秋雨の本意。エリスの本質。その笑顔の為ならば。

 久しぶりに名乗った名前に、酷く不愉快な気持ちになってしまう私。

 「じゃあ名乗るなよ」と心の声が聴こえてきそうです。


 ガルトに入る時の検問で言った、家業が嫌で飛び出した放蕩息子の設定に、「あながち間違いでは無いんですがね」と心の中で失笑したのを思い出します。


 だって、嫌じゃないですか。

 朝から晩まで、只管、刀を振り回してはボロボロになって。

 世の中には、楽しい事が沢山あるのに、今のご時世、『武を極める』なんて漫画の世界じゃあるまいし。

 逃げるでしょ、普通。無理無理。

 だって私、嫌いですから。

 刀一本で熊と戦うとか、野生の鹿の首を一刀で両断するとか、そんな殺伐とした日常。

 ...できなくは無いですけど。


 だから、ユルクこの世界に来れたのも、意外と嬉しかったんですよね。

 地球で仕入れ担当バイヤーやってた頃も、色んな人達と出会い、様々な経験をして楽しかったんですけど、最近、御堂院家実家の奴等が探してるって噂を聞いてたんで、困ってたんですよね。しょうがないから斬り捨...何処かに身を隠したくて。


 少し陰鬱な気分で、少しでも遠くに行こうと思って、某テーマパークまで態々足を運んだら、異世界召喚こんな目にあって。

 神様に感謝しました。本気で。

 勿論、異世界召喚されたのに、勇者テンプレから外れたっぽい事にも。

 あまりにも逃げ隠れしてたのが原因かは分かりませんが、ステータスを見た時、隠密スキルが生えてたのには少し笑いました。


 私はこれからも、アキサメ・モリヤとして生きていきます。

 その上で、自分の能力を出し惜しみするつもりは、やっぱりありません。

 それが、この世界に、来た時に得たモノであろうが、例え、御堂院で来る前に得ていたモノであろうとも。気持ちはさて置き、ですが。


 〈気まぐれ猫〉に来店されるお客様に喜んで頂く為に必要なら、〈MDスキル〉を。

 今回のような、リズお嬢様に手を差し伸べる為に必要なら、武力を。


 基本的に戦闘はしたくはありませんが、抑止力になるのであれば、それに越した事はありません。

 あくまで私は、異世界商人アウトサイダー。部外者希望ですので。


 まぁ、人の能力チカラに集る権力者ゴミ共に釘は刺しておいて損は無いでしょうから。


 例えば、私に畏れや敬いの入り混じったような視線を向ける、エリス大公妃殿下みたいな。


「アキサメお兄さんは、わたしとおともだちになりたいって事ですか?」

「あはは。正解です。リズお嬢様のお友達にしてくれませんか?もちろん、お友達特典がありますよ?」

「おともだちとくてんってなんです?」

「1つ目。美味しいお菓子を仕入れたら、味見する権利を差し上げます」

「え!?リズ、うれしいです!」

「まだありますよ?2つ目。私のスキルで、秘密基地にご招待します」

「ひみつきち!?わくわくします!」

「最後に3つ目」

「3つもあるのですか!?」

「はい。3つ目は、リズお嬢様が、「困ったな」「どうしよう」という時、自分ではどうしても手に負えない、解決出来ない事が起きた時には、私が手助けしてあげます」

「リズがかいけつできない事...たくさんありそうです...」

「いいえ、先ずはリズお嬢様自身でやってみるのです。頑張ってやってみて、どうしても出来ない時は、私が手を貸しますよ」

「ん〜、たとえば、どんな時ならてをかしてもらってもいいんですか?」

「例え、ですか...。そうですね、出会った事は無いですが、ドラゴンくらいなら退治出来ると思いますよ?桐生に出来るくらいですから」

「ドラゴン!?ホントですか!?アキサメお兄さんはつよいですか!?」

「まぁまぁ?でしょうか」


 一斉に私を驚愕の表情で見る皆さん。

 当たり前じゃないですか、桐生は御堂院ウチの門下生だった奴ですよ?餅を喉に詰まらせて死んでしまったという漫画みたいな男でしたが、アイツがやれる程度なら問題無いでしょう。

 レオンさんからキリュウの名を聞いた時は吃驚しましたが、聞けば聞くほど、桐生本人としか思えなかったですし。

 アイツも2度目の人生は幸せに過ごしたようで何よりですね。


「ア、アキサメ。1つだけ、聞いても良いか?」

「?どうぞ、レオンさん」

「アキサメは、儂の祖父、キリュウ・ガルトラムを知っておったのか?まるで会った事がある様な言い方だったんだが」

「あ〜、はい。そうですね、その話は後での時にでも」

「!!.....うむ。承知した」

「アキサメちゃんは、私には教えてくれないのかしら」


 エリス大公妃殿下が聞いてきます。護衛騎士は未だに青褪めており、俯いたままです。


貴女には、難しいかと」

「!...そう。そうよね」

「〈気まぐれ猫〉でお会いしたとでしたら、お茶でも飲みながら、昔話に花を咲かせる事もあるでしょうが」

「!!」

「エリス大公妃殿下としての御勤めを果たすべきかと」

「ありがとう、アキサメちゃん。

 さて、リザティア・ガルトラム。

 陛下の代理として、私、エリス・ルークシアが、貴女に辺境伯位を授ける。

 但し、正式な叙爵は成人の儀が済んだ後とする。それまでは辺境伯位は空席とし、ガルト領の領主権限は、特例としてレオン・ガルトラムに預けるものとする。

 此度の辺境伯家の件は、本来あってはならぬ事。各自、気を引き締め、2度と同じ事の無いように心せよ」


「「「「ハッ!」」」」


 レオンさん、サーシャさん、リズお嬢様、一拍遅れて、ルーチェが跪き礼をとります。

 私?跪く事はありません。この国の者ではありませんし、跪いてはいけませんから。


「これで、一旦解散しましょう。少し疲れたわ。休憩した後...」


 いや、そんな目で見られても困りますが。

 もう、結構な時間になりつつありますよ?


「アキサメ、今日はウチに泊まっていってはくれんか?なごみ亭には連絡をちゃんと、ルーチェの分と合わせて入れるから、頼む」


 いや、頼むって言われても...何を?


「アキサメ、お前が悪いんだからな。

 エリスは、キリュウ祖父さんの大ファンなんだよ。竜討伐者ドラゴンバスターキリュウの。

 お前がドラゴンくらい余裕って言うから。

 祖父さんとも知り合いみたいな事を言うから。

 お前の責任だからな」


 え、ウソ。もしかして、エリスさんって武闘派そっち系?私のスキル目当てじゃなくて?

 ガチで勇者とかに憧れを持つタイプ?

 見た感じ、立派な貴婦人マダムですけど?


「え?私、商人ですけど...」

「どの世界に、片手間でドラゴン退治が出来る商人がおるのだ。諦めろ」


 本当に商人なんですけど。


「あ、そういえば急用を思い出したような...」

「....下手くそな言い訳するなよ...」


 レオンさん、サーシャさん、そんな目で見ないで下さいよ、あっ、ルーチェまで...

 リズお嬢様だけはニコニコですね。


「おかしのあじみ!ひみつきち!やったーー!」


 ...まぁ、いいでしょう。この笑顔の為ならば。

 





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