椿〈camellia〉の赤。

 仲良し兄妹が帰ってから、それまで遠目で見守っていた人達が、ちらほらと〈気まぐれ猫〉に来店されます。


「いらっしゃいませ。ようこそ〈気まぐれ猫〉へ」


 物珍しさにオルゴールを手を取っては、横から、上から、下からと観察して。

 あぁ、そんなに振っちゃダメですよ、かわいいお客様。


「変わった箱ね〜。こんな箱から音が聞こえるなんて...あぁ!坊や、そんなに振ったらダメよ!?」


 若いお母さんは、抱いている赤ちゃんがいつの間にかオルゴールを手に持っているのに気付いて、慌てて取り上げる。


「ごめんなさいね、店主。ウチの坊やったら、もう」

「いえいえ。赤ちゃんは元気が1番ですよ。お怪我だけはなさらないようにお気を付けください...そうだ、良かったら赤ちゃん向けの曲、聴いてみませんか?」

「坊や向け?そんな物があるの?」

「はい。元気いっぱいの赤ちゃんにはピッタリなのが」


 そう言ってカウンターに並ぶオルゴールから1つ選んで、ゼンマイを巻き、手のひらに乗せてお母さんと赤ちゃんの側まで近づけます。


〜♩〜〜♫〜...〜♩〜〜♫〜...


 眠れ 眠れ 母の胸に

 眠れ 眠れ 母の手に


 シューベルト作曲の子守歌lullaby

 オルゴール音で聴くと、とても穏やかで安らぎますね。


「あら、坊やったら寝ちゃったわ...いつも寝付きが悪くて、ぐずってばかりなのに...。

 確かに、元気いっぱいのウチの坊やにはピッタリかも」

「寝る子は育つ、と言いますしね。これでお母さんも少しは休憩して下さいね」


 どこの世界でも、母親は大変なのです。

 赤ちゃんにとっても、お母さんにとっても、ピッタリな曲だと思います。


「うれしい!それ、オルゴール、だったかしら?買うわ。おいくらなの?」

「1つ、600ルクです」

「え!?安過ぎじゃないかしら?もっと高い物だと思っていたわ...」

「お客様方に音楽に触れてもらって、楽しい気持ちになって頂きたい、そんな音慈さん職人の想いと、お客様に喜んで頂きたいという私の気持ちです。親子で音楽を楽しんで下さい」

「ありがとう、坊やと一緒に楽しませてもらうわ。その職人さんにも感謝を伝えておいてね」


 銅貨6枚、600ルクを受け取り、オルゴールを紙袋にそっと仕舞って、渡す。

 赤ちゃんは、スヤスヤと夢の中。正に、天使の寝顔です。

 起こさない様にお辞儀だけして見送ると、次のお客様から、声をかけられて。


「これ、どうやったら動くの――」

「いらっしゃいませ、――」


 それからは、昨日の〈天使の祝福ハンドクリーム〉の時ほど混み合う事は無く、コンスタントにお客様が来店される感じで、気が付けばお昼時。

 そう言えば、昨日の営業の時食べ損ねたあの屋台...今日は出店してるのかな?食べたかったなぁ。


 一旦、屋台に〈休憩中〉の札を掛けて、屋台通りをお昼御飯がてら散策してみる事に。


「あ、あそこのスープ美味しそう...いや、あちらのパンで何か挟んだやつも良い匂いが...いけません、全部食べたい!」

「アハハハ、店長さん腹減ってんのかい?」


 そう、声を掛けられて振り向いてみれば、ハンドケア体験で可愛らしい反応を見せてくれた、赤髪の冒険者のお嬢さん。

 トレードマークの戦斧を背中に背負い、腰に手を当てて立つ姿が様になっています。


「あらら。こんにちは、お嬢さん。お恥ずかしい独り言を聞かれたしまいましたね」

「そんなことないさ。私だって腹が減ってしょうがなっかったんだよ...店長さん、良かったら一緒に昼メシ食べないかい?」


 おや、ランチに誘われるなんて、何年振りでしょうか。

 しかも女性からのお誘いなんて。


「いいですね、是非ご一緒させて下さい。

 実はどの店が美味しいとか、おすすめを教えて頂けたら嬉しいです。

 私、ガルトに来て日が浅いので、全然知らなくって」


 なごみ亭の店主のご飯が美味しいという事しか知らなかったりします。

 安くて美味しいお店、リサーチしたかったんですよね。


「え!?マジで?てっきりこの街は詳しいと思ってたよ。なんか、街の人とも慣れた感じで接客してたし、可愛らしいハーフエルフの従業員も雇っていたしさ。意外だよ」

「皆さん、ほとんどの方が初対面ですよ。そもそも、ユーミヤ大陸にも来たばかりですからね。小さい島国育ちの田舎者です」


 この世界ユルクではありませんが。


「まさかの離島出身かよ...どおりで、あんな珍しい商品を売ってたんだな~」


――グ~~~~ッ


「...ゴメン、先に昼メシにしようか」

「...お願いします、あ、そういえば。

 遅くなりましたが、私、〈気まぐれ猫〉を営んでおります、アキサメ・モリヤ、と申します。お見知りおきを」

「そういえば、あのエルフの子が『アキサメさん』って呼んでたね。

 私の名前は、カメリア、ただのカメリアだよ。よろしく、アキサメさん」


 破顔一笑で名乗った彼女の髪は、日の光を浴びて鮮やかに輝く。

 昨日は気付けなかった、少し紫みがかったその赤髪は、少し懐かしい椿の花の色で。

 椿camellia

 笑顔の素敵な彼女にピッタリの名前じゃないですか。 



 

 

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