君は、どちらですか?
翌朝、私は朝からレオン邸中庭でエリスさんの護衛騎士カイン君と朝稽古中...いや、終わりですかね?
「.............ハァ、ハァ、ハッ、ハァ...」
大の字で寝転がるカイン君。
私は勿論、立ったまま。服が汚れますよ?
「...アキサメ、やっぱりお前、勇者だろ?」
「アキサメ凄い!めっちゃ強!」
観客はレオンさんとエリスさん。
レオンさん、勇者じゃありませんから。異世界商人ですよ?
事の発端は、今朝の朝食後の紅茶を飲んでいた時、
あぁ、朝食はレオンさんトコの料理人が用意したものです。流石は貴族のお抱え料理人、シンプルな内容のメニューでしたが、1つ1つが丁寧に作られていて、とっても美味しく頂きました。
と、その時にエリスさんから、カイン君が昨日の態度を謝罪したい旨と、出来れば稽古をつけて欲しいとの事。
反省して修正し、行動できるなんてカイン君も良い子じゃないですか、と了承した私。
殺気をぶつけてビビらせちゃったお詫びも兼ねて、ね。
で、いざ向き合って稽古を始めたのは良かったのですが、ユルクでは、剣の技術とスキルの技が、変な風にごっちゃ混ぜが当たり前らしく、てんでお話にならなくて。
「う〜ん、何と言えば良いのでしょう?チグハグ?おそらく、カイン君もそれなりの腕前なのでしょうが、そもそも、前提がズレてしまっているのかな?」
「前提?確かにカインはエリスの護衛に抜擢される位には、腕が立つ。それでも、アキサメには掠りもせなんだのは、それが理由か?」
「そうね、カインは剣術大会でも上位入賞者よ。弱く無いわ」
おや、カイン君もなんとか立ち上がりましたね。
「ア、アキサメ殿、な、何がズレているのか、ご教授い、頂きたく」
うんうん。向上心がある事は良い事です。
「そうですね。では、カイン君。
先ず、君は武器、剣を手に持ち相手と対峙した際に、何を以って、どこまでを基準として勝ちと判断しているのでしょう?」
「...相手を倒す事、です。そう習いました...」
「そうですね、それも1つの答えでしょう。間違いではありません。ですが...それでは、足りません。
倒す、とは相手がどういう状態なっているのですか?今の君みたいに疲労困憊な状態ですか?
それとも、身体のどこかに怪我を負わせた状態ですか?
はたまた、相手の腕の一本でも切り落とした状態ですか?
それとも、相手の息の根を止めた時でしょうか?」
ピリッと空気が引き締まる感覚が4人の間に生まれ、その重苦しくも鋭利な問いに答える為、やや間を空けてから、カイン君は口を開きました。
「私の、倒す、には基準がありません...相手や状況により様々と変わります」
「それは、正しい。今のような稽古と、剣術大会と、戦と。その時によってな最善は変わります。
ですが、君はその事を常に意識出来ていますか?
稽古なら、相手に有効打を入れたと判定出来た時が、勝ち、です。無理に相手を傷つける意味は無いので。
剣術を競う大会であるなら、有効打を入れて、行動不能又は決定打となり得る攻撃の寸止めで勝利。命を奪ってはいけません。
では、これが戦争だったら?相手は憎き敵兵。自分達の陣営の勝利の為に、確実に殺すでしょう。下手に生かす事で後から後悔してしまわないように。まぁ、捕虜云々は今は考えずにいて下さい。
その時その時の状況で、常に、勝利の条件は変化する事は理解できましたね?」
「はい」
「よろしい。では、その勝利を掴み取る為に、君は最善な動きが出来ているのか、という部分」
「最善?」
「そう。先程、勝利の条件は常に変化する、と伝えました。その条件をクリアする為の最適解を考えて行動するのです。
今、どこから打ち込めば良いのか、一歩前へ出るべきなのか、武器は片手で持つべきか、受けるべきか、躱すべきか、と様々ありますね。
これは、瞬時に判断が必要なので、日頃から鍛錬して下さいね。そうすれば、いつか頭より先に、身体の方が先に反応してくれるようになりますから。
いざという時、カイン君の窮地を救うのは、他の誰でも無いカイン君自身なのです。タイミング良く正義のヒーローも、勇者も現れてはくれませんからね」
「そう...ですね。私を救うのは、私...」
そうですよ。
「日々鍛錬。努力こそが君を絶対に裏切らない
では、最後に。
剣を持つ際、2種類の、異なったタイプがあると私は考えています。
1つ目は、攻撃を重視するタイプ。攻撃は最大の防御、とも言いますし、取り敢えず斬って斬って斬りかかれ!って奴ですね。
2つ目、守りに重点をおくタイプ。攻撃するよりも、相手の攻撃を防いだり、攻撃を無力化したり。敵対する者をどうこうというよりも、そうですね...丁度カイン君のように護衛を主目的として、護衛対象の身の安全を最優先とする者達に多いタイプでしょう。
勝利条件も、敵の殲滅より護衛対象に傷一つ負わせない事ですね」
「確かに、そう言われてみれば」
「そこで、カイン君。
君は、どちらなのでしょうか?」
ここが、カイン君のズレ、です。
「私は...私は、エリス様の護衛騎士、カイン・ザンダーグです!!」
若いって...眩しい。それだけでも、1つの武器ですよね〜。
「よろしい。なら、分かりますね?
剣術大会で好成績を残す事でも、
目の前の相手を倒す事でも、
敵対する者を殺す事でも、
ありません。
君が目指すべきものは、例えどんな苦境に立たされようとも、どんなに自分の命を危険に晒そうが、護るべき者を、護りきる。
その為には、生きて延びなければならない。無様な姿を見せようが、塗炭の苦しみをなめようが、立ち上がって、護り続けなければならないのです。
剣を持つ君の後ろには、護るべき者がいるからです。
その覚悟を、想いを、心に刻みなさい」
君は相手を倒す必要なんて、無いのです。
君が決して倒れない事、それが大事なのですよ。
「...ハイッ!!ありがとうございました!!」
ボロボロのカイン君は「失礼します!」と、走って着替えに行きました。
エリスさんは「アキサメ、ありがとね」と言い残して、上機嫌なご様子で邸内へと戻り、残されたのは、私とレオンさん。
「...相変わらず、アキサメは良い事言うよな」
「そうですか?...でも、ああいう若者は応援したくなりますね」
「だな。.....ところでアキサメ、」
「なんですか?レオンさん」
「さっきの2つのタイプの話、アキサメはどっちなんだ?」
ーーそんなもの、決まってるじゃないですか。
「私に切先を向けるのであれば、斬って捨てるのみ。
何もさせる間も無く、息の根を止めて差し上げますよ。
それが、
「...............魔王かよ、お前」
やめて下さいよ、本当に。
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