小さな、小さなその手で掴むモノは。〈前〉

 まさかのオルゴール人形猫にお出掛け中だったロイロが、上機嫌でクルクルと回りながら楽しげにメロディを〈気まぐれ猫〉の周りへと響かせます。


〜〜♪〜〜〜♫〜〜〜♩♫....


 他の楽器とは違う、どこか懐かしくて、子供の頃に集めた宝物を詰め込んだ秘密の引き出しを開けた時のようなワクワクする気持ちと、少しだけ感じさせる古めかしい哀愁のような儚さが、大人となるにつれて錆びつき始めていた思い出の扉の蝶番の潤滑油となって、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。

 回るゼンマイが奏でる旋律メロディが、通りを歩く人々の心を優しい秋の日差しのように温めて、物語へと誘って。


「これは、誰が演奏しているのですか?」


 久しぶりに聴いたオルゴールの音色に浸っていると、黒猫ロイロオルゴールの乗ったテーブルの向かい側から、1人の男の子に声を掛けられました。


「いらっしゃいませ。ようこそ〈気まぐれ猫〉へ」


 歳の頃は10代前半、日本なら中学校に上がったくらいの、男の子。

 異世界ユルクらしいその青みがかった髪は短く切られており、その茶色の瞳で、鳴り響く音の元をキョロキョロと探す。

 彼の左手の先には、手を繋いでいる彼と同じ青髪の女の子が居る。ただ一つ違うのは、その子の目は閉じられたまま。


「おにいちゃん、すぐ近くだよ?」

「え?誰も楽器なんて弾いてないよ?」

「音、音楽を奏でているのは、この箱ですよ。

 これは、機械仕掛けの楽器で、ゼンマイを巻いて音楽を奏でる楽器、オルゴール、と言います。綺麗な音でしょう?」

「え!この箱が演奏してるの!?ミリィ、ミリィの手で持ち上げれるくらいの小さな箱が、この演奏をしてるんだって!すごいね!」

「えぇ!?そうなの?すごいね、おにいちゃん!」

「うん!」


 初めて触れる音楽、なのかな?兄妹は楽しそうに、笑顔でオルゴールの奏でるメロディに身体を揺らす。


「ふ〜ふふふふ〜ふ♪か〜みさまがいて〜♫」

「ッ!!!」


 えっ!?この女の子、なんで歌詞を!?


「ミリィ、どうしたの?この歌知ってるの?」

「え?しらないよ。そうきこえたよ?」

「え〜?僕には聴こえないや」

「ふふふふふ〜♫つつまれたら〜♪」

 

 .....ニャ?

 丁度その時、黒猫ロイロに目を向けると、その小さな人形の体で歌ってましたよ....。


「お嬢さんは歌が好きかい?」

「うん!すき!」

「ミリィは歌うのが上手いんだよ!」


 そうですね、確かにとても上手。

 耳が、とても良いのでしょう。私や少年には聞こえないロイロの声まで拾っているみたいですし。


「確かにとてもお上手だね。他のオルゴールも聴いてみるかい?」

「ほかにもあるの?きいてみたい!」

「良いんですか?...その、売りものなんじゃ...?」

「いいのいいの。君達は気にしないで、オルゴールを楽しんでよ」


 私は、屋台のカウンターに並べた商品の方の、小さなオルゴールのゼンマイを、ひとつずつ巻いて、クラシックからアニメソング、童謡、一度は耳にした事があるような曲から、オルゴール音だと全く別物のように聴こえる、日本で流行った曲。

 それらを奏でるオルゴール達が、ジャンルの違う音楽らが、まるで一つの演奏会コンサートのように音を重ねて、響き渡る。

 〈気まぐれ猫〉の店先が、色んな音が溢れる、摩訶不思議な世界の入り口にでもなったかのように、周りの景色から切り離されていく。


「うわぁ!?凄い、凄いねミリィ!」

「........」

「ミリィ?どうしたの、ミリィ?」


 音楽の世界に足を踏み入れた少年は、その左手で繋いだ、盲目の妹へ問いかける。


「ここは、すごいね。おとたちがたのしそうにあそんでる。うれしそうによ」

「ミリィ?」

「お嬢さんに、かい?」

「うん。たのしい、うれしい、あそぼ、って」

「そう、ですか。お嬢さんは愛されているんだね、音楽に」

「僕には、聞こえないなぁ」


 音慈さん、

 ちゃんと、渡しておきますからご安心を。


「ふふふ。楽しんでって下さいね」


 やがて、一つ、また一つとオルゴール達が終曲フィナーレを迎え、少しずつ辺りが現実へとその色を戻していき、最後のオルゴールが、優しく音を響かせた。

 いつの間にか、黒猫ロイロも歌うのをやめていたようで、〈気まぐれ猫〉はオルゴール演奏会の余韻に浸っていた。


ーーぱちぱちぱちぱち!


「みんな、ありがとうー!たのしかったねー!」


 盲目の少女audienceのstanding ovationを受け、終わったとばかりに思っていた一つの小さなオルゴールが、最後の最後に一つ、音を弾いた。


 ......♪(tin)。


 オルゴールの櫛の音は、とても綺麗に澄んでいて。

 今日の秋晴れの様にどこまでも青く、広く。

 どことなく、優しい。






『なぁ、秋雨。1つ頼まれてくれんか?』

『ええ、勿論。私で出来る事なら喜んで』

『ありがとよ。

 実はな、このペンダントなんだが、今朝、ウチの飼ってる猫が、フラッと咥えて持って来たんだがな、儂自身も忘れてたんだが、儂の祖父さんから子供の頃貰った物でな。

 そん時、祖父さんに言われたんだよ。

 〈このペンダントは、音の表情かおが見える奴が持つ物だ、儂には見えなんだが、音慈なら見えるかもな。もしお前でも駄目なら、見える奴に渡してやってくれ〉ってな。

 儂には結局見え無かったわ。

 もしも、もしもだぞ、秋雨がオルゴールを聴かせた人間の中に、音の表情かおが見える奴がいたら、このペンダントを渡してやってくれんか?

 爺の爺からのプレゼントだ、ってよ』

『.....分かりました。出会えるかは分かりませんが、その時は必ずお渡しすると約束します』

『頼むよ。それにしても、なんでまた今朝に限ってペンダントこんな物持って来たんだかな、ウチの飼い猫タマは』

『何故なんですかね。...猫は気まぐれ、と言いますからね』

『それも、そうだな』





 

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