◉性根が腐ってるのよ。

「で、どうするつもりなのかしら?」


 先程迄とは打って変わった、冷たい眼差しがその場に居る者達を貫く。

 問われた内容に一同が返答を窮する中、カイン、と呼ばれていた騎士が、発言の許可を主に請う。


「エリス様、発言しても宜しいでしょうか?」

「いいわよ、カイン」

「有り難う御座います。

 そもそも、我が主に対しての愚行許し難く。

 配下の責は、主の責。ガルトラム辺境伯家には、相応の対応を執って頂かなければと、愚考します」

「そうね。その通りよ、カイン。

 でもね、ガルトラム家はお祖父様のお気に入りだったのよ。勅命とはいえ、ドラゴンを討伐するなんて無理難題を押し付けてしまった、私はなんて非情な王なのだ、って嘆いているお祖父様を思い出すわ。

 そんな中、ドラゴンを見事討伐した、当時の騎士団長、後のガルトラム辺境伯は、お祖父様を救ってくれたも同然だった。

 お祖父様は大層お喜びになって、男爵家の次男坊だった騎士団長を、一気に辺境伯に叙爵したの。勿論、誰1人として文句なんか出なかったらしいわ。

 それに、ガルトラム家は、先代のレオンは、良い領主の見本として、各領地持ちの貴族に影響を与えていて、国の発展に寄与していたの。

 だから、情状酌量の余地がある、って訳よ」

「左様な事情が。差し出がましい事を発言してしまい、申し訳ありませんでした」


 「いいの、いいの」と、手をひらひらと振るエリス大公妃殿下と、恭しく頭を下げる騎士カイン。


 勿論、知っている。

 この国の者なら、ガルトラム家と竜討伐者ドラゴンバスターの物語を知らない者はいないと言っても、過言では無いだろう。

 それこそ、絵本や、劇の題材になる程だ。


 だが、果たしてそれが、情状酌量に本当に繋がるのであろうか?

 大公妃殿下は、父までは、と仰った。


 ガルトラム家全体の話であって、現当主ケインが、どうこうなどとは、一切問われていない。

 既に、大公妃殿下の中では、事の顛末が決まっている、という事だ。


 では、何を問われているのだ、今、私達は。

 私は、何と答える事が、正確なのだ?


「それにしても、貴方達。私の問いに答えないなんて、無礼よ」


「「「「!!」」」」


 凄まじい重圧プレッシャーが放たれ、背後の騎士からは、濃厚な殺気が、皆に突き付けられる。


 スキル〈王威〉。

 ルーク王家の者に代々発現すると伝わる、血統スキル。

 歴代王家の中でも、群を抜いて強力な覇気を持つと噂の、エリス大公妃殿下の王威が、ここまでのものとは...。


「も、申し訳、ござい、ません」


 そう、答えたのは、セバスだった。

 その言葉を聞いた大公妃殿下が、王威を止めて頂いたと思われ、重圧から解放される。


「誠に申し訳御座いませんでした!

 この度の件につきましては、全て、私に責任が御座います。

 レオン様より、ケイン様の教育を任せて頂いたにも関わらず、このような結果を招いたのは、私に責任が「40点ね」...」

「でも、最初に声を上げたから45点?

 まぁ、どちらにしても、落第点。

 セバス、と言ったかしら、貴方はもう喋らなくて良いわ」

「......」


 沈沈。

 セバスは、言われた通り、無言で礼をする。

 次に、話す者は......いない。


「ハァ。ダメダメじゃないの、貴方達。

 喋ったと思えば、見当違いの事を言う執事。

 その評価を聞いた他の者達は、だんまり。

 怖いのかしらね、私から落第点をつけられるのが。


 だいたい、私が今やってる事は、普段から貴方達がやってる事でしょう?


 「貴族だから、偉いんだ」

 とか言って欲しい商品が入荷したら持ってこい。

 「貴族だから、簡単に頭を下げない」

 そのせいで、直ぐに謝罪にすら行かない。

 「貴族だから、血が貴い」

 とか馬鹿な勘違いを本気で思ってる。

 「貴族じゃない者は、下賤だ」

 とか言って、相手の素性も確認すらせず、ましてや、自分達からブローチ御用達の証を渡したくせに、周知徹底すら出来ない。


 ねぇ、貴族って何かしら?


 貴方達ガルトラム家だって、少し前三代前までは、男爵の次男坊。継承権すら持たない、いずれは平民予定だった血筋よ?


 誰が偉業を成したのよ?

 三代前の様でしょ?

 誰がこの地を豊かにしたのよ?

 キリュウ様とその息子、それに孫のレオンでしょうが。


 貴方達は何もやってないじゃない。

 そのクセして、貴族、貴族って。


 王族からしてみれば、貴方達の方こそ、よっぽど下賤に思えるわよ」


 一切反論の余地も無く、認めざるを得ない事実が、ガルトラム家の者達の心を抉った。


 先程までは、少し他人事のように思えていた。

 商業ギルドマスター、だから、関係ない筈だと。

 そんな甘い考えが、通るはずも無い。

 そんな考えが、マルクの脳裏を過る。

 しかし、そんな自分勝手な考えすらも置き去りにされて、話は進められた。


「まぁ、良いけど。

 私、エリス・ルークシアに対する不敬の罰として、ケイン・ガルトラム辺境伯を拘束。王都へ移送して、貴族院による審議にかけるわ。

 それまでガルトラム辺境伯の爵位は一旦空席とし、只今より、特例で先代レオンに、領主権限を預ける事にする。

 そうそう、この件は既に、陛下にも連絡を入れてあるからね。勿論、レオンにも。


 それと、ケイン・ガルトラム辺境伯。聞いたわよ?

 貴方、随分と悪事ヤンチャをはたらいていたみたいね。

 よくも、お祖父様の顔に泥を塗る行為をしてくれたわね。

 覚悟しておきなさい。王家私達は、決して赦さないから。

 カイン、連れて行きなさい」


 カインは、項垂れたままのケインを、無造作に掴むと、無理矢理歩かせて連れ出して行く。


 終わった、終わってしまった...。

 何してんだよ、兄上。

 アキサメの話をしていたはずなのに、気付けば、辺境伯の爵位を事実上剥奪され、兄上は罪を犯して捕まった。

 大公妃殿下は、兄上の断罪の為にガルトに来たのだ。確かな情報を手に入れた上で。

 そこに、火に油を注ぐような形で、アキサメの一件が絡んでしまった。


 最初から、兄上は断罪される予定だった。

 では、大公妃殿下の「どうするつもりなのか」という問いの答えが、分からない。

 何が、正確だったのだろうか...。


「さて、と。

 貴方達、周りの人間にも、責任はある筈よ。

 人は、1人では何も出来ないんだから。

 ちゃんと周りの人間が、支えていかなくちゃダメじゃない。

 貴方達を罪に問う事は無いけど、ちゃんと反省しなさい。

 いえ、違うわね。少し厳しい事を言わせてもらうけど、

 貴方達は、罪に問われる事すら、叶わない。関わる資格が、無いのよ。


 アキサメちゃんの一件で、ガルトラム辺境伯家の、性根が腐っている事が露呈した。

 内容はさっき言った通りね。

 でもね、

 その中で、1人だけ、たった1人の幼い子どもだけが、行動を起こしたわ。

 そう、リズ。リザティア・ガルトラム。

 あの子は、辺境伯家が、アキサメちゃんに失礼な事をしてしまった事を聞いて直ぐに、レオンを連れて、〈気まぐれ猫〉へ、アキサメちゃんに謝りに向かって行ったわ。

 「ちゃんと、ごめんなさい、するです」「リズはお店をしってるです」って。

 どんな気持ちかしら?

 自分達の仕出かした事の尻拭いを、10歳にも満たない子どもにさせて。


 リズはそんな事考えてないでしょうけど。

 

 さっき言った、空白の爵位の件、レオンと話した結果、リズに継がせる予定よ。

 リーゼ。公爵家実家に帰るのは、勝手にすれば良いけど、リズはこれから、レオンとサーシャの2人が後継者教育を始めるから、帰るなら、1人で帰る事ね。

 ローザ。貴女は、今後一切、辺境伯家に関わる事を禁止するわ。その理由は、自分でしっかりと考える事ね。

 思い当たる事の一つや二つ、あるでしょう?

 マルク、といったわね。

 残念だけど、貴方がガルトラム家を継ぐ事は無いわ。それと、そんなにガルトラムの名を捨てたいのなら、そうすれば良いわ。

 貴族に生まれ、その恩恵を享受した者が、簡単に責務を放棄するなんて、とても信じ難い事だけど、ケインアイツを見たら、分かる気がしてしまうの。

 貴方も、所詮は、その程度だった。

 2度と、ガルトラムを名乗る事を、私が許さないから。

 これからは、ただの、マルクよ。

 のんびり過ごしなさい」

 

 こうして、ガルトラム辺境伯家のお家騒動は、リザティア・ガルトラムを除く、現当主だった者の家族全員が、事実上の追放、という形で終止符が打たれた。


 後に、エリス大公妃殿下が、この一件について秋雨に語る際に、一言で表した。


「性根が腐っていたのよ、アイツら」


 このお家騒動劇が起きていた頃、レオン邸では、サプライズのお祝いのケーキを披露されていたなんて、マルク達は知る由もなかった。

 

 

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