お父さんとお母さん。

 朝食後の軽い運動稽古を終えた私は、レオンさんと政務室へ。

 レオンさんは、お家騒動でお鉢が回ってきた領主代行の仕事を早速始めるらしく、「始める前に渡す物がある」という事だったので、一緒についていく事に。

 今日の予定は、レオンさんは政務、サーシャさんとリズは勉強と、ルーチェの家庭教師の選抜、洋服の仕立て等々、新しい家族との生活の準備をすると凄くはしゃいでいました。今日はルーチェも、なごみ亭からのお引越しをするので〈気まぐれ猫〉勤務はお休みにしました。

 ウチはブラックではありませんからね。

 エリスさんは、お家騒動の後始末が少し残っているらしく、カイン君を連れてガルトラム辺境伯邸へ。


 勿論、私は〈気まぐれ猫〉の営業です。

 商材についても決まっているので、この後すぐに仕入れに行く予定です。


「アキサメ、ここだ。入ってくれ」

「失礼します」


 通された政務室はシンプルな内装の部屋で、正面に黒を基調とした少し大きめの机に、それに合わせた黒い椅子。派手ではありませんが風格を感じさせる質の良さそうな物です。

 机の前にはローテーブルとソファがあり、部屋の左右の壁には整理整頓された書類棚が。


「少し、ソファに座って待っていてくれ。すぐに用意する」

「はい、分かりました」


 レオンさんは椅子に座ると、引き出しから紙を取り出して羽ペンをはしらせ始めました。

 私はソファで座って待っている間、視線の先にあった、書類棚の上に飾られていた、懐かしい面影を感じさせる男の絵を見ていました。

 転生したからであろう、少し西洋人寄りの顔つきになっていたものの、私の見知った桐生の、男くさい笑顔がそこにはありました。


「待たせてすまんな、この紙を渡しておく。

 これは、リズ、リザティア・ガルトラムの保護責任者である事の仮証明書だ。正式な書類はエリスが王都に行った際に代理で申請してくれる事になっておる。これは、アキサメ自身の身分証明にもなる」


 これは、私が今朝一番にレオンさんにお願いした事。リズに貴族絡みの厄介事が起きた時に、私が介入する大義名分が欲しかったので。

 こんなに早く話が進むとは思いませんでしたが。


「ありがとうございます。何事も起きないのが1番ですが、有事の際に首を突っ込む為には必要でしたので」

「.....儂やサーシャからしても、有り難い申し出だったからな。リズは、アキサメがいるなら大丈夫だろ。

 後始末は儂がつけてやる。だから、リズの事をよろしく頼むよ、アキサメ

「お父さん!?何ですか、それ?」


 私がお父さん!?いやいやいやいや、お父さんって!


「は?保護責任者って、そういう意味だろうが。儂とサーシャは、娘となるルーチェの保護責任者になるぞ?リズは孫だが、母親は生きておるが離縁する事となった、馬鹿息子の父親も生きてはおるが帰ってはこれんだろう。もう1人の息子マルクも家を出おったらしいし、正妻ローザも実家に帰る事になるだろう。

 儂とサーシャが保護責任者になろうとしていたが、ルーチェが出来たし、アキサメからの申し出は、渡りに船だったからな」

「え!?私、そんなつもりでは...」

「リズは未だ幼い、父親は必要だと思わんか?

 血の繋がりなど気にせずとも、父親にはなれるさ。リズも、アキサメがお父さんになってくれたら喜ぶだろう」


 ......リズの父親代わり、ですか。

 リズの事が心配で、私から、手を差し出しました。勿論、最後まで責任を持って行動する予定ではいましたが...私なんかに務まるのでしょうか、父親を人間に、父親代わりなんて...そんな言い訳は駄目ですね。これもご縁。子供1人くらい、立派に育てて見せましょう。


「大丈夫だ、皆で助けるからそんなに心配そうな顔をするな。アキサメらしくもない」

「なんですか、私らしいって.....ですが、そうですね。自分から言い出した事ですし、その大役、お受け致します」

「良し!宜しく頼んだぞ。何かあったらいつでも相談してくれ。それに...エリスも連名で申請してくれるから、問題もそうは起きんだろう」


 .............連名?ちょっと待って、じゃあ、


「それって、」

「母親代わりは、エリスだ。エリス女傑お母さんとアキサメ魔王お父さん、ある意味最強の両親だな!」

「..................謀りましたね?」

「人聞きの悪い事を言うな。儂は可愛い孫娘の幸せを第一に考えただけだ。なんたってユルクで1番の孫馬鹿爺だからな」


 「ガッハッハ」と高らかに笑うレオンさんを怒る気にもなれず、「ハイハイ、承知しました」と答えた私。

 レオンさんもレオンさんだが、エリスさんも。

 もしかして、エリスさんの後始末って...

 まぁ、気にしないでおきましょう。考えたところで何か変わる訳でも無さそうですしね。


「それでは、私はこれで失礼しますね」

「分かった。今日も屋台出すんだよな?」

「ええ、そのつもりです」

「もし、息子マルクが何か言ってくるようだったら、教えてくれ。必要な措置はアキサメの判断でとってくれて良いからな」

「分かりました。覚えておきます」

「おう。では、仕事頑張って来い。

 あ、後、今日もウチに来いよ?というか、ウチに住むんだぞ、

「.....なごみ亭に宿泊のキャンセルは入れておきます」


 そう伝えて、私は政務室を出ました。

 さぁ、気持ちを切り替えて、〈気まぐれ猫〉を開店させましょう!

 と、その前に、急いで仕入れに行かないと。


『頑張れよ、エリス』


 政務室の扉を閉める時に聞こえた、友人思いな孫馬鹿爺の優しい言葉に、気付かないフリをして。


 


 

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