◉エリス・ルークシアの幸せ。〈前〉
ーーしてやったり。
そう言って、優しい笑顔を見せる目の前のアキサメ・モリヤという男性は、食べ終えた独特の色合いや質感の食器を片付け始めた。
片付け、とは言っても、それは私には理解不能な現象で、彼が手をかざすとそれらが目の前から消えていくだけの単純作業なのだけど。
『後でロイロにも皿洗い手伝わせましょう』と独り言を呟きながら、さほどの時間も掛かる事なく食卓の上は綺麗に片付いた。
「食後のお茶を用意しますね」
あくまでも給仕係を全うするらしく、彼は見慣れないティーポットとカップを何事も無かったかのように、突然目の前に出現させる。
魔道具の様なものを使って沸かしたお湯を、独特なティーポットに注いでいると、『このティーポットは、急須というんです』と説明してくれた。まじまじと見ていたのがバレたようで少し恥ずかしかったが、彼は優しく微笑んで、私を見ていた。
...私、顔が赤くなってないかしら?
彼は、ユノミ、と呼ばれるカップ注がれたお茶を皆に配ると、
「ほうじ茶です。茶葉を焙じたものを使ったお茶ですので、カフェイ...眠りを妨げる成分も少なく刺激も少ないので、
リラックス効果もありますよ」
口に含むと、確かに香ばしく、それでいてあっさりしていて落ち着く味わい。
皆も同じ事を思っていたようで、ユノミを持ちながら、ホッコリとして、なんだか和むわ。
「ほっとする味だな。なんだか落ち着く」
「えぇ、そうね、あなた」
先程の
サーシャ姉はエルフだから、まだ子を宿す事が出来る筈。レオンだって、大丈夫だろう。近いうちに、ルーチェちゃんの弟か妹を見れる日が来そうで、嬉しい。
「優しい味ですね」
「リズはジュースのほうが好きです...」
「ジュースばかりだと、虫歯になったり、体調が悪くなりますよ、リズ」
「むぅ〜〜...はーい、です」
そう言えば、いつの間に呼び捨てになったんだろ?今までは『リズお嬢様』って呼んでなかったっけ。
さっき、
「まぁ、刺激が少ないとは言え、飲み過ぎはかえって身体に悪いですから。あ、サーシャさん」
「何かしら?」
「ご懐妊の際には、赤ちゃんが飲んでも大丈夫な、麦茶、というお茶を用意しますから、お声掛け下さいね」
「まぁ!嬉しいわ。ありがとう、アキサメさん」
「ありがとな、アキサメ。その時は頼むぞ」
「お任せを」
そんなお茶があるんだ。赤ちゃんでも、か。
私には、縁の無い話、かな...。
私、エリス・ルークシアは、45年前にルーク王国で3度目の生を授かりました。
1度目は、ダイト大陸の辺境の村の、魔族の農家の次女として生まれ、私が小さい頃に村を襲った
2度目は、ルーザム大陸のエルフ族が治める森の村で、長老の娘として。生まれた時から、独りぼっちの部屋に押し込められて、15の時に、村を厄災から守る為の人柱となって。
生まれてから、自我を取り戻した頃、自分が王族の、お姫様だと理解しました。
貧しく無い生活、理不尽な脅威に脅かされ無い日常、多少の制限はあれども、自由のある人生。私は歓喜すると同時に、何故、今までの記憶が残っているのか、その理由が知りたくて、文字を覚えてすぐに王城の蔵書を読み漁り、それらしきモノを見つけてしまいました。
ーー聖霊憑き。
それは、神や聖霊といった超常の存在が、いたずらに人の生を弄ぶ為に、憑依する事。
憑かれた者は、高い確率で非業の死を遂げると、新たに生を授かる。そして、繰り返すという呪い。
3度目の生で、私は自分の運命を知ってしまった。この生も、いつ終わりを迎えてもおかしくないという事実が、とても重くのしかかり、私は成る可く人と関わらない様に生きていくと決意しました。それでも、お祖父様が私の部屋に来てお喋りするのが、唯一の楽しみで。
でも、また誰かを巻き添えにしてしまったら、私は壊れてしまうと思って。
そんな中、私を外に連れ出してくれたのは、当時外交の為に王城を訪れていた、エルフの国の大臣の娘だった、サーシャ姉。
色々と最初はあったけど、私達は意気投合して姉妹のように仲良しになりました。
その時、サーシャ姉から貰った御守りの、世界樹の枝で作られたペンダント。これが、私の
私は、その後の人生を精一杯、生きると決意して今まで頑張ってきました。
今生の弟が父の後を継いで、国王となり、私は大公位を興して、内政に全力で取り組みました。無事に領内が発展、安定するともう1人の弟に領地を譲って隠居生活。
私は、人生の伴侶と出会うのが怖くて、いつも、仕事に逃げていた。ハーフだって、嘘をつけば、大抵の男は寄って来なくなったし。だから、独りぼっち。
そして、今。
命の恩人でもあるサーシャ姉の幸せそうな顔を見て、思う事は、もちろんある。私だって女だから。もう、だいぶ年増だけど。
女としての、幸せ、か。
もちろん、人夫々の幸せがあるのは分かる。
私には、生き残る事、それが、幸せだったんだから。
でも、少しくらい、羨ましいって思っても良いじゃない。
「.......!......さん!エリスさん、大丈夫ですか?」
そんな、アキサメちゃんの言葉でハッと我にかえる、私。
「ごめんなさい、考え事してたわ」
「そうですか。おかわり要りますか?」
「ありがとう、大丈夫よ」
心配されたかな、気にかけてもえて嬉しい...?私、なんで嬉しいの?
「あ!ステラちゃん!どうしたの?」
リズの御護りの白くて可愛い仔猫が、突然飛び出して来て、私の前にお座りしてその円な瞳で私を見上げて、言う。
「えりす、ロイロさまが、たすけるって」
「え?どういうこ...!?」
可愛いお声でそう言うと、私の返事の途中でソレは起こった。
『汝ガ、えりす、ダナ?』
「え!?あ、は、はいそうです...」
突然現れた、巨大な漆黒の猫。
私を射抜くその瞳は夜空の月の様に金色に輝いていて、どこか怖しく、神々しい。
『主様ヨリ命ヲ受ケタ。汝ヲ救エ、ト』
「す、救うとは...?」
『直グニ済ム』
そう言って、黒猫は私の頭の上にその大きな前足を向けると、シャキッと音が聞こえて来そうな程に鋭くて長い爪を伸ばす。
「!?」
誰かが息を飲むのが分かったのと同時に、その伸びた爪が、私の頭を貫いていた。
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