畏懼するという本能を知れば。〈中〉〜課外授業〜

「カイン君。

 君は、ドラゴンに恐怖心を抱いた。

 そんな自分が許せない、そう思っている。

 間違い無いですか?」


 パチパチッ...


「はい、その通りです。

 私は確かにドラゴンに恐怖し、そんな自分を許す事が出来ないのです」


 パチッ......パチパチッ...ボワッ...


 私は一本の薪を焚べてから、伝えます。


「君は、1つ勘違いをしている」

「...勘違い...?」

「ええ、勘違いです。

 あの場において、恐怖を感じなかった者など居なかったでしょう。


 冒頭者達も、翠揃えの騎士団も、そしてレオンさんも。

 皆が皆、怖かったのです。

 間違い無く、ドラゴンに、恐怖したのです。


 それでも、彼らが一歩前へ、恐怖の対象へ刃を向ける事が出来たのは、ただの1つの理由です。


 それは、信念。

 堅く信じて貫く、思い。

 ガルトを愛し、守るという強い思い。


 それが恐怖を上回っていた、それだけです。


 だった1つの確固たる信念で、人間はドラゴンに立ち向かう事が出来る生き物なのです。


 例え、敵わないとしても。

 例え、自分の命を賭ける事となっても。


 決して、諦めない。


 そんな、強い信念を持っていたのです」

「信...念...」

「君にもあるでしょう?

 護衛騎士としての信念が」


 この間、確認しましたよね。


「はい!私は、護衛騎士という立場に、誇りと信念を持っています!」


 将来の楽しみな若人の熱さが、心地良いです。


「そう、それで良いのです。

 君には君の、信念を貫き通すべき時が必ず訪れます。

 その時に、君が自分の信念を貫き通す事が出来るように、今、努力しなさい。

 前にも伝えましたが、努力は君を絶対に裏切りませんからね」

「はい!」


 .....パチッ........パチッ...


 薪の爆ぜる音も落ち着きを見せ、カイン君の表情にあった僅かな陰りも、晴れたよう。


 さてと。

 折角の学びの機会ですからね。

 少しくらい、未来ある若人に指南しても誰も文句なんか言わないでしょう。

 そもそも、ユルクの神様誘拐犯に配慮する必要なんて、全く無いですね。


「さて、カイン君」

「はい、アキサメ殿」


 君に、改めて問いましょう。


「君は、今すぐにでも、


 強くたいですか?


 それとも、


 強くたいですか?


 そのどちらかを私が教授する、と提案した時、君はどちらを選びますか?」


 ......パチパチッパチッ...


「......アキサメ殿、それはど」

「申し訳無いが、理由は後ほど。

 どちらを選んでも良し。

 どちらも選ばなくても、良し。


 1つだけ言えるのは。


 世の中は全く以て不平等であり、平等だと宣う神教徒共でさえ、その実は不平等な立場を受け入れているのです。

 機会は皆平等に与えられる、などという甘言に惑わされる事だけは、無いように気をつけなさい」


 ....パチパチッ.........パチッ...


「...私は、私は強く、強くたいです。

 偽物では無い、本物の強さを、常に持ち続けたい!」

「良いでしょう。

 これは、気まぐれな私の、実に自分勝手な理由で、君だけに行う課外授業。

 強く在りたいと宣う君に贈る、私からの1つの雲濤煙浪うんとうえんろうの景色。

 果てのない高みが齎す情景を心に刻みなさい。

 矮小さに心砕かれる事無く、その眼で見るのです。


 畏懼いく、なさい。


 はばかり、おそれ、本能に刻みなさい。


 己を、存分に知りなさい」


 .......パチパチパチパチッ!バチッ!!


ーーーーードシンッ!!


「ガぁッ!!?グ、ぐァァあああーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 喉を掻きむしりながら倒れ込み、白目を剥きながら叫ぶ、カイン君。


 私の殺気にあてられた彼は。


 恐怖なんて感情など、如何に生温いかを身を以て味わう。

 殺してくれ、と請う神すらも殺してしまうような殺気ソレは、徐々に彼を蝕んでいく。



 本能に深く刻む、畏懼するという本能。


 君ならば。


 君なら、出来るでしょう?


 強く、在りたいのでしょう?


 カイン・ザンダーグ、君。

 


 


 



 

 

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