化かす者と化け物と、◯◯猫。

「.............」

「ア、アキサメさん...?」


 私からの言葉が無かったからか、確か、リーゼ、という名前のこの女性は、酷く困惑している様子。やはり、そういう目的があって近づいて来た、という事でしょう。

 成程。お客様として最初に出会った時は気にもしていなかったですが、なんとも欲に塗れた人のようで。


「...何に対する、謝罪でしょうか。私には、わかりかねますが」

「それはもちろん、門番の事についてよ。

 少し、過剰な対応をしたと、報告を受けたわ。リズも謝りに来たみたいだけど、私からもきちんと謝罪しておきたくて」

「そう、ですか」


 あくまでも、門番の責任だと。いや、そういう事にしろ、という一種の命令ですね。

 権力を持つ者、もしくはその係累として育った、如何にも貴族らしい貴族という事ですね。

 その上で、縁をなくしてしまった事自体を、無かった事にしよう、と。


「だから、ごめんなさい。折角、わざわざ美容品を届けに来てくれたのに、受け取れ無くて。

 でも良かったわ。またこうしてお付き合いを続けれるわ」


 厚顔無恥、とは良く言ったもので、それが当たり前だと、心から思っているのでしょうか。

 はたまた、化けの皮が剥がれていないと信じ切っている、阿呆か。

 まぁ、どちらにせよ、


「心から、頂きます。

 御用件がそれだけでしたら、どうぞ、お引き取り下さいませ」

「なっ!?...」

「..........き、貴様!」


 おやまあ。セバスさんまで。剥がれ始めてますよ?拙いですねぇ。


「.....貴方、私が誰だか分かってるのかしら?このガルトの領主となる、リザティアの母親である私に向かって、」

、リズの母親。

 、辺境伯夫人。

 、お客様。

 で?貴女は、何者でしょう?」

「ツ!!?」

「貴様!に向かって!」


 この執事も、阿呆ですねぇ。


「あぁ!成程。、そうか、そうでした。これはこれは、大変失礼致しました、

 筆頭公爵家のリーゼお嬢様。

 流石で御座いますよね。

 公爵家の次は、辺境伯家まで落ちぶれさせるとは」


 先程はおそらく、私に待たされた事への無意識の憎悪。今回は、私に馬鹿にされた事への憎悪を明確に向ける、阿呆なお嬢様。

 そして、もっと阿呆な執事は、それらを行動で示してきて。


「貴様ァァッ!!」


 袖口に隠し持っていた真っ黒な細身のナイフを取り出して、私を突き刺そうと勢いよく飛び込んでっ!...来ましたが。


ーーグシャ!...ポトリ...


「0点」

「ぎ、ぎゃあぁー!!?」


 その刃が届く寸前で掴み、その右手ごと、握り潰して差し上げました。


「セバス!?」


 驚く、リーゼという、阿呆。

 どうせ、何故0点かも分かってないでしょうから、ちゃんと説明をして差し上げます。


「先ず、確実に殺したいのなら、不意打ちは成功させなくては。そんなに大きな声を出して襲いかかっては、いかにも、今から私はあなたを殺します、と相手に教えているようなものではないですか。

 それと、その得物ナマクラを袖口から出して、襲ってくるのは良いんですが、遅すぎます。一連の流れが丸見えでしたよ?

 何と言って差し上げれば良いのか、言葉を探してましたが、生憎見つかりません。

 なので、遅くて遅くて、私、欠伸が出そうでした、とお伝えしておきますね。


 そもそも、刃を黒くしているのですから、暗器のつもりだったのでしょう?

 それなら、投げるなり何なりしなくては。

 それに、こんな真っ昼間に黒く塗った得物を使うなんて、子どもでも分かりそうな事を...正に、稚拙、です。

 だいたい、暗殺とは、相手に気付かれてはいけません。

 相手が、殺された事に気付く事の無いまま、息の根を止めるから、暗殺なのですよ。


 貴方、本当に暗殺者ですか?


 もしも、貴方が本当の暗殺者で、元とはいえ筆頭公爵家のを、過去に担っていて、御令嬢の御護りを任される程の立場に居たというのならば...」


 右手を抱く様に踞る執事を一瞥して、唖然とした表情のお嬢様に視線を向ける。


「.......だ、だったら何よ、い、言いなさいよ!」


 裏返った威勢は、怯えを含ませており。


「ぐっ...はぁ、はぁ...」


 暗殺者が痛みくらいで声を上げるなんて、情け無く。


ねぇ」

「...........?」

「!!ッ...」

「3日、いや、移動時間抜きで2日も頂ければ、十分でしょうか」

「な、何を言ってるのよ...」

「..................」


ーーカツ、カツ、カツ。


 石畳で舗装されたガルトの通りは、私の革靴に合わせて、軽快な音を鳴らす。

 大して離れていた訳でもないその距離の間、一歩も動けずに、次第に震えが酷く、蒼白な顔となったその女の耳元にそっと、顔を近づけて。

 当初期待していたであろう、優しい口調で、物分かりの悪い子供に優しく諭すかの様に、とてもとても簡潔に、教えて、差し上げる。


悪巧みおイタが過ぎるお嬢様と、そこの出来損ないの執事暗殺者


 屋台の裏に隠れている男2人、


 向かいの屋根の上で監視している女1人、


 通行人に紛れて此方を伺う男1人と、女1人。


 お嬢様の公爵家御実家の御家族の皆様方。


 公爵家の裏側に巣食っている害虫の群れ。


 それら全てをひっくるめて、


 皆殺しにして終わらせて、差し上げましょう。


 勿論、自らがそうなったとは、気付く事も出来ないまま、あっさりと、確実に。


それらのに、2日ほど、お時間を頂ければ十分かと」

「..............................え?」





 雲一つ見えない秋空の陽は穏やかに、通りを賑わう人々を暖めて。

 時折、色無き風が蕭条と寂しく吹いて、業の深い化け者共の熱を、奪い去っていく。


 一疋の化け物は、佇んだまま、遠くから聴こえてくる自鳴琴オルゴールのメロディに、愛する黒猫の顔を、ふと、思い出すのであった....


「おい、自由猫ロイロ。さっきから黙って聞いていれば、」


ーー猫が自由で何が悪いニャ!私はアキサメと違って、たぼーなのニャよ。


「私だって仕事中ですよ。邪魔ばかりする阿呆に迷惑していますが」


ーー邪魔するなら、やっておしまい、アキサメさん。

 ニャーハッハッハ!ニャーハッ、ゲホォッ!


「五七五?御老公?魔王?大丈夫?咽せたの?......本当に多忙ですね、ロイロは」


 




 


 

 

 

 

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