畏懼するという本能を知れば。〈前〉〜若き護衛騎士〜

 旅は順調に進み、今は野営地にて火を絶やさないよう、薪を焚べています。


 初日のランチにやらかした気まぐれキッチン〈猫厨ねこくりや〉は、エリスさんとの話し合いの末に、1日1回の営業に落ち着きました。

 材料費など気にしないで良いのですが、エリスさん曰く『次回からの旅に支障をきたすから勘弁して!』と。

 どちらかというと、護衛達のモチベーションの問題らしいです。

 という事で、基本的にはディナー担当、町や村に泊まる際は、ランチを賄う事に決定。


 今晩のディナーは、護衛の皆さんで巡回した際に仕留めた〈ボア〉を使った牡丹鍋にしました。

 鍋のスープは量も量なので、日本で市販されている味噌ベースのものに、フライドガーリックや練りごま等を加えて調整。野菜はユルクと日本の物をそれぞれ使いました。


 なごみ亭で食べた〈レッドボア〉には劣るものの、新鮮な猪肉は脂も甘くて大変美味しかった、と言っておきましょう。また食べたいと思えるくらいには、上手く料理出来ました。

 尚、ボアを捌くのに大活躍したのが、カメリア。

 流石はつい先日まで冒険者として活躍していただけあって、見事な解体ショーを披露し、リズやルーチェのキラキラとした尊敬の眼差しを集めました。本人は照れ臭そうに、可愛らしく頬を染めていました。


 食事も終わり、リズ、ルーチェ、カメリアはロイロの部屋へ。シャワーを浴びてそのまま寝る事となるでしょう。

 私は年頃の娘さんカメリアも居るので、が済んだら、マカロンの後部座席を畳んでシュラフに潜り込む予定です。


 薪を焚べる毎、小1時間。

 焚き火の灯りがパチパチと火花を散らしながら揺めき、その幻想的な灯りで読書をしていると、私に用事のある人物が近寄ってくる気配を感じたので、続きはまた今度、と押し花で出来た栞を本に挟む。


 少しは成長してくれたのか、心の乱れが以前よりも少ないな、と思っていると相手から声を掛けてきました。


「アキサメ殿、本日は御無理を聞いて頂き、有難う御座います」


 そう言って頭を下げた若者は、頭を上げて穏やかな笑顔を私に向ける。

 おや、こんな顔も出来るんですね、と素直に感心しながら、返答する。


「良いのですよ、カイン君。エリスさんからも頼まれている事ですし、何よりも、一度は刃を交えた相手を蔑ろにはしませんよ」

「あれを、刃を交えた、と言えるのかと恥ずかしい気持ちもありますが」


 あぁ、私は木の枝でしたっけ。得物だけ見れば、馬鹿にしていると言われてもしょうがないでしょうが、この子ならもう、そんな些事は気にもしないでしょう。


「まあまあ、座りなさいな。今、お茶を用意しますから」


 何も無い空間に手を入れて、日本茶葉、急須と湯呑みと薬罐やかん、コンロの魔道具を取り出す。

 まだまだ日中は暑いとはいえ、夜は少し冷え込むこの時期に、白く昇る湯気が温かさを演出する。

 湯呑みを両手で包み込んで身体の芯を労う。


 パチパチと爆ぜる薪のが、私とカイン君の顔を照らす焚き火の揺らぎが、日本での非日常であり、ユルクでの日常で。

 不思議な情景ですね、と思ってしまう。


「アキサメ殿、お伺いしたい事があります」


 意を決した表情で、カイン君は言う。


「どうぞ。私に答えれる事であれば、幾らでも」


 少し、表情を崩した彼の口が言葉を紡ぐ。


「アキサメ殿は、ドラゴンと対峙して、どう感じたのでしょうか?」

「どう、とは?」

「私は、あの時、ガルトをドラゴンが襲った時、エリス様とリザティア様の護衛任務を完うする為に、全力で取り組みました。勿論、後悔などありません。私は、護衛騎士である事に誇りを持っておりますので」


 良い目をするようになりましたね。

 将来が楽しみな若人ですね。


「ですが、ですが少しだけ、ほんの少しですが確かに、私の中で湧いてしまったのです。

 ドラゴンという理不尽に対する恐怖が。

 怖い、逃げ出したい、そういった感情が私の中に確かに存在したのです。


 それが、私は許せないのです。


 立ち向かうでも無く、護衛として後方に退いた私が、です。

 あの時立ち向かったガルトラムの翠揃えの騎士団や冒険者達が、レオン・ガルトラム様が。

 そして、アキサメ殿が。


 英雄達の心には、私のような弱音なんて無かったはずで。

 遥かに安全な場所で私は...。


 だから私、カイン・ザンダーグは、自分自身を許せないのです」


 先程焚べた薪は、少し水分を多く含んでいたのか、爆ぜる薪の火の粉が、バチッ、バチッと音を立てて夜空に舞う。


 焔に照らされた若き護衛騎士は、その表情を確かに曇らせていて。

 揺らいだ灯りが、その瞳を潤ませているかのように、ゆらゆらと、陰影を作り出していた。


 私から言える事など、そう多くは無いと思うのですが。


「もう一度、問いましょう。

 カイン君、いや、カイン・ザンダーグ殿」


 確りと、目を合わせて。

 視界の隅に、爆ぜる火の粉が舞っている。

 飲み終えた湯呑みを地面に置いて。

 私は、問う。


 「君は、どちらですか?」


 と。


 

 

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