小さな、小さなその手で掴むモノは。〈後〉

「2人とも、楽しかったかい?」

「うん!たのしかった!」

「あの、ありがとうございました!」

「どういたしまして。私も、とても楽しませてもらいましたから」


 〈気まぐれ猫〉の店先で話していると、屋台前の通りを歩く人々が、いつの間にか立ち止まって此方を伺っている様子に気付く。

 先程の演奏会が物珍しかったのか、中には屋台の奥の方に目を配り、奏者を探しているようにも見える人も。

 忙しく、なるかもしれませんね。

 先に、目の前の小さなお客様の接客を。


「気に入った物があったら、買ってってね。

 お値段は、そうだね...1つ300ルクで良いよ。今日のお客様第一号だから、特別、ね。他のお客様には内緒にしてくれるかい?」

「え!?そんなに安くしてくれるの?もっと高いと思ってた!」

「シ〜〜〜ッ、声が大きいよ、内緒、内緒」

「そうでした...ごめんなさい」

「もう!おにいちゃんったら」

「ごめんよ、ミリィ。だってビックリしたからさ...」


 仲の良い兄妹は、「おこづかいで買えるから、1個選ぼうね」「うん」と言ってオルゴールの並ぶ屋台へ走って行きました。

 私は後を追って、「少しゼンマイを巻いて、曲を聴いてごらん。お気に入りが見つかったら声を掛けてね」と2人に話しかければ、早速、お兄ちゃんが手に取ってゼンマイを巻き、仲良く耳を当てて、わいわいと楽しそうに選び始めました。


 さっきまで居た黒猫ロイロオルゴールを置いてあるテーブルに戻ると、再び、オルゴールは音を奏で始めていて、回る黒猫に目をやってみれば...あらら?ロイロ?

 いつの間にか、だだの黒猫の人形に戻っていて、何処に行ったんだか、と心当たりのある看板を見れば...居ないですね。本当に猫らしい、猫ですよ。


「店員さん、決めました!」

「きめました!」

「分かりました。少し、貸してくれるかな...」


 女の子が、まるで大切な宝物でも持つかのように、その両手で大事に持つ小さなオルゴールを預かって、裏面にある曲名を確認した後、そっと優しく、その小さな、小さな手のひらに渡してあげました。


「気に入ってくれたのかな、その曲」

「うん!やっぱりさいしょにきいたこのおとたちが、いちばんわらってたから!」

「そっか。そうだね、お嬢さんにはそのオルゴールが、音楽が1番似合ってる。私もそう思うよ。

 そうだ、もう1つオマケ。

 このオルゴールを作ったお爺さんのそのまたお祖父さんが、ミリィちゃん渡して欲しいって。

 とても可愛いハチドリhumming birdを模したピンク色のペンダントだよ。

 オルゴールと一緒。ミリィちゃんにピッタリさ」

「えへへ〜ありがとー、さん」

「ありがとうございます、アキサメさん?」

「はい、初めまして。私、〈気まぐれ猫〉店主で、モリヤ・アキサメと言います。

 本日は、お買い上げありがとうございます」


 ミリィちゃんにペンダントを着けてあげ、お兄ちゃんから300ルクを受け取る。

 お待ち帰り用の紙袋には入れずに持って帰るとの事だったので、サービスで飴玉を幾つか内緒で入れ、こっそりお兄ちゃんにだけ教えたら、満面の笑みでお礼を言われました。


「ありがとうございました!」

「ばいばい!」

「また来てね。気をつけて帰るんだよ」

「はーい!」

「はい!」


 仲良く手を繋いで帰る兄妹の背中に手を振りながら、ミリィちゃんが大事に片手で抱き抱えるオルゴールの事を思う。


[楽器〈自鳴琴オルゴール〉・名称【小さな音楽箱(音楽神の祝福)】 製作者【オトチカ・スズキ】]

異世界・地球で発明された、機械仕掛けにより自動的に楽曲を演奏する楽器の一つ。制作技法及び材質鑑定不可。異世界のオルゴール職人オトチカ・スズキの作ったオルゴール。丁寧に1つずつ手作業で作られた逸品。曲名は〈やさしさに包まれたなら〉。ハチドリhumming birdの祝福ペンダントと併せて道具契約済み(ミリィ)。契約者に、健康増進(中)、招福効果(大)、美声効果(特殊)、音楽神の加護、付与(永続)。



「優しさに、包まれたなら」


 きっと、神様がいて、ミリィちゃんを見守っていてくれるのでしょうね。

 小さな、小さなその手で掴んだオルゴールが、彼女の人生により多くの幸せを奏でてくれる事を願います。

 ふふふ、柄でもない。

 私が、神に何かを願うとはね。



—―オルゴールの音は、響き続ける。


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