〈気まぐれ猫〉今日も営業を始めました。

 レオンさんと話を終え、一旦客間に戻った私はすぐに仕入れへ。


ーー〈転移扉〉


「あ!おはようニャ、アキサメパパ!」


 .....こんな時だけしっかりと起きてるとは。


「おはよう、ロイロ。パパ、はやめて下さい。ただの父親代わりですから」

「変わらないニャ、どっちでもパパはパパニャ〜♪」

「随分と嬉しそうですね?」

「アキサメに娘ってコトは、私の娘もどーぜんニャ!家族ニャ!

 ウチのアキサメは女っ気がないままで、心配してたニャ。つがいより先に子が出来たのはびっくりニャけど、目出度い事ニャ〜♪私の肩の荷も軽くなるってもんニャ」


 貴女は私の母親ですか...楽しそうにしてるから放っておきましょう。


「そうですか。私は仕入れに行ってきますよ」

「行ってニャ〜♪」


 そう言って仕入れ先へと続く扉の取っ手に手を伸ばす。

 今日の商材は、楽器です。

 とは言っても、弦楽器や打楽器、管楽器などの演奏する物ではなくて、ゼンマイ仕掛けの機械を組み込んだ、自動演奏する楽器。自鳴琴オルゴールです。

 勿論、ユルクには無い物です。

 音楽は演奏会や、貴族が音楽家を招いて演奏させるもの。一般の方達にはあまり聴く機会も、余裕も無いようなので、オルゴールで幸せな気分になってもらえると良いな、と思って。


 .....リズやルーチェのお土産としても。


「鈴音自鳴琴制作所へ」


 扉を開けた先で出迎えてくれたのは、直径1.5メートルはある、巨大なオルゴール。

 ここ、鈴音自鳴琴制作所の所長兼職人である、鈴木 音慈おとちかさんが、来所する人をビックリさせて、その反応を楽しむ為だけに面白半分で作った作品。非売品。しかも、もの凄く綺麗な音を奏でる逸品だったりする。


「音慈さ〜ん、こんにちは〜!」


 奥の作業場からドタバタとした音が聴こえ、巨大オルゴールの横にある扉が開いて、1人の老齢の男が姿を見せました。

 相変わらずの強面が懐かしさを感じさせます。


「なんじゃ、秋雨か。随分と久しぶりじゃな」

「ご無沙汰してます、音慈さん。お元気そうで」

「お陰様でな。秋雨も元気にやっとるようだの」

「はい。有り難い事に健康です。

 今日は、仕事でお伺いさせて頂いたのですが、お時間宜しいでしょうか?」

「仕事か。良いぞ。今日はどんなオルゴールを買い付けに来たんだ?」


 この会社、品質はピカイチなんですが、中々売ってくれない事で有名なんです。

 初めて来た時は、1分と経たずに音慈さんから閉め出しをくらい、その次も、そのまた次も。

 20回目の来所で、漸くお仕事の話が出来ました。その時の音慈さんに言われた言葉は、『こうも懲りずに毎日来られては、まるで儂が悪者のように思ってしまうわい』。だって、仕入れ可能不可能は別として、話くらい聞いて欲しいじゃないですか。


「実は私、独立しまして。新しく小さな店を初めたのですが、その店がある国は、まだまだ音楽が一般的に普及しておらず、どちらかと言えば貴族金持ちの道楽でしかないのです。

 もっと庶民の方々に日々の生活の中で、音楽をもっと身近に感じて頂きたくて。音を楽しんで幸せを感じてもらう為に、楽しい音を奏でるオルゴールを仕入れに来ました」

「....楽しい、音、か。うむ。良い心掛けじゃな。儂に任せろ、その依頼受けてやる」

「ありがとうございます、音慈さん。出来れば仕入れコストを下げて、お客様が手に取り易い物が良いのです。ご相談させて頂けませんか?」

「良い良い。爺の道楽でやっとる仕事じゃ。秋雨の店、外国なんかの?そのお店の周りの子ども達に音楽を届けるなんて、やり甲斐のある仕事じゃ。今時の日本じゃそんな仕事も無いじゃろうて。しっかりとやらせてもらうわい」

「そう言って頂けて嬉しいです。ではーー」


 それから音慈さんと細かな打ち合わせをしていき、有り難い事に今ある在庫の中から、手の平に乗るサイズのオルゴールを仕入れさせて頂く事が出来ました。

 どうやら、外国の貧困地区に、NPO法人を通して毎年寄贈していた物だったのが、今年は世界的流行病の影響で送れなくなってしまったとの事。再開した時の為に残して置いたが、今のところ目処も立たないし、目的も変わらないから、という事で仕入れさせて頂きました。「寄贈で良いぞ?」と言われましたが、「商売ですので」と断った結果、格安で。

 最後に、個人的にお土産を幾つか買っても良いか聞いたら、


「なんだ、秋雨。お土産を買う様な相手が出来たのか?」

「ええ、娘が出来ました」

「馬鹿モン!!そんな大事な事は先に報告しんか!」


 こってりと搾られ、リズの事を説明している内にスマホの写真を見せると、強面の爺さんの顔がダラしなくなって。


「良し。今度連れて来い。外国だから時間は掛かっても良いから、必ず連れて来い。儂が全力で作ったオルゴールをプレゼントしちゃる」

「はい、分かりました...」


 そんなこんなで鈴音自鳴琴制作所を出て、ロイロの部屋(?)に戻るとロイロは居らず、何故かある卓袱台の上には置き手紙があって、


『出掛けてくるニャ。探さないでニャ〜 dyろいろ』


 bとd、間違えてますよ。それと、文面にまで、ニャって書くものなの?ていうか、どっかに行けるの、ロイロ?


 などと、素朴な疑問を持ちながら「元々猫なんて移り気で、気まぐれな生き物でした」と納得してユルクに戻る事に。


「さて、〈気まぐれ猫〉をオープンさせましょう」


 ロドスさんを見つけて、仕事に向かうと伝えてからレオン邸を出た私は、お馴染みとなった屋台広場へと向かい、特に絡まる事無く、屋台の設置スペースへ。

 手際良く開店準備を整えると、看板を立てかける。どうやらロイロは未だお出掛け中のようで、看板の黒猫の絵の部分が、ロイロが描いたであろう独創的な黒猫の顔に変わっていました。


「新進気鋭の画家の作品か、幼稚園児の絵か。どちらにせよ、味のある絵ですね...」


 商品のオルゴールを並べ、客引き用に音慈さんから購入した20cm四方のオルゴールを、店先に用意したテーブルの上に置いて、蓋を開けて。


 蓋を開けると、中央に鎮座している黒猫がゆっくりと回り出して、それと同時にオルゴール特有の優しい音の旋律が辺りに響き始めます。


 楽曲は、日本が誇るジ◯リの名作のあの曲。

丁度、黒猫が出てきますね。


〜〜♪〜〜♫〜♪〜〜♩♫〜......


 相変わらず楽しくて、ワクワクした気分になる曲ですね〜


 ふと、何気なく視線を向けたオルゴールの黒猫が、1回転して丁度正面に来た時、私と


ーーニャ〜♪見つかっちゃったニャ♫


 そんな声が聞こえてきそうなくらいの笑顔で、ウィンクする黒猫ロイロ...


「お出掛けって...本当にロイロは...」


〈気まぐれ猫〉、今日も気まぐれに営業を始めました。



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