忘れないで下さいね。

 互いに笑い合った後、少し雑談をしていると、会話の流れが辺境伯領の話題へと移りました。

 話によると、レオンさんの家系が辺境伯となったのは、レオンさんの祖父からとの事。

 当時の国王陛下の勅命を受けた、王都騎士団の団長だったレオンさんの祖父は、このユーミヤ大陸で暴れ回っていたドラゴンを、この地で見事討伐。

 その功績から叙爵され、この地を任される事となった、と。

 荒れ果てたこの土地は、祖父、父、そしてレオンさんの、3世代の為政者達の弛まぬ努力の結果、ここガルトは、辺境でありながらも、ここまで発展させる事が出来たみたいです。


 凄いじゃないですか、ガルトラム家。

 レオンさん、竜討伐者ドラゴンバスターの孫、だったんですね〜。


 「儂なんかまだまだだよ、祖父と父に感謝だ」と、照れ隠しの混じった横顔は、紛れもない為政者のソレで。

 人を惹きつける、人。.....何故、現在の辺境伯家には、引き継がれ無かったのでしょうか?

 理由が、あるのかもしれません。

 私が首を突っ込む事ではありませんし、正直言って、レオンさんとサーシャさん、リズ、レオン邸で働く人達以外には、関わりたいとは思いませんね。

 それに...貴族関係のドロドロしたゴタゴタは、主人公枠ですからね、頼みますよ?


「アキサメお兄さん!アキサメお兄さん!」


 お姫様がお呼びです。


「どうしましたか?リズお嬢様」

「リズは、アキサメお兄さんにおねがいがあります!」


 なんでしょうね?私にお願いなんて。


「勿論、伺いましょう」

「リズは、サーシャおばあさまにも、わがしをたべてもらいたいのです。だから、アキサメお兄さん、リズにわがしをうってください、おねがいします!」

「!?...アキサメさん!私も、私からもお願いします!」

「貴女達...」

「リズ...ルーチェ...」


 ペコリ、と頭を下げる、お姫様達。

 優しい、本当に、優しい子達です。

 レオンさん、良かったですね。ちゃんと、引き継がれてますよ。

 ...隔世遺伝で、ですが。


「リズお嬢様、頭を上げて下さい。

 リズお嬢様、ルーチェ、

 たいへんよくできました。


 良く覚えておいて下さい。

 頭を下げる理由は、大きく分けて2つあります。

 「ごめんなさい」と謝罪する時と、「お願いします」と願いを乞う時。

 そして、自分の為に下げる時と、自分ではない、誰かの為に下げる時。


 人は、誰かの為に頭を下げる事が、中々出来ない生き物なのです。

 それでいて、誰かの為に頭を下げる事が、出来る生き物でも、あるのです。


 これからの貴女達の人生において、誰かの為に行動する場面が、何度も訪れるでしょう。

 相手に伝わら無くて、悲しい思いをする事だって、もちろんあるでしょう。

 気付けなくて、何も出来ずに、後悔する時もあるでしょう。

 上手くいかない事の方が、多いかもしれません。


 ですが、忘れないでください。


 誰かの為に下げる頭は、行動は、貴女達自身の心を、磨いていくのです。綺麗に、曇らないように。


 誰かの為に行動した後、どのような結果が得られるかなんて誰にも分かりません。

 物事の結果は、所詮、結果でしか無いのですから。


 それでも、

 磨いた心の美しさは、人を惹きつけます。

 困った時には、沢山の人達が、貴女達の為に手を差し伸べてくれる事でしょう。

 そうやって、巡っていくのです。

 そうやって、人は手を取り合って、生きていくのです。


 今は、理解出来なくても良いですよ。

 その優しい、優しい気持ちを忘れずに、ゆっくり大人になって下さいね」


 ちゃんと、真剣に話を聞いてくれた2人。

 リズにはまだ難しかったでしょうが、レオンさん達も聞いているので、大丈夫でしょう。

 ルーチェは、大丈夫。ちゃんと優しく育っています。これからも、そのままで。


 あははは、だいぶ、クサい台詞ですね。

 でも、私も、そう教えられたんですよ。

 教えてもらって、感謝しています。

 お陰で、沢山の仕入れ先人達に助けてもらいながら、今までやってこれたんですから。


「リズお嬢様とルーチェ。

 先程の「和菓子を売って欲しい」というお願いの件ですが、出来ません」

「え!?...ざんねんです...」

「...分かりました...」

「アキサメ、この流れで...」

「!...うふふ。そういう事ね」


 目に見えてガッカリしないで下さい、良心が痛みますから。

 でも、サーシャさんだけ勘付いた様ですね。


「和菓子を売る事は出来ませんが、貴女達の優しい気持ちは、しっかりと伝わってきました。

 そのご褒美、と言っては何ですが、特別な物をご用意させて頂きました」

「え!?」

「特別?」


ーーチリン♪


 室内にあったベルを鳴らすと、扉が開け放たれ、ロドスさんがカートを押して入って来ます。


「うわぁ!!」

「綺麗!!」

「まぁ、素敵!」

「何と...いつの間に」


 カートの上には、大きなホールのデコレーションケーキ。

 周りには赤い薔薇の花弁が散りばめられ、純白のケーキを、より引き立てています。

 ケーキ中央には、チョコレートの文字で、『レオンさん、サーシャさん、お幸せに』と、英語で書かれています。

 ロドスさん、薔薇の花弁の演出、素晴らしいです。


「私の故郷のお菓子で、ケーキ、と言う物です。

 本来、サイズはもう少し小さい物が主流なのですが、今回は特別に大きいサイズのケーキをご用意しました。


 レオンさん、サーシャさん。

 2人が出会って、30周年という節目の祝福を。


 私の故郷では、結婚式や誕生日などのお祝い事の際に、大きめのケーキで祝い、その幸せをみんなで食べるのです。


 このケーキに書いてある内容は、私の故郷の文字で『レオンさん、サーシャさん、お幸せに』と書いてあります。

 レオンさん、サーシャさん。これからも末永く、お幸せに」


 皆が、驚いてケーキを見ています。

 リズお嬢様とルーチェは、目をキラキラさせて、ケーキを色んな角度から見ては、「綺麗」「凄い」と。

 レオンさんとサーシャさんはお互いに寄り添って、そんなお姫様達を見ながら、目には涙を浮かべて。


「アキサメ、ありがとう。本当に、ありがとう。

 こんな素晴らしいプレゼントは、初めてだ」

「アキサメさん、素敵なお祝いをありがとう。

 これからも、旦那様と一緒に幸せに生きるわ」

「儂も、サーシャと共に幸せに生きると、もう一度誓う」


 幸せの決意表明ですね。あらためて、お幸せに。


「さぁ、レオンさん、サーシャさん。ケーキカットはお2人の仕事ですよ。

 お2人が、幸せとケーキを、皆に分けて配るのです。

 お願いしますね」

 


 

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