッ!?あ、頭を上げて下さい、アキサメさんっ!」

「いえ、不躾な質問でしたから。

 それで、私から提案なのですが」

「は、はい...」


 どんな無理を言われるか、と緊張してますね?確かに突拍子も無いでしょうが。


「アンナ。貴女を私の義娘のリズの専属メイドとして雇いたいのです。

 お給料は、ガルトに帰ってから...ああ、私達は旅の途中なので、旅が終わって辺境都市ガルトに帰ってから、領主代行のレオンさんと話し合って決めましょう。旅の最中は、私からお給料を払いますからね。

 ん〜...1日銀貨1枚で如何でしょう?一応、まだ見習い、という事で」

「えぇ!!私が貴族のお嬢様の専属メイド!?

 見習いでお給料が銀貨1枚も!?」


 あれ?多かったでしょうか?

 そんな私の表情を読んだかのようにエリスさんが説明してくれます。


「多いわよ。見習いでお給料が出る時点であり得ないのに、銀貨1枚なんてそれなりに経験を積んだメイドのお給金と一緒よ。

 それと、アンナちゃん?」

「は、はい!」

「リズは貴族のお嬢様、じゃ無くて、貴族の当主、よ。今はまだ幼いから私やアキサメが保護責任者として導いているのよ」

「当主様!?わ、私にそんな御方の専属なんて大役が!?」


 こらこら、脅さないで下さい。


「アンナが良いのですよ。リズはまだ幼いですが、賢いし、優しい。そんな義娘の側には信頼出来る人間を置きたいのは親の気持ちとしては当たり前の事です」

「で、でも何故、私を?アキサメさんとお会いしてそんなに時間も経っていないのに」

「あ、それは私も思ったわ。のは確かに分かるけど、それだけじゃないのでしょう?」

「そうですね。

 エリスさんの言う通り、しがらみが無い、というのはあります。

 ですが、1番の理由としては〈花〉です」

「...え?花、ですか?」

「花?花が理由になるのかしら?」


 あ、そっか。私は物品限定ですが鑑定出来るから分かりますけど、2人には分からないんでした。


[花〈切り花〉・名称【月光精霊花fairy moon】]

ユルクにて自生する月見花を、精霊王が寵愛するが、正しい方法で採取した奇跡の花。手順は毎回変わり、それは愛し子にしか分からないと伝えられている。採取手順鑑定不可。

 凡ゆる傷病を癒す効能を持つ霊薬〈エリクサー〉の原材料の1つでもある。

 〈月光精霊花〉単体では邪気を祓い、解呪効果を持つ。


「アンナは、精霊王の寵愛する〈愛し子〉なんですよ。びっくりですよね」


 ピシリ、と固まるエリスさんとアンナ。

 そんな目で見られても困りますよ?

 私は何も、していません。無実です。

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