椿の花の散り様を、私は美しく思うのです。〈前〉
「アキサメさん、ココだよ。この店の煮込みが美味いんだよ」
私の前を歩く事5分ほど。1つの屋台まで連れて行ってくれたカメリアさんは、そう言って振り返る。
「あ、良い匂い。これは期待出来そうですね〜」
「だろ?この屋台のオッサン、ガイさんって言うんだけどさ、凄ェ料理の腕が良いんだよ。安い、美味い、腹一杯になる!アタイらみたいな冒険者御用達の屋台さ!」
確かにカメリアさんの言う通り、屋台周辺には良い匂いが。食欲を駆り立てる
「確かに、そういう
「みんな美味くて安いモンには詳しいのさ。さ、並ぼうぜ」
カメリアと共に列に並び、順番を待っていると、周りの人達の話し声が耳に入ります。
「昨日、ワイルドカウの群れに追っかけられてよーー」
「東の森で、オーガの番が出たらしいぜーー」
「やっと、魔鉄製の剣が手に入るぜーー」
ワイルドカウ?野生の乳牛?それも魔物なんでしょうか?牛乳が搾れるのですかね?
「最近、少しずつだけど、魔物の動きが活性化してるみたいなんだよ。アタイ達の居るこのガルトは元々辺境だから強い魔物も多いんだけど、噂では都市部でも、強い魔物がちらほら出るんだってさ。物騒だよな」
「そう、なんですね...何事も起きないと良いのですが」
「らっしゃい!お!カメリアじゃねーか。なんだ、珍しく男連れかよ!レミルはどうした?ケンカでもしたか?」
「...ウザいよ、オッサン。今日は休養日だから、レミルは...用事があるんだよ。
この人は、オッサンと同じ屋台の店主で、アキサメさんだよ。そこで偶々会ったから、昼メシに誘ったんだ」
「初めまして、店主。アキサメと言います。今日は、この少し先で屋台をやっております」
「おお、そうか同業者か。俺はガイってんだ、よろしくな、アキサメ!」
「はい、ガイさん」
「もういいだろ、煮込みを2つくれよ、オッサン」
「あいよ!毎度あり」
お値段一杯500ルク。日本でいうところのワンコインランチですね。こちらでは5枚ですけど。
結構大き目の器には、牛っぽい肉の塊や野菜がごろごろと入っており、スープの色は香辛料の為か少し赤茶色で、上から散らしたフレッシュハーブ?の緑色が彩り良い。
あ、分かった。あれですよ、あれ。
スープカレー。別名、薬膳カリィ。
でも、こんなに複数の
「良い匂いだろ?この店は香辛料を贅沢に使ってるこの煮込みが有名なのさ。
なんたって、あのメリザさんに認められて香辛料類を仕入れさせてもらってるんだからな。オッサンは凄ェよ」
「へぇ〜...」
やはり珍しいんですね。
それにしても、メリザさん、ですか。テリーさんの奥さんのメリザさん?それとも別のメリザさん?
「あっちで食おうぜ」
少し離れたテーブル席が空いていたので、2人で座って食べる事に。
煮込み料理の味は...美味い!!
日本のスープカレーとはもちろん違いますが、スパイスの効いたスープに、しっかりと下処理された謎肉は臭みも無く、ごろごろ野菜にもしっかり火が通り味を含んでいて。
それでいてボリュームも満点。これは
「美味しいですね〜。これで500ルクなら繁盛するのも納得です」
「だろ?オッサンはアタイ達庶民の味方なのさ」
それから、昼ご飯を食べながら昨日のハンドケア体験の話をしたり、冒険者稼業の話に耳を傾けたり。
ハンドクリームを使ったナイトケアもして、朝起きた時の自分の手を見て吃驚したんだ、と笑顔で語るカメリアに、微笑ましく思いながら相槌を打つ私。
ですが、冒険者稼業の話をしているカメリアの顔に、少し、憂いのような陰が差したのが妙に気になってしまって。
「何か、心配事や悩み事があるのですか、カメリアさん?」
「...やっぱり、接客業のアキサメさんには分かるか。
実は、相棒との事で少しね」
「相棒、先程ガイさんが言っていた、レミルさん、の事ですか?」
「そう。レミルの事。アキサメさんは覚えてるかな?昨日も一緒に居た、神官の...」
あぁ、いらっしゃいましたね。カメリアさんを必死で宥めていた、金髪の女性。
「レミルはさ、結構デカい商家の三女なんだ。
末っ子だったレミルは、だいぶ自由に育てられたみたいで、後を継ぐ、なんて可能性も無くて、別で商売をやるにも本人にその気が全く無かった。
偶々、回復魔法を含めた魔法の素質があったから冒険者になろうと決めて、ギルドでの登録手続きの際、偶然隣で同じように手続きをしていたアタイと出会って。
お互い歳も近かったし、同じ新人、前衛のアタイと、後衛のレミル。バランスも良かったし連携も上手くいって、相性が良かった。何よりお互いに良い友人に巡り会えた事を喜んだよ」
そこで一区切りして、水の入ったカップを呷るカメリアさん。少し渇いた喉か、心かを潤したいが為にか。
「レミルにはね、幼馴染が居るんだ。
昔、野営中の焚き火の前で、幼い頃に結婚の約束をしたんだ、って恥ずかしそうに教えてくれたのを今でも覚えてるよ。
その幼馴染は、同じように大きな商会の1人息子でね、学院に通う為に家族で王都に引っ越したのさ。レミルは自分とは違う、幼馴染の立場を思って身を引いたつもりだったんだけど、相手は違った。
しっかりと王都で学院を卒業した後、王都の商会本店で下積みを経て、祖父の住むこのガルトで支店を任されるまでになり、帰ってくる事になった。
昨日の夜、プロポーズされた、そう言ったレミルの幸せそうな、本当に幸せを掴んだ親友の泣き顔がさ、めっちゃくちゃ綺麗でさ。
アタイも一緒になって泣いたよ。良かったな、幸せにな、そんな事を伝えながら。
ーーあぁ、冒険の終わり、なんだ。
落ち着いたら、そんな事ばっかり頭の中に浮かんじゃって。
やる気は起きないけど腹はしっかり減って、屋台で食べようとして」
「私を見かけた、と」
「そう、その通り。ごめんな、アキサメさん。こんな話を聞かせちゃって。つまらなかったろ?」
「1人の冒険者が引退する、良くある話だよ」そう自分に言い聞かせているようなカメリアさん。
足下に置かれた戦斧には、手入れだけでは消えない細かな傷が沢山あって。何度も巻き直された筈の持ち手の布には、カメリアさんの力一杯握った跡がくっきりと残されていて。
後少しで、花ごと散り落ちるのを準備をする、赤い椿の如き高潔さと、儚さが、くっきりと残されたかのよう。
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