◉深刻で致命的な、思い違い。

「という事で、元ガルトラム家貴方達は、リザティア・ガルトラムとの、今後一切の接触を禁止するわ」


 下された沙汰は、単純且つ明快なもの。

 確かに、昨日言われた通り、罪に問われる事は無かった。いや、関わる事すら許されず、私とお義母様、義弟はガルトラム家から放逐されたも同然だった。

 夫のケインに関しては...もう、2度会う事は無いと思う。

 夫は、王都に行けば沢山いる貴族達の同じで、とても貴族らしい考えを持っていた。おそらく、お義母様の幼い頃からの教育の賜物だと思う。義父であるレオン様も、あの人には手を焼いていた様だし。

 悪事が露呈してしまった事も。

 貴族という生き物は、大なり小なりの悪事を平然と行っているものだ。露呈しないように裏でコソコソしたり、そういった事を専門とした組織を使ったりと。

 そういった事が不得手なのに、自覚が無かったのだ。そりゃ、バレもする。

 もう少し上手にやるべきだと、あれほど進言したのに。馬鹿な人だった。

 義弟のマルク様は、若い頃に商業ギルドに加入し、あれよあれよという間にギルドマスターまで上り詰めた、優秀な人物だ。

 夫と血を分けた兄弟だとは信じ難いが、早い段階で貴族になる事を放棄して、商人として身を立てた義弟も、態々、特権階級を得る可能性を自ら放棄するなんて、私にはとても信じられない。結局は、馬鹿な兄弟だった、という事なのだろう。

 お義母様は、残念だった。

 ある意味、同じ目的を持った同志だった。

 だが、レオン様の第2夫人のサーシャ様の毒殺未遂事件の犯人だった、元伯爵令嬢との関係を既に知られてしまっている以上、もう表舞台に名前が上がってくる事も無いだろう。

 暫くしたら実家に帰って、病死か、馬車ごと転落死のいずれかでは無いだろうか。


 さて、私は、どうだろうか。

 アキサメという商人の件は、少々痛かった。

 あの門番も、夫の先走った行動も、大公妃殿下エリス様が偶然居合わせた事も。

 辺境伯家が無くなる前に、離縁を決断していて良かった。あの使えない男と連座で処罰、などお断りだ。

 リズを辺境伯に仕立てる計画は、いける。偶然にも、あの商人がお義父様レオン様に気に入られて、リズの保護責任者になったという。これは、チャンスだ。

 あの商人も男。見た目からして、まだ20半ばで私と歳もそう変わらないはず。少し、色目を使って見せれば、直ぐに落ちるだろう。そうすれば、再び、私が辺境伯家を手中に入れる計画に軌道修正が可能。

 もう1人の保護責任者にエリス様の御名前があるのは気になるが、それくらい、リズが気に入られたという事だろう。

 あの馬鹿より、リズが女当主となれば、私はーー


「リーゼロッテ」

「は、はい。エリス大公妃殿下」


 驚いた、急に名前を呼ばれるなんて。


「リーゼロッテ、1つだけ。

 貴女の、実家の筆頭公爵家の事情を、私は、貴女が考えている以上に、わ。

 だから、敢えて、忠告してあげる。


 良く考えてから、行動しなさい。

 貴女が思う以上に、

 世の中には、理不尽が溢れているの。

 貴女が知る以上に、

 世の中には、どうしようも無いくらい、

 どうしようも無い存在が、いる。

 もしも、貴女が、そんな存在モノに出会ってしまったのなら、

 もしも、機嫌を損ねてしまったのなら、


 覚悟しなさい。

 その瞬間、貴女と、貴女を取り巻く全ての、終わりよ」

「は、はい....」


 何が言いたいんだか。

 あんまり派手な行動は、危険。下手をすれば、どうしようも無い存在、つまり、国王陛下の耳に入るかも知れない、そういう事かしら。

 ご忠告有難う御座います、陛下の姉君エリス様。


 さぁ、あの商人、アキサメに会いに行きましょうかしら。

 夫が知らぬ間に犯罪に手を染め、娘とも離されて、泣く泣く実家に帰ら無いといけない、可哀想な女性を、演じ切って見せるわ。


 私の輝かしい未来の為に。

 待っててね、今行くわ、アキサメ






「あ〜あ、行っちゃった。あんなに気持ち悪い顔しちゃって。

 大丈夫かしら?どう思う、カイン?」

「主様の仰った通りではないでしょうか。

 どうしようも無いくらい、

 どうしようも無い存在。

 私でしたら、まだ、ドラゴンを討伐して来い、と言われたほうが、生きた心地がしますね。

 アキサメ殿化け物と敵対するくらいなら、そっちの方が、よっぽど可能性があります」

「そうよね〜。カインったらボコボコだったもんね。まさか真剣相手に木の枝で、しかも途中から目まで閉じて。本当に、反則よね...」

「...それと、利き手は使ってませんでした。

 私は、絶対に、2度と、敵対したくありません」





 思ってた通り、門番の対応に怒っているわね。よし、今よ、セバス、合わせなさい。


『アキサメさん!ごめんなさい!』

『アキサメ殿、申し訳御座いませんでした』


 いけない、少しニヤつくのが分かるわ。

 さぁ、アキサメさん、私を慰めて頂戴!

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